15 一番の犠牲者は
「おーい」
カミーユが俺の目の前で手を降る。
「ん?……カミーユ。何してるんだ?」
「本の返却ついでに資料を調べに来たんだよ。お前こそ、館長に書庫を閉めきってもらって何してたんだ?」
「大地震に関したことを調べてたんだよ」
「全然関係ない本読んでないか?」
「あれはもう終わったから」
「じゃあ、何やってるんだよ。ジョエル女史から書庫の整理を任されてるんだろ?」
「……忘れてた」
「信じられないですね、あなた。片付けるようにお願いしたはずですよ!どうして、さっき来た時よりも散らかっているんですか!」
カミーユの横に居たジョエルが怒りだす。
「まぁまぁ、そう怒らないでくれよ」
「カミーユ様。この方のお知り合いですか」
「俺の親友だよ」
「親友ですって?」
「カミーユ、午前中にアレクのとこに帰らなきゃいけないんだけど」
「行って良いぜ」
「ん」
読んでる途中の本を持って、書庫を出ようとしたところで、腕を掴まれる。
「なんだよ」
「私は許した覚え、ありませんよ」
「こいつが居れば散らかる一方なんだよ。帰した方が図書館の為だぜ」
「そんな方に書庫の利用を許可した覚えはありません。片付けるまで帰さないと言ったでしょう。魔法部隊に参加もしないでふらふらしてるんですから、働きなさい!」
カミーユが俺の耳元で小声で話す。
「お前、ジョエル女史に何言ったんだ?」
「何も言ってないよ」
「ばれたら色々不味いのか?」
「だから書庫を閉めきってたんだろ」
耳の横で、溜息が聞こえる。
「わかった。俺たちで書庫を片付けるから、お前は黙ってここに座ってろ。書庫が片付くまで一歩もここから動くな」
「カミーユ様。あなたまでこの人に甘いんですか」
「書庫は片付けるから、目を瞑ってやってくれ」
「カミーユ様に手伝わせるなんて。あなたも少しは手伝う意思を見せたらどうですか」
「カミーユ。あれを実用的なレベルに持って行けそうな仮説が一個あるんだけど」
確か、カミーユは転移の魔法陣を研究してるはずだから。
「まじか!」
「だから、俺の代わりに書庫を片付けてくれ。それで良いか」
「あぁ」
「交渉成立だ」
今考えてたのをまとめよう。
「ノート貸して」
「いいぜ」
カミーユからノートを貰って、本と一緒に机に広げる。
「……なぁ。それって、書庫の本使うんだよな?」
「当たり前だろ」
「あぁ。わかったよ……」
『ご愁傷様』
※
転移の魔法陣。
まず、魔法陣が描かれていない場所には飛ぶことは出来ない。
あの魔法陣は、人間を極限まで精霊に近づけ、移動先で確実に元の状態に戻す役割を担っている。
だから魔法陣なしで人間が転移することは不可能だ。
次。
グラシアルで使われていた転移の魔法陣は、氷の精霊の力を元にしている。
アレクと俺が描いた魔法陣は砂の精霊の力を元にしたもの。
入口と出口を描いて、存在しない魔力の道を無理やり作って繋ぐのは、不可能ではないけれど、かなり強引な方法だ。これが出来る人間は限られるだろう。
だから、すでに存在している魔力の道の代用品を使う。
それが、水脈。
水脈は水の力で満ちているし、一方向の流れが存在する。
入口を水脈上に設置し、出口を水脈の出口に設定すれば、自分の魔力の消費をかなり抑えた転移が可能になるだろう。
だから、水の精霊の力を借りる転移の魔法陣を描けば転移は可能になる。
そして、これを誰でも実用可能なレベルにする為の方法。
必ず、一つの入口から飛べるのは、対になる出口にする方法。
これが確立できれば、出口を描いたまま放置できる。
ここから先は、俺にとっても未知の話し。
精霊と宝石の関係を使う。
俺がリリーの為に作った精霊玉は、転移をする際の目印になった。
だとすると、精霊の力を込めた宝石を目印に出来る可能性がある。
エイダの精霊玉がルビーになったように、精霊の力と宝石にも相性がありそうなんだけど、宝石には詳しくないんだよな……。
水脈を使うから、理想は水の大精霊の精霊玉であったものなんだけど。
炎の大精霊は赤い石。氷の大精霊は水色の石。月の大精霊は金色の石。
水の大精霊は……?
