14 勝てるわけがない
「おはよう、エル」
「……おはよう。アレク」
眠い。
っていうか。アレクに起こされるなんて。
「寝坊した?」
「してないよ」
今日はヴィエルジュの六日。
何かある日だっけ?
「公務の日?」
「違うよ」
アレクが公務の日は執務室で仕事。
公務じゃない日は書斎で仕事。
夕方、アレクのいる時間は剣の稽古。
毎日それの繰り返し。
仕事もまぁまぁ楽しいけれど。アレクが手広くやりすぎているせいで情報が滅茶苦茶だ。もう少し部門ごとに分けてやるべきだと思うけど、秘書官を増やすつもりがないんだからどうしようもない。
「リックに頼む資料を仕上げて、リックに仕事を引き継いでもらいたいんだ。明日帰ると言われてしまったからね」
「明日?」
「引き留めて置いたけど、リックは話しを聞かないから」
「……それ、フェリックス王子がフォション辺境伯のところに帰ったら、仕事を任せられないんだよな?」
「そうだね」
もっと困れよ。
……いや。仕事を任せられなくて困るのは俺か。
「図書館に頼んだ資料って、まだ届かないか?」
七、八百年前にも大陸全土が揺れた形跡がある、と言った地質学者の考証を裏づけする資料。
「連絡はないようだね」
「それ、調べに行っても良いか?」
「王立図書館に?」
「あぁ。自分で探した方が早い」
「どこにあるか見当はついてるのかい」
「書庫だと思うけど」
「書庫を立ち入り禁止にして調べる許可が下りるなら良いよ」
「俺が生きてるってばれたらまずいから?」
「エルを書庫に入れるなんて私なら許可しない。館長は優しいから泣く泣く許可するのだろうね」
「どういう意味だよ」
「賭けをしようか」
「賭け?」
「エルが午前中に帰って来れたら、書斎においで。クロエに会わせてあげよう」
「会いたい。帰るよ」
「帰れたら良いね」
「俺が帰らなかったらどうするんだ」
「刀が欲しいな」
「刀?アヤスギに頼めば良いのか?」
「負けるって自覚してるのかな」
「負けないよ。でも、欲しいなら刀は探してくる」
「エルは優しいから賭けにならないね」
アレクがくすくす笑う。
「なるよ。俺が帰ってくれば良いだけだ」
「そうだね。どうせエルが負けるから成立するね」
絶対、午前中に帰って来る。
※
外に出るの久しぶりだな。
セントラルの脇道を抜けて王立図書館に行き、受付けへ。
「館長は居るか?」
「……また、あなたですか」
あ。
目薬で瞳の色を変えて来るの忘れてた。
「また禁書の間に入りたいと仰るんですか」
前に会ったことがある受付嬢。俺のこと覚えてたのか。
「違う。用があるのは書庫だ。俺が書庫に居る間、立ち入り禁止にしておいて欲しいんだよ」
「あなた、魔法部隊の隊員ですよね?何の権限があって……」
「また揉めてるのか?」
「館長!どうにかして下さい」
「まぁまぁ。落ちつけ。今日は何の用だ?」
「書庫で調べ物をしたいんだ。他の人間を立ち入り禁止にして欲しい」
「それは、今のお前の上司の命令か?」
俺が死んだまま秘書官になったことって、どこまで知れ渡ってるんだ?
