09 仕事と家庭、どっちが大事なの
いつまで、こんなことが続くんだ。
「終わった……」
「お疲れ様。出かけて良いよ」
『すさまじいな、アレク』
『エルがこんなにへばってるのぉ、初めて見たわぁ』
大地震に関する書類は、満足できる内容ではないけれど、四日でなんとか仕上げた。
七、八百年前の地震に関した文献は、エルザが問い合わせてくれたけど、王立図書館の蔵書から調べるには時間がかかると言われてしまった。
良く考えれば、図書館だって年末年始は休みなんだから当然だ。休みに働いてる俺たちの方が異常なんだから。
それに、休み明けは本の返却ラッシュ。一般の貸し出しはもちろん、研究所が借りっぱなしの本を一度持って来るらしいのだ。王立図書館の司書を頼るよりも自分で探した方が早いかも。
っていうか、急ぎの案件じゃないだけに、忙しすぎて忘れそうだ。
『大丈夫?エル』
昨日、今日は公務の終わったアレクの仕事の手伝い。
「眠い」
「寝るかい?」
「いや、いい」
『無理しないでよー』
『魔法で癒せるような疲れじゃないからな』
『何やってるかさっぱりわからなかったけど、そんなに大変なことやってたの?エル』
『頭脳労働だからねぇ』
『え?あの作法練習も?』
『ナターシャには作法練習に見えたんだ、あれ』
『違うの?』
『違う』
『エルって、なんでもやるよね』
『断らないだけだ』
「エル。外に出るなら、正体がばれないようにね」
「ん……」
じゃあ、目薬でも使うかな。
セルメアに行く時に作ったものが、余ってたはずだ。
「それは?」
「瞳の色を変える目薬」
一滴ずつ目に差す。
「黒に変わるんだね」
「俺の瞳は黒になるけど、他の瞳で何色に変わるかは知らないぜ」
『そぉねぇ。試したことないわぁ。……それよりもぉ、もっと良い目薬を作ったらぁ?』
そういえば、機材が揃っていれば違う色も作れるって言ってたな。
「材料は?」
『エルの家にあるもので充分よぉ』
「ん」
「その目薬、もらっても良いかい」
「あぁ」
持っていた目薬をアレクに渡す。
「朝に使えば二滴で日暮れまで持つ。一日の使用制限は二滴まで」
「ありがとう」
「欲しいなら、もっと作るけど」
「休みなのだから、のんびり過ごしておいで」
休みって。
「もう、昼過ぎてるけど」
「明日は定時に出勤するようにね」
『悪魔みたいな上司だな』
今日中に帰れってことかよ。
そうだ。
「転移の魔法陣、描いても良いか?」
「何か実験をするのかい」
「そのつもり」
『どんな実験なのぉ?』
『転移の魔法陣って、安定的な魔力の道が必要なんじゃなかった?』
「アレクが転移の魔法陣で俺を呼んだだろ?あの時は、砂の精霊を使って砂の魔法で呼んでくれたから。それを応用してみようと思う」
『砂の魔法で転移先を探すってこと?』
『魔力が安定的に繋がってない箇所でも、飛べる可能性がありそうねぇ』
「そういうこと。目印さえあれば、自分の力で強制的に繋げるってことだ」
「やるなら書斎の外でやるようにね」
「わかった」
「ライーザ、エルにマントを」
「はい」
ライーザからフード付きの長いマントを受け取って、羽織る。
「リュヌリアンは持って行かないのかい」
「そんなもの持ってたら、すぐに俺だってばれるだろ」
あれは、アレクに預けっぱなしだ。
城内で仕事をするのに持ち歩くようなものでもないから、アレクの宝物塔に保管してもらっている。
「じゃあ、代わりにこれを持っていくと良い」
アレクの片手剣。
「リュヌリアンを預かる代わりだよ」
「ん」
借りておいても損はないだろう。
アレクの剣を腰に付けて、書斎を出る。
「エル」
「ツァレン」
部屋の前で警護をしているのは、銀朱色のマントを羽織ったアレクの近衛騎士だ。
「仕事は終わったのか」
「あぁ。ここに魔法陣を描いても良いか?」
「許可があるなら構わないぜ」
「じゃあ、廊下の端に描く」
床にしゃがんだところで、ツァレンが俺を小突く。
「ほら。貸してやるよ」
赤い宝石がついた短い杖。
「どこに隠してたんだ?」
「これぐらいの長さなら、どこにでも隠せるぜ」
杖を持ち歩いてるなんて知らなかった。
でも、魔法を使うなら持ち歩いた方が良いか。魔法を使う際の補助になるし、魔法陣を描く際にも使える。こっちの方が、指で描くよりも圧倒的に楽だ。
「何の魔法陣を描くんだ?」
「帰り道」
「帰り道?」
説明は、それぐらいしか出来ない。
廊下の端に転移の魔法陣の出口を描く。
「もしかしたら、明日の朝まで描いておくかも。見張りを立てておいてくれないか?」
「何か変なもんでも出てくるのか?」
「その可能性がある。俺以外の奴が出てきたら、迷わず魔法陣を消してくれ」
「了解」
女王が居ない今、転移の魔法陣を扱える人間なんて居ない。月の精霊の力を借りた魔法陣なら尚更、居るわけないと思うけど。
可能性はゼロじゃない。
完成した魔法陣に魔力を込めると、転移の魔法陣が金色に光った。
これぐらい魔力を込めておけば良いかな。
「じゃあな、ツァレン」
「あぁ。ばれないようにな」
マントのフードを深くかぶって、歩く。
瞳の色も変えてるし、パッと見にはわからないだろう。
※
城を出て、中央広場を抜けてサウスストリートを歩いているところで、後ろから肩を叩かれた。
ばれた?
