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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅰ.王都編
15/149

13 大事なものは塔の中に

 剣先が、頬をかする。

 構わずに踏み込んで、下から剣を振り上げようとしたところで、肩を掴まれて体勢を崩し、背中に剣を当てられた。

「短剣の癖かな。片手剣は長いから、懐に入ってから斬り上げるんじゃ遅いね」

 攻撃が当たる気配がない。

「怪我は大丈夫かい」

 顕現した光の精霊が俺の頬の傷を癒す。

 アレクを守ってる精霊の一人だ。

「エルには、この剣は向いてないかもね。やっぱり細身の方が好きなのかな」

「戦闘スタイルを一からやり直さなきゃいけないんだから、どれを使っても一緒だろ?」

「レイピアの技術も上手く組み込むと良いよ。今日はこの辺にして、宝物塔で探してこようか」

『お疲れ様、エル』

 

 アレクと一緒に梯子を上る。

 ここは、皇太子の棟の一階。

 

 個室が並ぶ場所は従者の棟、物見塔は宝物塔、主人の部屋が皇太子の部屋と呼ばれ、それをまとめて皇太子の棟と呼んでいる。

 皇太子の棟に外側から入ってすぐにあるのは、まっすぐの廊下と、左手に六部屋、右手に四部屋、合わせて十室の個室が並ぶ従者の棟。それぞれの部屋は、近衛騎士とメイドが使っている。俺が今寝泊まりしている部屋も、ここだ。

 従者の棟の廊下を抜けた先、右手には部屋二つ分のスペースのベランダがある。夜間の警備に当たる近衛騎士はベランダで待機している。

 ベランダから見晴らしの良い渡り廊下を通った先に宝物塔に入る扉があり、宝物塔に入って右手にある扉を進んだ場所が、廊下と皇太子の部屋。

 扉が二つあって、左手が使っていない部屋。右手側、つまり一番奥がアレクの部屋だ。二つの部屋の扉は従者の棟のベランダから見える。

 っていうか、自分の従者が寝泊まりする場所をこんなに近くに置いている上司も珍しいだろう。近衛騎士はともかく、メイドの部屋まであるなんて。みんなアレクが気に入ってるから良いのかもしれないけど。

 皇太子の棟は、すべて二階部分にある。

 アレクと一緒に稽古をしていたのは、従者の棟の一階部分。ベランダにある入口から梯子を降ろすことで入れる。

 

「おかえり、アレク、エル」

「ロニー」

 アレクの近衛騎士、白花のヴェロニク。

 今日の夜間の護衛らしい。

 なんていうか。苦手な相手だ。

「まだ仕事やるの?」

「エルの剣を選び終わったらね」

「仕事始めで書類の山なんだよ」

 アレクが貴族連中の相手にうんざりしていたのが、身に染みてわかる。

 こっちはこんなに忙しいのに、どうでも良い用事で娘をアレクに会わせる為だけに来て無駄話をして帰って行くのだ。

「忙しいね、エル」

「アレク、いいかげん秘書官を増やせ」

 アレクの秘書官は俺を含めて三人。

 メルティムとタリスは有能な秘書官だけど、これ以上仕事を押し付けられない。

「エルを秘書官にしたじゃないか」

「もう少し専念できる奴を、だ。それか有能なメイド」

 アレクがいつも傍に置いているメイドは、アニエス、ライーザ、エミリー。

「メイドも増やしたよ」

「増えてない。実質減っただろ。エミリーはお前の彼女の世話があるんだから」

「私が気に入らない人間を傍に置くと思っているのかな」

 また、それだ。

「誰か居ないのかよ」

「大変そうだね。私が手伝っても良いけど、今は近衛騎士が三人だから難しいかな」

 今居る近衛騎士は、白花のヴェロニク、銀朱のツァレン、それから青藍のレンシール。

 ドラゴンを追って外出中なのが、常盤のグリフレッドと黒紅のローグバル。

 この五人がアレクの近衛騎士だ。

 二つ名はアレクが与えたマントの色に由来する。

「グリフとローグはまだ帰らないのか?」

「ドラゴンの根城を見つけてくるように言ってあるからね」

 見つけるまで帰って来れないのか。

 

 ※

 

