17 挑戦状
「はぁ?もう、出発した?」
「はい。今朝早くに荷物をまとめられて……」
「従者は?」
「フェリックス様は、あまり従者をお連れになりませんから」
「まさか、一人で出かけたって言うのか」
「いえ、近衛騎士が馬車の手配をされているはずです」
近衛騎士の使い方、間違ってるだろ。
「マリアンヌ様に会いに行かれたのでは?」
「あー。そっか。わかった」
フェリックス王子はマリーに惚れてるから。マリーに散々振られてるのに、王都に帰る度に求婚してるらしい。街中でマリーが薔薇の花束を受け取ってたら、フェリックス王子が帰って来てると思って間違いない。
いい加減諦めれば良いのに。
※
フェリックス王子の部屋から、アレクの書斎に行く。
「エル、早かったね」
「もう出発してるらしい。マリーに花束持って行ってるだろうから、街に探しに行ってくる」
「捜索なら、ローグに頼もうか」
「いいよ。マリーは魔法研究所に居るんだ。先回りしてマリーの後を尾ける」
目薬を目に差す。
「目薬だけで出かけるつもりかい」
「ん……」
どうしようかな。
「アニエス、ライーザ、手伝ってあげると良い」
「はい。エルロック様、お座りいただけますか」
「あぁ」
ソファーに座ると、ライーザがいきなり化粧を始める。
そしてアニエスが俺に金髪のかつらを乗せる。
「金髪なんて意味ないだろ」
「大丈夫です。エルロック様はくせ毛ですから。ストレートの金髪に、化粧をして女装をすれば、まずばれません」
「……またか」
「動かないでくださいね」
「イヤリングもお付けいたしましょうか」
「要らないよ。っていうか服はどうするんだ」
「マントを羽織っていれば問題ありません。世の中、胸の大きい女性ばかりとは限りませんから」
そういうものかな。
「エルは可愛いね」
「それ、ちっとも嬉しくないって言ってるだろ」
「昨日のベストもつけて行ったらどうかな」
「……そうだな」
出かける時はなるべくつけていよう。
いつリリーに会うかわからない。
会ったら、見えるかどうか実験しないと。
ドロップを舐めようとして、キャラメルがあったのを思い出し、キャラメルを食べる。
コーヒーのキャラメルだ。
美味い。
※
『まっすぐ魔法研究所に行くのか?』
「いや、たぶんマリーが研究所を出るのは昼休みだろ?それまでに馬車を準備してる近衛騎士に話しをつけて、適当な花屋を探してみる」
先に見つかれば、それに越したことはないし。
たぶん、馬車の準備をしてるのは東大門か南大門だろう。
城を出て、ノーヴァストリートと呼ばれる道を南下して中央広場へ。そこからイーストストリートを歩く。
そういえば、シャルロに暗殺者の件を調べてくれって、カミーユ経由で頼んでたっけ。
「シャルロのところに寄って行くか」
セントラルの官庁通りを歩いて、シャルロの弁護士事務所へ行く。
「いらっしゃいませ。御約束はされていますか?」
見た目でばれてないのかな、これ。
「約束はしてないけど」
カーリーが口元に手を当てる。
「……あの、」
「変装中なんだ」
「そうでしたか。どうぞ、こちらへ」
カーリーが俺を案内する。
「エルロック様がお見えになりました」
「……何やってるんだ」
「外に出るには変装しなきゃいけないんだから仕方ないだろ。好きでやってるんじゃない。……カミーユから聞いてるだろ?暗殺者の話し」
「あれか」
ソファーに座ると、シャルロが俺の前に来て、書類を机に置く。
「今流れてる噂だ」
「噂?」
「アレクシス様の周辺で囁かれてる女性の影。舞踏会でアレクシス様が唯一踊ったダンスの相手」
「黒髪の女性?」
「貴族の令嬢にしてもどこの出かわからない。異国の姫という話しもある。メイドに未亡人、貴族の妾腹、それに暗殺者。謎の女性ってことで世間を騒がせている存在だ」
舞踏会に出席していたから、どこかの令嬢や異国の姫って噂が出るんだろう。
メイドっていうのはクロエのことなんだろうけど……。
ん?
「未亡人ってなんだ」
「リリーシアのことだ」
「は?」
俺が、死んだことになってるから?