「そうだよ」
「仕方ないな。ジョエル、鍵を出してやってくれ」
「館長。王立図書館は市民に開かれた図書館です。一個人の……」
「ほら、鍵だ。さっさと行け」
「ん」
館長から鍵を受け取って、書庫を目指す。
「館長!あの人に甘すぎます」
「俺が甘いんじゃないんだがなぁ」
※
書庫に入って鍵を閉める。
誰も居ないよな。
地質関係の本を探してさっさと帰ろう。
あ……。
そういえば、地下水脈。
転移の魔法陣に使えるんじゃないかって思っていたんだ。
転移の魔法陣とは、女王の魔力の入口と出口を繋いだもの。
それに近いものが、水脈だ。
地下水脈には必ず出口がある。地下水脈の出口を、転移の魔法陣の出口として設定すれば、水の精霊の力を借りて、どこからでも出口に飛べるんじゃないかって思ってたんだ。
『エル、何しに来たんだっけぇ?』
本を取りかけたところで、元に戻す。
『本当、目の前に興味があるものがあるとだめだめだねぇ』
「……」
これは後回し。
先に、七、八百年前の地震について調べないと。
ラングリオンは今年で建国六〇八年。
だから、ラングリオンの建国前、アルファド帝国時代の資料を探さないと。
アルファド帝国とは、オービュミル大陸を統一すると考えられていたほどの軍事力を持ち、圧倒的な力によって国を支配していたことでも知られる巨大な帝国だ。
その最大領地は、現在のラングリオン王国、砂漠、ティルフィグン王国、ラ・セルメア共和国の大半に加え、ディラッシュの東部、クエスタニアの北東部と、かなり広大だ。
アルファド帝国の西側にあったのは、現在の神聖王国クエスタニアの前身であるモルティーガ都市同盟。光の勇者の子孫や、光の魔法使いたちの子孫を名乗る統治者たちによる寄せ集めの都市同盟だ。この辺りは魔王となった吸血鬼の根城だった地域で、吸血鬼種に対する偏見は今でも根強い。
そして、アルファド帝国の南部にあったのが、吸血鬼種が多く暮らすメディシノ国。その統治者も多くが吸血鬼種であったと言われ、モルティーガ都市同盟とは完全に敵対関係にある。というか、モルティーガ都市同盟自体が、メディシノ国を人間の敵として集まった同盟だ。
どちらもアルファド帝国との戦争で土地を奪われ続け、モルティーガ都市同盟はバールディバ山脈の西側へ、メディシノ国は東側へ追い込まれ、両者は山脈と帝国によって強制的に休戦状態にされた。
ちなみに、バールディバ山脈というのは、今の神聖王国クエスタニアとラ・セルメア共和国の国境となっている山脈。セルメアで言うなら、この間行った琥珀の生産地、モールモス地方の山脈がそうだ。
『エルってさ、いっつもこうなわけ?』
『そうだよぉ』
『また脱線してるのか』
『エルは本が好きだからねー』
『本を大事には扱ってないが』
『アレクが言ってたのって、こういうこと?』
『そうだ』
『イリスも文字が読めるのか?』
『ボクは生まれた時からずっとリリーと一緒なんだよ?同じ教育を受けてる』
『やっぱり文字が読めるのって便利よね』
『現代文字って、精霊の文字と全然違う?』
『違うよー』
『間にドラゴン王国時代の言語も挟んでるからねぇ。言語なんて時代に合わせて細かく変わるものぉ』
『今の人間は世代交代が細かいからな。文化の移ろいも激しい』
『ねぇ、ユールたちってそんなに古い精霊なの?水の精霊は古い精霊が多いって聞くけど……』
「お前たち。お喋りするならあっちに行ってろ」
『はぁい』
吸血鬼種。
黒髪とブラッドアイの容姿を持つだけで差別を受けてしまう。
ラングリオンの初代国王は、アルファド帝国による武力支配からの解放、奴隷の解放により、解放王とも呼ばれている。ラングリオンは、オービュミル大陸で一番早く奴隷制度をなくした国で知られているのだ。
けれど、その解放王ですら当時根強かった吸血鬼種への差別感を覆すことは出来なかった。
というのも、アルファド皇帝崩御後の大混乱の国をまとめ上げるための手法の一つが、吸血鬼種の迫害だったからだ。