青ってイメージなんだけど、実際に精霊玉を見ていないから何とも言えない。
精霊玉が載っていそうな本もないし。
リリーなら詳しそうなんだけど。
あ。丁度良いところに居た。
「リリー」
「エル」
「水の精霊が好きそうな宝石ってなんだと思う?」
「え?えっと……。青い石じゃないかな。サファイア、アズライト、アパタイト、瑠璃……」
「青い石だけでそんなに種類があるのか」
どれが一番適してるんだ。
「ほかにも、真珠のイメージもあるかな」
「真珠……」
真珠は球形……。
「宝石を調べてるの?お勧めの本、探してみようか?」
「教えて」
「待ってて」
球形って。使えそうだ。
「これがお勧めだよ」
「ん」
渡された本を見る。
これ、さっき見た奴だ。
「こういうのじゃない」
もう一冊を見る。
「あぁ、こういうの」
そういえば、宝石って山の中とか地下から見つかるんだよな。
アンシェラートの力が宿ってたりするのか?
……アンシェラートの力を利用できるなら、どこへでも飛べそうな気がするけど。
※
つまり。
水脈の流れる場所に、転移の魔法陣の入口と出口を設置。
特定の魔力を込めた真珠を使用し、それを半分に割る。
片方を出口に置き、もう片方を入口側に設置。
この宝石を埋め込むことによって一対の魔法陣とする。
転移の魔法陣を描く際に、この宝石を図柄上に組み込み、起動の条件にするのだ。
これで、特定の入口から特定の出口にしか飛べない魔法陣の完成。
安全で確実で、他者が利用するリスクもない。理想的な形だ。
これを可能にする理論をまとめて……。
こんなもんだろう。
後は、カミーユに任せれば良い。
ここまでやれば、後はもっと使いやすい形に直してくれるだろう。
できた。
―エルが午前中に帰って来れたら、書斎においで。クロエに会わせてあげよう。
あ。
「やばい」
今、何時だ?
「カミーユ、できた。じゃあな」
書きあがったものをカミーユに渡す。
リリーが手伝ってくれたから、かなり良いものに仕上がった。
急いで戻らなきゃ。
……あれ?
リリー?
カミーユの方を振り返ると、リリーが居る。
「リリー?何してるんだ?」
「あの……」
連れて行こう。
「一緒に来い」
「え?」
リリーの手を引いて走る。
早く戻らないと。
※
急いで、アレクの書斎まで戻る。
「ツァレン」
「よぉ、エル。リリーシアを連れて、何やってるんだ?」
「アレクは?」
「主君なら居ないぜ。昼休みだ」
「間に合わなかった」
クロエに会えなかった。
「?」
「残念だったな」
賭けにも負けたし。
「あの……、大丈夫?」
まぁ、いいや。アレクの刀でも探そう。
どうせその内会えるだろう。
リリーに会えたことが今日一番の収穫だから。
「リリー、一緒にランチに行こう」
「うん」
被っていたフードを外す。
旅に出てるわけでもないのにマントを着用して歩かなきゃいけないなんて、面倒だ。
「なんであんなところに居たんだ?」
「エルが王立図書館に居るって聞いたから」
「誰に聞いたんだ」
「アレクさん」
なんで?もしかして……。
「城に来たのか?」
「うん。アレクさんにショコラティーヌを持って来たの」
「そうか」
ウォルカが作ってやれって言ってたからな。
「図書館までは迷わず来れたのか?」
「迷わないよ!」
何で怒るんだよ。
「でも、エミリーさんが案内してくれた」
「エミリーが?」
「うん」
あれ?エミリーはクロエにつきっきりのはずじゃ……。
「クロエは?」
「書斎に居たよ」
「え?会ったのか」
「うん」
クロエ、ずっと書斎に居たのか。
ちゃんと早く帰ってれば会えたんだな。
「俺、まだ会ったことないんだよ。どんな人だった?」
「えっと……」
リリーが言葉を濁す。
口止めされてるのかもしれない。
「本当は今日会う予定だったんだ。黒髪にブラッドアイだっていうのは知ってる」
「綺麗な人だったよ。でも……、ちょっと難しい人かも」
「難しい?」
「お菓子は作れるけど料理は出来ないって言ったら、それはおかしいって」
「なんで?」
「えっと……。食べ物を作れるのに料理が出来ないという言い方は変だって」
「あぁ。確かに」
「え?認めるの?」
「間違ってないだろ」
あれだけ美味いパンが作れるんだから、もう少し自信を持てば良いのに。
※
リリーと一緒に食堂を目指す。
食堂は養成所に似てる。食べたいものを自由に食べて良いから。
アレクと一緒じゃない時は、たいていここでランチを食べる。
「エルくーん、リリーちゃーん」
聞き慣れた声に振り返ると、秘書官の二人組が後ろから来る。
あれ?今、リリーも呼んだ?