「王都で黒髪と言ったらリリーシアだろう」
「だからって……」
「アレクシス様が剣術大会に向けて何も手を打たないとは考えられない。貴族連中が一番警戒しているのは、アレクシス様が剣術大会の前に婚約者を発表することだ」
発表されれば剣術大会に参加する意義はほとんど失われるからな。
「一番手っ取り早いのは、誰でも良いから一度婚約者を祀り上げて、後から婚約破棄をすることだ。お前が死んだふりしてるってわかってる連中は、アレクシス様がリリーシアと婚約すると思ってるぞ」
「なんで?」
「アレクシス様とリリーシアが婚約したところで、お前が生きてることがわかれば婚約は破棄される。条件としては理想的だ。リリーシアはアレクシス様に会いに城にも行ってるからな。信憑性の高い情報と思われてる」
「アレクは剣術大会前に婚約発表をする気はないし、俺はアレクにリリーをやる気はないぞ」
「そうだろうな。そんなのアレクシス様のやり方じゃない」
「なら、なんでそんな推測を言ったんだよ」
「世の中ではそう思われてるって言ってるんだ。噂の話しを聞きに来たんだろ?……リリーシアとは別に、アレクシス様が城に黒髪の女性を囲ってるって話しもある。それがメイドと暗殺者だ。吸血鬼種だって話しもあるな」
シャルロもちゃんと知らないのか?クロエのこと。
「暗殺者って一体何者なんだ」
「詳しい話しは知らない。処理はすべてアレクシス様の指揮の元で終わってる。関わった人間にはすべてかん口令が敷かれているんだ。……俺は、情報が漏れた場合に、その発信源を特定するように言われていたんだよ」
「アレクから?」
「俺の上司だからな」
アレクはシャルロの上司に当たる。
表向きは弁護士事務所。でも、実際は皇太子府の諜報部。
もともとシュヴァイン家というのは、表向きは法律家だが、裏で諜報活動を行っている家系だ。シャルロは子爵家で諜報活動を行っていた部下を持っている。
シャルロの父親である現シュヴァイン子爵は、陛下の密命を受けて諜報活動を行い、シャルロは子爵家を出て、アレクについている。
……あまり一般的な話しではないけれど。
「噂の発信源は特定できたのか」
「今、噂を流してるのは俺だ」
「は?意味が分からないぞ」
「リヨンにアレクシス様から請け負ったんだ。侵入者が皇太子の棟に入ったって噂を流すように」
ってことは。
「実際に侵入者が入った時期と、噂を流した時期が、かなりずれてるってことか?」
「そういうことだ」
「いつだよ」
「答えられない」
まぁ、アレクに聞けば良いか。
「なんで今さら?」
「かん口令を敷いていても、複数の人間に知られた以上、情報というのはいずれ漏れる。この話しはアレクシス様の直接の従者以外にも漏れてるからな。この機会に流して、情報を錯綜させるのに使ったんだろう」
「暗殺者が婚約者かもしれないって?」
「暗殺者が女性であることを前提にした飛躍した推測だが。可能性としてありうる」
飛躍的で悪かったな。
「今話した通り、噂や憶測が、謎の黒髪の女性と結びついて拡散している。情報を繋ぎ合わせて見えてくるのは、アレクシス様が気に入っている相手が、出自の分からない黒髪の女性ってことだけだ。しかもそれは吸血鬼種かも知れない」
見事に正解だ。
「これは、貴族を挑発するには十分なネタだ。貴族たちはアレクシス様から挑戦状を叩きつけられてるんだよ」
「吸血鬼種を王室に迎えるのに反対するなら、剣術大会で勝てって?」
「そういうことだ」
「これ、全部アレクの挑発なのか」
「吸血鬼種の可能性だけじゃない。貴族の令嬢、異国の姫ならまだしも、メイドに未亡人、貴族の妾腹、暗殺者とくれば、王室の一大スキャンダルだ。止めないわけにいかないからな。しかも陛下が剣術大会の願いに出せとまで言っている。陛下ですら止めなければいけない相手だとしたら?……王室を守る為に貴族連中が立ち上がるには十分な理由じゃないか?」
信じられない。
アレクの奴。
「ここまで大事になってたなんて知らなかったぞ」
「ラングリオンは騎士の国だ。古くからのしきたりに従って、アレクシス様は自分の願いを叶えようとしていらっしゃるんだろう」
古くからのしきたり。つまり。
「決闘か」
「そういうことだ」
ハードル上げやがって。本当に剣術大会で優勝できるのか?これ。
※
シャルロの家を出て、東大門へ。
ドロップを舐めて、声を変えておかないとな。
持ち歩いているドロップは、舐めている間、女声に変えてくれる薬だ。
東大門の外に出て、馬車を準備しているフェリックス王子の近衛騎士を探して、フェリックス王子が来たら皇太子に会いに来るように伝えて、魔法研究所を目指す。
『リリーだ』
「え?」
リリーは、中央広場からノーヴァストリートに向かって歩いている。
黒髪に黒い衣装は目立つな。
……っていうか、あれは何だ。腰に下げてる黒い鞘。
あの細い剣って、刀?