吸血鬼の始祖である魔王が光の勇者によって滅ぼされたのはおよそ千年前。悪魔になった吸血鬼たちの穢れた魂を、神の御使いと光の魔法使いたちが浄化し尽くしたと言われるのがおよそ八百年前。……ラングリオンの建国はおよそ六百年前で、吸血鬼の脅威が去って二百年しか経っていない。モルティーガ都市同盟の考え方やメディシノ国の存在がある以上、吸血鬼種が脅威との考え方は根強かった。今でもその考え方は残っているぐらいなんだから、当時はもっとすごかっただろう。
そんな中、皇帝亡き後の旧アルファド帝国、つまり本来ならばラングリオンのものであるはずの土地に攻め入ったメディシノ国は、ラングリオンの国家としての敵であり、人間の敵である。
もちろん、モルティーガ都市同盟も旧アルファド帝国の土地に攻め入ったが、そもそもモルティーガ都市同盟が奪われた土地は同盟に所属していた都市の一部に過ぎず、積極的に旧アルファド帝国の領地に侵攻する理由がないのだ。同盟の敵はあくまでメディシノ国であるはずだから。そして、都市同盟という性質上、決定が何事にも遅れてしまう彼らは必然的に旧アルファド帝国への侵攻がメディシノよりも遅れる。
結果。
新しい国として成立したラングリオン王国の当面の敵はメディシノであり、吸血鬼種となる。
紆余曲折はあったものの、ラングリオンはそれによって団結してしまった。
だから、今でも吸血鬼種への偏見は根強いのだ。
っていうか、初代国王は北のアルマス地方に居たから、南の戦争にはほとんど関わってないんだけど。
それに、ラングリオン建国直後の初代国王の奴隷解放の手法とか、面白い話はまだあるんだけど……。
「……失敗した」
気が付いたら、違う本を読んでた。
七、八百年前のことを調べてただけなのに。
これじゃなくて……。
……あった。
およそ八百年前。
アルファド帝国で観測された地震の記録。
これだ。
帝国の領地の全体が同じような地震の観測を記録してる。
……八百年前なら、あの地質学者の意見と一致する。
アルファド帝国自体、オービュミル大陸で広い面積を誇っていたのだから、帝国内の観測で地震の揺れに差異が認められないってことは、今回と同じようにオービュミル大陸全土が同じ揺れを観測したと思って良いだろう。
八百年前って地震が多かったのか?もう一つ大きな揺れを観測してるな。これは普通の地震っぽいけど。
……あれ?
なんだこれ。
千二百年前?
千二百年前にも、同じような地震が観測されてる?
千二百年前、八百年前、そして去年。
地震が定期的に起こるとしたら、四百年前にも起こってなきゃおかしいよな。
いや、待て。八百年前って……。
アレクは気付いてた。
確か、探せばあるはず……。
あった。
砂漠の歴史。
ラングリオンの東を炎の大精霊が砂漠に変えたのは、およそ八百年前。
アルファド帝国の歴史と照らし合わせても、時期はぴったりだ。
だとしたら地震の原因は……?
八百年前。
氷の大精霊が守る神の台座から、アルファド帝国によって封印の棺が持ち出され、開かれ、炎の大精霊がその力で大地を砂漠に変え、月の大精霊が砂漠に降りた。
あの時、これだけのことが起きてる。どれが原因なのか絞り込めない。
去年地震が起こったのは、ジェモの二日。
グラシアルの女王が崩御し、氷の大精霊の魂と炎の大精霊の魂が根源の神・オーに還った日。
共通点は……。
氷の大精霊、炎の大精霊。
氷の大精霊が関わってるってことは、神の台座も関係があるかもしれない。
っていうか。
八百年前。何故、氷の大精霊は、自分が大切にしていた封印の棺が持ち出されたことに気付かなかったんだ?神の台座は氷の大精霊が守護する土地だから、侵入者に気付いたはずだ。氷の大精霊が誰かを自分の土地に入れるなんて考えられない。
その後、封印の棺を探すためにグラシアルに力を貸したことを考えると、氷の大精霊が封印の棺を故意に持ち出させたとは考えにくいし……。
アルファド帝国の人間が氷の大精霊を出し抜いた?人間が大精霊を出し抜くなんてできるのか?