 宝物塔は五階建て。二階はホールになっていて、一階への入口はない。

 三階が武器を保管している場所で、四階が宝石や絵画といった芸術品。五階はそれ以外のものが保管してある。もちろん屋上にも出られる。

 アレクと一緒に螺旋階段を上って、三階の部屋に入る。

「そういえば、リュヌリアンってどこに保管してるんだ?」

 宝物塔にあるはずなのに。この部屋にはなさそうだ。

「五階に置いてあるよ」

「五階?」

「レイリスが、月の石でできてるなら月光浴をさせた方が良いって言ってたからね。鞘から出して月の光が届く場所に置いてあるんだ」

「そうなのか」

 きっと、リリーも知らないことだよな。

「リュヌリアンで出場するのかい」

「まさか。リリーにばれないようにしなくちゃいけないのに」

「何故?」

「俺がリリーからリュヌリアンを取り上げたのは、剣術大会に出場して欲しくないからだよ。でも、俺が出場するって言ったらリリーは意地でも出場しかねない」

 アレクが笑う。

「リリーシアは、エルと戦いたいんだね」

「俺は戦いたくない」

「彼女と戦うことになったらどうするつもりだい。参加しないとは言い切れないんだろう」

 確かに。

 リュヌリアンを取り上げたし、剣術大会は諦めると言っていたけど……。

 確証はない。

「アレク。俺はリリーとは戦わない。リリーが目の前に立ったら、負けを認めるからな」

「それは困ったな。じゃあ、リリーシアが剣術大会に出場できないように考えなくてはね」

「できるか?」

「彼女を私の観覧席に招待するのはどうかな」

「あぁ、それなら確実だな」

 剣術大会中、ずっとアレクの隣に居るなら安心だ。

「でも、エルが大会に出場した瞬間、リリーシアにばれるだろう。彼女の瞳からは逃げも隠れもできない。それは構わないのかい」

 リリーから見ると、俺は金色の光らしいから。

「今、その対策を考えてるところだ。アレクの彼女に衣装を頼むかも」

「精霊の光を隠す布でも作るのかな」

「あぁ」

「デザインは、私が剣術大会に出た時と同じものにしないかい」

「いいよ」

「仮面も貸してあげよう」

「それ。……優勝したら、仮面を外さなきゃいけないのか」

「そうしてくれると面白いんだけど」

「外したらリリーにばれるだろ」

「そうだったね」

 アレクが楽しそうに笑う。

 剣術大会にアレクが内緒で出場した時。

 優勝した後、アレクはその仮面を外して自分の正体をばらしたのだ。

 誰もが驚いて、そして歓声を上げた。

 ラングリオンの皇太子を称える声を。

「剣は選び終わったかい」

 どれにしようかな。

 アレクのコレクションだから、どれも名剣なんだろう。

 でも、イリデッセンス以上に俺に合う剣なんてない。

 このサーベルにでもしようかな。

「そういや、刀を知ってるか?」

「刀?」

「あぁ。セルメアに居たアヤスギって刀鍛冶が、王都に店を開いたんだ。ポラリスの店跡だから分かりやすいぜ」

「刀か。エル、これも刀かな」

 アレクが俺に短剣を渡す。

 それを鞘から抜いて眺める。

 この、独特の反り。

「刀だと思う」

 自分の短刀を抜いて、アレクに見せる。

「それは、俺が刀鍛冶から買ったやつだ」

「似ているね」

「あぁ。どこで見つけたんだ?これ」

「エルは、皇太子の棟に侵入した者が居るって話しを聞いたことがあるかい」

「……あぁ」

 カミーユが言ってたな。

「その人物が持っていたものだよ」

「暗殺者の話し、本当だったのか?」

「侵入者が入り込み、当夜護衛をしていたツァレンが即座に発見、大声で他の近衛騎士に知らせつつ、侵入者を捕縛。……間もなく異変に気付いた兵士も数名、状況を確認しに来たんだ。大したことじゃなかったんだけどね」