「あの得物は何だ」
『さぁ?エルがリュヌリアンを取り上げたから、別のを用意したんじゃない?』
っていうか。どこを目指してるんだ?
距離を置いて、きょろきょろと周囲を見ているリリーの後を歩く。
まさか、迷子じゃないよな。
何かを見つけて、リリーが急に曲がる。
そっちは、魔法研究所だ。
そのままのスピードで後を追うと、リリーが魔法研究所に入るのが見えた。
マリーと約束でもしてるのか?
……まずいな。ロビーで待ってるとしたら、魔法研究所の中には入れない。
外で隠れて待つか。
リリーが入ってからそう間をおかずに、セリーヌが魔法研究所に行く。
……待ち合わせで間違いないな。
それからしばらく時間を置いて、リリー、セリーヌ、マリー、ユリアが出て来た。
四人が歩いて行くのを見て、後を尾ける。
『エル。気をつけろ』
「?」
『尾けられてる』
俺が?誰に?
『あれ、ムラサメじゃないか?』
『あー。そうだねぇ』
リリーに手を出した奴か。
振り返る。
黒髪の……、あいつか。
近くまで歩み寄る。
「何の用だ」
「白昼堂々、リリーシア嬢の後を尾けていたのはお前だろう」
いつから俺を尾行してたんだ?
「誰が、誰をだって?お前こそリリーの後を尾けてたんじゃないだろうな」
ムラサメが驚く。
図星かよ。信じられないな。
「剣を抜け」
「女性に向ける刀など用意していない」
俺、女だと思われてるのか。
「俺が勝ったら、二度とリリーに手を出すな」
腰に下げていたサーベルを左手に持って、相手に向ける。
「止むを得んか」
間合いを取って、相手が刀に手をかける。
……なんだ?
「どうした。私と戦うんじゃなかったのか」
戦うつもりだけど。相手はまだ構えてない。
「剣を抜かない相手とは戦えない」
「構わん」
「これは決闘だぞ」
「これが私の剣術だ」
『エル、気をつけてねぇ』
「怪我しても文句言うなよ」
相手の動きに警戒しながら、サーベルで薙ぎ払った、瞬間。
「!」
『エル!』
やばい。
左手のサーベルを右手に投げて、右手で逆手に持って、防御する。
『来るぞ』
続けて放たれた一閃を、屈んで剣で受ける。
更に、刀が浮く。
まずい。
風の魔法で大きく後退すると、居た場所が斬られた。
「防いだか」
今の、なんだ?
刀が鞘から抜ける瞬間、全然見えなかった。
防げたのはほとんど勘だ。
体勢を低くしていたから助かった。一撃目は、俺が防いだのよりも低い位置で攻撃を受けてたら、確実に斬られていただろう。
「どうした。来ないのか」
また、刀を鞘に納めてる。
同じ手はくらわないぞ。
サーベルで斬り込む。下から斬り上げられた刀にはじかれ、風の魔法で後方に大きく飛ぶと、俺が居た場所が綺麗に刀で薙ぎ払われる。
その刀に向かってサーベルを当てる。
「目が良いな」
お喋りな奴だ。
一度離して右から薙ぎ払う。鍔迫り合いになったが、そのまま風の魔法で勢いをつけて、刀に当てたサーベルの角度を変えながら移動し、相手の右手から後方へ。斬り払ったが、下から回ってきた刀に防がれる。
刀の刃のない方をを蹴って、相手の胴体に向かって薙ぎ払う。
一歩、足りない。
ぎりぎりでかわされた。
お互いに間合いを取って数歩引く。
刀って、あんなに素早い動きが出来るのか。
気をつけて見てないとやばいな。
走り出そうとしたところで。
『あ』
マントを引かれて後ろに倒れる。
「その辺にしときな」
「……ガラハド」
「俺の管轄はイーストだから目を瞑ってやる。そろそろ一番隊が来るぜ」
見つかるのはまずい。
サーベルを仕舞って、フードを深くかぶり直して、南に向かって走る。
「待て!」
待ってられるかよ。
っていうか、フェリックス王子を捕まえて城に戻らなきゃいけないのに……。脱線した。
※
『エル、急いで』
「イリス」
『リリーが戦ってる』
「……は?」
何やってるんだよ、リリー。
中央広場に向かって走る。
『ねぇ、エル。口調気をつけなくて良かったのぉ?』
……忘れてた。女声なのに。
ドロップはもうしばらく持ちそうだよな?