「なんでメルティがリリーを知ってるんだよ」
「会ったことがあるからでーす」
「こんにちは」
「はじめまして。皇太子秘書官のタリスだ」
リリーとタリスが握手をする。
会ったことがあるのはメルティだけか。
「はじめまして。リリーシアです。えっと……。エルと仕事をしてるんですよね?」
え?
「いつも一緒に仕事をしているとは限らない。エルはアレク様と書斎に居る方が多いからな」
「アレク様、エル君を全然貸してくれないから大変ですー」
「執務室ではあまり仕事をしてないってこと?」
「そうですよー」
は?
「待て。なんでリリーが知ってるんだ」
リリーには、アレクの秘書官になったなんて一言も言ってない。
「えっと……」
「夫の素行ぐらい知っていて当然じゃないですかー?それとも、エル君。何かやましいことでもあるのかなー」
「あるわけないだろ」
「暇なら執務室に来い。仕事なら山ほどある」
「今日はこの後、やることがあるんだよ」
フェリックス王子に渡す資料を仕上げなくちゃいけない。
「彼女とデートの暇はあるのにー?」
「偶然会ったから連れて歩いてるだけだ」
「リリーちゃんも不憫だねー」
「えっと……。私、エルと一緒に居たいから……」
あれ?
今日、リリーが書庫に来たのって、アレクから俺が図書館に居るって聞いたからだよな?
……もしかして、城に来たのも俺に会うためだった?
「ごちそうさま」
「んん。お腹いっぱいになっちゃうねー。じゃ、またね」
メルティとタリスが食堂に向かう。
「リリー」
全然気づかなかった。せっかく会いに来てくれたのに。
「外に行こう」
「え?」
「行きたいところあるか?」
「エル、死んだことになってるのに、外に行って良いの?」
「良いんだよ」
せっかく来てくれたんだから。
一緒に居たい。
リリーは少し俯いて考えた後、俺を見上げる。
「あのね、桜の庭に行きたい」
「そんなところで良いのか?」
「うん」
「じゃあ、食堂でサンドイッチでも作って行こうぜ」
「食堂って?」
「メルティとタリスが行ったとこ」
※
桜の庭。
皇太子の書斎の下にある庭だ。
「紅葉にはまだ早いな」
桜の葉はまだ緑色だ。
「桜も紅葉するの?」
「あぁ。赤く紅葉する。……リリーは紅葉見たことあるのか?」
リリーが首を振る。
「だって、あそこはずっと春だったから」
「本当に時間が止まったような場所だったんだな」
「うん」
リリーがサンドイッチを頬張りながら、桜の木を見る。
前に二人で来た時は桜が咲いていたっけ。
あの時もサンドイッチを持って来たな。
「リリー、俺が何で死んだことにしてるのか、調べたのか?」
「えっと……。ドラゴン退治はアレクさんが教えてくれて、秘書官になったことは、メルティムさんが教えてくれたよ」
なんで教えたんだよ。アレクの奴……。
口を滑らせたなんて考えられないけど。意図して言ったなら、なんで?
……いや。リリーはどうせ気づくか。
俺が知らない俺のことまで探して来たんだから。
「リリーに隠し事は出来ないな」
「まだ隠してることがあるのに?」
全部知ってそうだな。
まぁ、いいか。
「知りたいなら調べて。俺のことを調べるのは、リリーの得意分野だろ?」
「……調べても良いの?」
「いいよ」
許可しなくてもこれだけばれてるのに。
「エルは教えてくれないのに?」
「教えるわけないだろ」
俺が剣術大会に出場することは知らなそうだな。
絶対にばれないように方法考えないと……。
危ないことに巻き込みたくないから、全部黙ってたのに。
「っていうか。ドラゴン退治なんて危ないこと、絶対するなよ」
「エルは行くのに?」
まさか。ドラゴン退治に行く気か?