「侵入者はどうなったんだ?」

「この短刀の出所を調べてくれたら話しても良いよ」

「俺に調べろって?そんな暇、いつあると思ってるんだよ」

「どんな方法でも構わないよ」

「その侵入者、本当に、誰にも気づかれずにここまで来たのか?」

「そうだよ」

「……あのさ、それがお前の彼女じゃないよな?」

「クロエを見つけたのは、随分昔だよ。ガラハドと旅をしてた時だ」

「え?それって……」

「王国暦六百年。リックが聖剣の儀式を行った年だね」

 リック。アレクの兄のフェリックス第一王子。

「八年も前だ。……本当に、俺、会ったことないのか?」

「会わせたことはないよ。エル、そのサーベルで良いのかい」

「ん?……あぁ」

 持っていたサーベルを鞘から引き抜く。

 サーベルは、片刃の曲刀。

 形状は少し刀に似ているけれど、曲がり具合が大きい。この反りは、砂漠で良く使われている曲刀、ファルシオンにも似ている。ファルシオンよりも細身で使いやすそうだけど。

「あれ?」

 柄頭に、紋章が描かれている。

 剣花の紋章だ。

「それは私が成人した時に、父上から贈られたものだからね」

「使って良いのか?」

「私はサーベルは使わないから。構わないよ」

「ん。じゃあ、長さも丁度良いし、これを借りるよ」

 重さも、レイピアより少し重いぐらいだし。

「じゃあ、そろそろ残りの仕事をしてしまおうか」

 ……忘れてた。


 ※


 あぁ。眠い。

 無駄な書類も結構あるけど、目を通さないといけないからな……。

 メガネを外して目をこする。

「眠いなら寝ても良いよ」

「明日の仕事が増えるだけだろ?」

 ノックの音がする。

「エミリーかい」

 扉が開いて、エミリーが現れる。

「コーヒーをお持ち致しました」

 エミリーがテーブルにコーヒーと菓子を並べる。

「彼女は寝たのかな」

「はい。お休みになられました」

「明日はもう少し早起きしてくれたら良いね」

「朝食の時間にこちらにお呼びしましょうか」

「無理はさせなくて良いよ」

「かしこまりました」

 エミリーが頭を下げて退室する。

 未だに見たことがない。アレクの彼女。

「どこで会ったんだ?」

「クロエのことかい」

「あぁ」

「ラングリオンの南西に居たんだ」

「……嘘だろ?」

「本当だよ」

 南西と言えば、神聖王国クエスタニアの近く。

 クエスタニアは、吸血鬼を討伐した光の魔法使いの子孫の国と言われていて、今でも吸血鬼種に対する偏見は根強い。その影響はラングリオンにも及んでいる。

 っていうか。会ったのが八年前だろ?

「何歳なんだ」

「記憶がないからわからないな」

「記憶がない?」

「本名もわからないよ。クロエっていうのは私がつけたんだ。神の台座の報告書だね」

 アレクが見ている書類を一緒に見る。

 あのドラゴンが、本当に神の台座から飛来したドラゴンだったとしたら。

 神の台座の氷が溶けることによって復活したと考えられるんだけど……。

「グラシアルの観測状況は変わらないみたいだな」

 グラシアル側から見た外側の観測状況だけだから、何とも言えない。実際に神の台座に調査に向かえばわかることもあると思うんだけど。あそこは人間の立ち入りを許さない土地としても有名なのだ。

 氷の大精霊が守っていた場所だから。

 今は氷の大精霊が居ないから、入れるかもしれない。

 調査に行くためには拠点となるグラシアルの許可が必要だろう。でも、ラングリオンから調査団を派遣するなんて、政変直後で混乱が続いているグラシアルには受け入れられないことだ。調査団は識者ばかりではなく軍もついて行くだろうから。

 もう少し時期を待たなければいけない。

 俺が直接行けば良いんだけど、今は忙しすぎて、無理。

「っていうか、仕事が増えてるのに、実質的に仕事に携われる人間が減ってるって、致命的じゃないか?」

「秘書官もメイドも増やしてるはずなんだけどな」

「もう一回蒸し返すのか、その話し」

「仕方ないな。リックに頼もうか」

「そういや、帰ってるって言ってたな」

 フェリックス王子は、砂漠の緑化の為にデュランダル地方のフォション辺境伯のところに居る。けれど、年末から城に帰っているはずだ。

「大地震の件なら、やってくれるかもしれない」

 もともと地質学に詳しいから。

「丸投げして大丈夫なのかよ」

「エルの作成した資料を見たら興味が湧くんじゃないかな」

「……それなら、もう少しちゃんと作るけど」

「エルは仕事が好きだね」

「好きなわけじゃない。やり残したことがあるのが気になるだけだ」

 


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