中央広場に人だかりがある。
『あの中だな』
人の壁をすり抜けて、その中に入る。
居た。
本当に戦ってる。
リリーと……。
フェリックス王子が?
なんで?
っていうか!あいつ、リリーを斬りやがって!
リリーとフェリックス王子が鍔迫り合いをしている間に、下からサーベルを振り上げて割り込む。
「そこまでだ!」
リリーとフェリックス王子が数歩引く。
マントを脱いで、リリーにフードをかぶせながら、リリーの体の全身を覆うように着せる。
良かった。酷い怪我はしてない。肩を斬られたみたいだけど、傷は浅そうだ。
マリーが一緒に居るはずだから治してくれるだろう。
「あの……」
リリーが顔を上げようとしたので、慌ててフェリックス王子に向き直る。
顔を合わせるわけにいかないよな……。
こんな大勢の前で正体がばれるわけにいかないし。
「フェリックス王子。お迎えに上がりました」
「……お前、誰だ?」
偽名、考えてなかったな。
持っていた剣を掲げる。柄頭にあるのは剣花の紋章だ。
「皇太子殿下の使者です」
「アレクの剣じゃないか」
「殿下がお呼びです」
「なんだよ。俺は今日帰るって言ってあるはずだぞ」
「存じております。御予定を変更して頂けると助かります」
フェリックス王子に近づいて、耳元で小声で話す。
「俺の女に手を出すんじゃねーよ。いいから来い」
「はぁ?」
フェリックス王子が俺の顔を見る。
『エルだ』
『内緒にしてねぇ』
王族はリリーみたいに精霊の声が聞こえる。
「承諾して頂けますね」
「……おい、そこのお前。名前は?」
「え?……リリーシア、です」
「しっかりマリーを守っておけよ」
「えっ」
守る?
「リリーは護衛じゃないわ。私の友達よ」
「友達だって?」
リリー、マリーとフェリックス王子のいざこざに巻き込まれたのか。
「友達に手を出すなんて最低よ」
「先に剣を抜いたのはこの女だ」
「女性の服を切り裂くなんて、さ・い・て・い!」
その通りだ。
リリーに手を出しやがって。
剣の柄でフェリックス王子を殴る。
「いってぇ……」
「殿下をお待たせしています」
「なんでアレクは、近衛騎士じゃなくてお前みたいなのを使者に寄越すんだよ……」
長居してリリーに気付かれるのもまずいし。とっとと連れて帰ろう。
フェリックス王子の腕を引いて歩く。
「マリー、俺はしばらく王都に居る!明日も会いに行くからな!」
「冗談じゃないわよ!」
本当に。冗談じゃない。
『ばれなかったのかな。これ』
『リリーは気付いてないみたいよねぇ?』
ってことは、ガラス繊維でリリーの眼をくらませることは成功?
※
フェリックス王子を連れて、皇太子の書斎へ。
「待ってたよ、リック」
「おい、どういうことだよ。俺は帰るって言ってあっただろう」
「予定を伸ばして欲しいって伝えてあったけど」
「なんで俺がお前に付き合わなくちゃいけないんだよ」
「仕事を手伝って欲しいんだ。リックも好きなんじゃないかな」
アレクが俺の作成した書類をフェリックス王子に見せる。
「大地震の報告か……。八百年前と千二百年前にも同じ地震が起こった?」
「興味があるかな」
「八百年前って言ったら、東が砂漠になった時期じゃないか」
やっぱり詳しいか。
「……良いぜ、やってやる」
「そう言ってくれると思ってた。ライーザ、リックに資料を渡してくれるかい」
ライーザが腕いっぱいの資料をテーブルの上に置く。
「なんだ、これは」
「地震関連の報告書」
「……おい、俺が引き受けたのは、地質に関することだけだぞ」
「仕分けはしてないからね。被害報告に関したことは、こちらに回してくれて構わないよ」
「あり得ないだろ!俺はお前の秘書官でもなんでもないぞ」
「地質学の権威に依頼してるんだよ」
「相変わらずふざけた奴だ。フォション伯爵のところに置いてきた秘書官を呼び寄せないと片付かない」
「手配済みだよ」
「勝手なことしやがって。俺が引き受けなかったらどうするんだ」
「秘書官だけがこちらに来て仕事をするのだろうね」
「俺の秘書官はお前の秘書官じゃないぞ」
「だからリックに頼んでるんじゃないか」
「あぁ?」
フェリックス王子が頭を抱える。
「いいや。マリーに会いに行けるし」
良いのかよ。
まぁ、これで仕事がだいぶ楽になりそうだな。