「俺は正式に依頼を受けてるし、因縁もある。……それにリュヌリアンの持ち主は俺だ。ドラゴンの皮膚を貫ける剣なんてそうそうないからな」
これでどこまでけん制できるかわからない。
ドラゴンがもう一度王都に襲撃しに来たら、あきらめてリリーを連れて行こう。
どうせドラゴンの所在に関する情報はアレクのところが一番早いだろうから、リリーが退治しに行ったとしても、確実に俺の方が先に着くはずだ。
……っていうか、本当に大人しくしていてくれない。
どうすれば良いんだ。
大人しく王都に居て欲しいのに……。
「そうだ。リリーに頼みたいことがあるんだ」
「うん」
アレクから預かっていた短刀を出す。
「短刀?」
リリーが短刀を鞘から抜いて眺める。
「え……?両刃の短刀?」
「珍しいのか?」
「アヤスギさんが両刃の刀はあんまりないって言ってたから……」
「じゃあ、アヤスギが作ったんじゃないのか」
「わからない」
「これの出所を探してる。リリー、アヤスギに聞いてみてくれないか?」
「うん。わかった」
「それから、もう一つ」
「もう一つ?」
「アレクから刀が欲しいって頼まれてるんだ。アヤスギに頼んで作ってもらってくれないか?既存の刀じゃだめだ。リリーが見て、アレクが喜ぶようなものを仕上げてもらってくれ。対価はいくらでも払うから」
「私の見立てで大丈夫?」
「大丈夫。リリーの方が、アレクが気に入る刀を見極められる」
「……うん。わかった」
これで。
王都に居てくれると良いけど。
「エルって、いつも同じサンドイッチ?」
「ん?……あぁ。この組み合わせが一番美味いよ」
「好きなの?」
「なんで?」
「シャルロさんが、エルは気に入ったら同じものをずっと食べ続けるって言ってたから」
なんだそれ。
「考えたことないな」
いつも食べてるもの……。
オランジュエードから口を離したリリーに、プリンを食べさせる。
「プリン?」
「リリーが食べると思って、持って来たんだ」
スプーンとプリンを渡すと、リリーが上機嫌でプリンを食べる。
本当に甘いものが好きだな。
「美味しい。……優しい砂糖を使ってるのかな」
「優しい砂糖?」
「うん。砂糖にも種類があるんだよ」
「和三盆?」
「あ、和三盆のプリンなんだ」
和三盆のプリンだったかは知らないけれど、昔、誰かが和三盆のプリンが一番美味しいって言ってた気がする。和三盆ってそんなに菓子に合う砂糖なのか?
リリーの機嫌が直るなら何でも良いけど。
「エルは食べないの?」
「俺はいいよ。甘いものは苦手だから」
「キャラメルは好きなのに?」
「……は?」
なんだって?
「違うの?」
「それ、誰が言ったんだ」
「ユリアが言ってたよ。マリーたちも、エルは毎日キャラメルを食べてたって」
「冗談じゃない。もう二度とキャラメルなんて食べないからな」
ユリアに毎日食べさせられてたのを思い出す。
バイオリンの伴奏をお願いした時の約束だ。
「あいつら。リリーに変なこと吹き込みやがって」
「あの、本当に嫌いなの?」
「嫌いだよ。もう、一生分のキャラメルは食べた。この先、食べなくても良いぐらい」
頼まれたって、もう食べることは……。
「エル」
「ん?」
「口開けて」
口を開くと、リリーが俺の口に何か入れる。
「んんっ?」
これ、キャラメル……。あれ?
「当たりだ」
「当たり?」
「ユリアたちが作ったキャラメルを、毎日食べさせられてたんだよ」
クラスで流行ったのだ。錬金術の実験とか言ってたな。絶対関係ないだろうけど。
「たまに俺が食べられる奴がある。それが当たり。……でも、一日一個が限界。これなら二つぐらい食べても良いけど」
「どんな味?」
「シナモン」
「美味しいの?」
「あぁ」
「好き?」
なんでそんなことを聞くんだ?
「たくさん作ったのか?」
リリーが手の平いっぱいのキャラメルを俺に見せる。
赤、黄色、焦茶色。
「もらうよ。毎日一つずつ食べる」
「食べるの?」
「リリーが作ったんだろ?」
「うん」
「なら、食べたい」
「えっと……。無理してない?」
別に、無理なんてしてないけど。