『カミーユだ』
「よぉ。死人がこんなところで何やってんだ?」
「なんで、わかったんだよ」
「お前はわかりやすいからな」
「ばれたらアレクに怒られる」
「心配すんなって。お前が死んだなんて誰も思ってねーから」
俺の知り合いは皆そうだろうな。
「リリーは……」
「家から一歩も出てないらしいぜ。まぁ、無理もないだろ。結婚して一月も経たない内に、夫に先立たれたんじゃあな」
カミーユが楽しそうに言う。
「笑い事じゃないぞ」
「死んだふりして、何やってるんだ」
「アレクの秘書官になった。それから、ドラゴン退治をして剣術大会で優勝しなくちゃいけなくなった」
カミーユがため息を吐く。
「相変わらず、厄介ごとに巻き込まれるのが好きだな」
「俺が仕留め損ねたんだからしょうがないだろ」
「倒す気で居たのか?」
「リリーが一緒だったら倒せてたかも」
「リリーシアちゃんを置いてったのはお前だろ?」
「戦わせたくなかったんだ」
「自分で矛盾したこと言ってるってわかってるか?」
「わかってるよ」
リリーは一緒に戦ってくれって言ったら、喜んで戦ってくれるだろう。
でも。
危険な目に合わせたくない。
「お前の気持ちも、わからなくはないけどな」
もう、リリーが戦う必要なんてないのに……。
「この話しは、もう良いだろ。最近、王都で吸血鬼種を見かけなかったか?」
「吸血鬼種?王都に居るわけないだろ」
「そうか。なら良い」
吸血鬼種。
黒髪にブラッドアイの容姿を持つ人間。
その容姿が、人間の生き血を吸って魔力を補給していたと言われる吸血鬼と同じ姿の為、吸血鬼種と呼ばれる。
けど、純粋な吸血鬼は既に存在しない。
吸血鬼種は、容姿だけで忌み嫌われ、迫害される存在となっているのだ。
俺も、瞳がブラッドアイというだけで吸血鬼種と呼ばれたことがある。
王都では未だに黒髪の人間だってほとんど見かけない。旅人の間で、王都では黒髪を隠すのは常識になってしまっている。
黒髪なのに王都で堂々と歩いているのはリリーぐらいだろう。
「変なことを聞くな。なんでそんなこと……」
「眠い」
「は?」
「寝てないんだ」
あくびをして、目をこする。
「仕事が忙しすぎて」
「大丈夫か?明日は仕事はじめで、色んな報告書が上がる予定だぞ」
「だから、今日までに仕上げるものを仕上げたんだよ」
「あんまり無理するなよ」
「終わらせないと、リリーのガレットデリュヌが食べられないだろ」
「あー。それで頑張ってんのか」
もう一度、あくびが出る。
※
店は閉店の札を掲げて閉まったまま。
鍵を開けて店内に入り、奥の扉を開けて台所に顔を出すと、ルイスとキャロルが居た。
「ただいま」
「おかえり、エル」
「おかえりなさい。あ、カミーユも一緒なのね」
「リリーは?」
「部屋に居るわ。呼んで来てくれる?」
「ん。わかった」
「ルイスもキャロルも、死んだ人間が帰って来たんだから、少しは驚いてやれよ」
「エルが居ないのはいつものことだよ」
「エルが帰って来るのはこの家だもの」
その通り。
「俺の子供は優秀なんだよ」
「お前、ちょっとフラーダリーに似て来たな」
「何が?」
「いや、なんでもない」
カミーユを台所に残して、二階に上がる。
元気にしてるかな、リリー。
部屋に入ると、リリーがベッドの上で大きなうさぎのぬいぐるみを抱えて寝ている。
「スピカ」
リリーが抱いているのは、結婚祝いと言って、リリーの姉であるポリシアが置いて行ったぬいぐるみだ。
キャロルの身長ぐらいある大きなぬいぐるみは、リリーがスピカと名前を付けて大事にしている。
「リリー」
リリーが、スピカに顔をうずめる。
「起きて」
ようやく重い瞼を開けたリリーが、視線をこちらに向ける。
「おはよう」
「える……?」
まだ、寝ぼけてるのか。
「ただいま」
「エル!」
リリーがスピカを離して俺に飛びつく。
「おかえりなさい」
「ただいま、リリー」
「会いたかった」
「俺も会いたかったよ」
抱き寄せて膝の上に乗せると、リリーが心配そうな顔で俺を見上げる。
「大丈夫?怪我はない?」
「怪我?」
「ドラゴンと戦って、空から落ちたのに」
いつの話ししてるんだ。
「落ちてないし、怪我もしてない。アレクが助けてくれたから」
「転移の魔法陣で?」
「あぁ」
カミーユにでも聞いたのか?