いや。それ以前に、何故アルファド帝国の人間は、神の台座に行ったんだ?
彼らは棺の存在を知っていたのか?
資料は……。
探せない。
八百年前にアルファド帝国が棺を持ち出したのは確実なのに。
その記録はどこにも残っていない。
考え過ぎ?
地上で起きたことは、地震とは関係ないのか?
そもそも、地震が起こる原因は、この星の神、アンシェラートが手を伸ばす為、と言われている。
根源の神オーが、リンによって斬られてできた原初の神々の一対。広がり続ける神と、吸収し続ける神。
広がり続ける神は、今も世界を創り続けている。この神は創世の神と呼ばれている。
その神と対になる吸収し続ける神は消滅の神と呼ばれ、リンによって細かく切り分けられた。
二つの神の魂が一つになってしまうと世界を創ることが出来ないから、消滅の神は封印しなければならないのだ。
そして切り分けられた消滅の神の魂を、他の神々の力が覆うことによって星となる。
他の神々の力とは、創世の神とは別の広がり続ける神と、消滅の神とは別の吸収し続ける神。運動する神と停止する神。温度を上げる神と、温度を下げる神。溶ける神と、固まる神。
この神々の力が星の力に負けると、星の魂は、片割れである創世の神の魂の一部と一つになって、根源の神オーに還る。つまり、星の消滅。
ここは、太陽と月の神に守られたアンシェラートという名の星だ。
アンシェラートとは、消滅の神の魂の一部であり、神であり、この星そのもの。
アンシェラートはこの星の神として、星に生きるすべての魂を守る一方で、自分の魂の片割れを求め続け、地上に向かって手を伸ばす。
アンシェラートが手を伸ばした場所を震源に大地が揺れ、地震が起こると言われているのだ。
だから。
震源がない地震というのは、この原理に合わない。
これが何を意味するのか……。
だめだ。考えもまとまらないし。
調べられるのはここまで。
地震の原因については特定できなかったけれど、八百年前と千二百年前にも同じ地震が起きたのは確か。
当時、特別な何かが起こったかどうかは、まだ調査の必要がある。
帰ろう。
フードを被って、書庫を出ると、書庫の近くで受付嬢のジョエルが本の整理をしていた。
あ。っていうか、そのバッジ。受付嬢じゃなくて司書だったのか。
そういえば、アレクからもらってた秘書官の官位章、つけて歩いてないな。……どうせ死んだふりしてるんだから良いか。
「ようやく終わったんですね。ちゃんと綺麗に使って……」
ジョエルは書庫を見るなり、俺を書庫に引っ張り、扉を閉める。
「なんですか!これは!」
『まぁ、怒られても仕方ないね』
『いつものことだ』
結構、本を読んだから。
「どうやったら一人でここまで散らかせるんですか?信じられません。ちゃんと元通りに片付けて下さい」
「午前中に戻らなくちゃいけないんだよ」
「図書館はみんなのものです」
「本を片付けるのは司書の仕事だろ?」
「あなたも国に奉仕する立場なら、少しは真面目に、市民の為になることをやって下さい!」
『国に奉仕する立場、ねぇ』
「片付けるまで帰しませんからね」
「わかったよ。片付ければ良いんだろ?」
「当然です」
ジョエルが書庫から出て行く。
『良いのぉ?エル』
『一日かかっても無理だな』
「片付けぐらいできるよ」
床に落ちている本を持って、本棚に行く。
そうだ。水脈の……。
『エル、片付けはどうしたのよ』
『言うだけ無駄だな』
『あー。これはだめな感じだねー』
『昔から変わらない』
『本当に片付け、苦手なんだね』
『目の前にこれだけ本があれば無理ねぇ』
『エル、一生ここから出られないんじゃない?』