「元気にしてたか?」
「寂しかった」
立秋の五日間、ずっと城に居たからな。
すぐに会いに来れれば良かったんだけど、やることが山積み過ぎてどうにもならなかった。
それに、またすぐに行かなくちゃいけない。
「ツァレンから聞いてると思うけど、しばらくアレクの仕事を手伝うことになったんだ」
休みが、もう少し取れれば良いんだけど。
「どんな仕事?」
「言えない」
「言えないの?」
「あぁ」
リリーには何も話せない。
ドラゴン退治について来るって言われても困るし、剣術大会に参加することを知られるわけにはいかない。
「一緒に居られなくて、ごめん」
「大丈夫。ちゃんと帰って来てくれたから」
「リリーのガレットデリュヌが食べたかったんだ」
「うん」
「何か困ったことがあったら、いつでも城に来て」
剣花の紋章があれば、自由に城に出入り出来る。
俺が居なくても、アレクが助けてくれるだろう。
「私は、あの……、喪服を着なくちゃいけないの?」
この感じは。
まだ着てないな。
「着て」
「えっ。あんな可愛いの、恥ずかしいよ」
可愛いから着て欲しいのに。
「協力してくれるだろ?」
「あれを着ることが、協力することになるの?」
「なるよ」
クローゼットの方へ行く。
ちゃんと、綺麗に仕舞ってある。
どれにしようかな。やっぱり、これが一番可愛い。
ベッドで座っているリリーに、黒い服を着せる。
「あの、これ、どう考えても喪服じゃないと思うんだけど……」
「死んでないんだから、喪服じゃなくて良いんだよ。立って」
リリーの腕を引いて立たせ、後ろのリボンを結ぶ。
そして、リリーの体を回して正面を向かせる。
フリルがたくさんあって可愛い。
見られて良かった。
※
「五等分って難しいね」
テーブルにあるのは、リリーが今日焼いたガレットデリュヌだ。
ヴィエルジュの朔日に家族で食べるパイ。
これをみんなで食べるために帰って来たんだから、楽しみだ。
「リリーに切ってもらいましょう」
「そうだね」
「私、包丁は……」
「リリーシアちゃんは包丁が苦手なのか?」
「細かい作業は苦手なの」
「どう切ったって良いよ。失敗したらカミーユが食うだろ」
「お前なぁ」
「リリーシア、切って」
観念したリリーが、ようやく頷く。
「うん。行くよ」
行くよ、って。
リリーが目の前で、ガレットデリュヌに向かって包丁を振り降ろす。
『リリー、それ、切るって言うの?』
叩き割ってるように見えるけど。
なんで、その切り方で、パイが割れずに綺麗に切れてるのかが知りたい。
「綺麗な五等分だね」
「上手いもんだな。包丁、充分使えてるじゃないか」
「そうかな」
『リリー、使えてないからね』
「フェーヴに当たったら、フェーヴも斬れてそうだったけど」
「えっ。大丈夫かな」
「もう、ルイスったら変なこと言わないでちょうだい。お皿に分けるわね」
キャロルが一皿一皿分けて、コーヒーと一緒にみんなに配る。
「配ったわよ」
食べる前に、家長が一言言わなきゃいけない。
決まりきった言葉だ。いつも同じことしか言わないけど。
「月の女神よ。どうか家族が健康で平和に暮らせますように」
悪いことが起こりませんように。
「いただきます」
みんなで手を合わせてから食べる。
「ん。美味い」
流石、リリーだな。
俺が食べられるように、甘さを調整してくれたんだろう。コーヒーにも合うし、これなら全部食べられそうだ。
「美味しいね」
「うん。おいしい」
「美味いなー。リリーシアちゃんはグラシアルの出身なのに、良くなんでも作れるな」
「ラングリオンのお菓子の本があったから……」
目の前で、皆が賑やかにお喋りをしている。
ガレットデリュヌは、少しずつ一緒に食べる人が増えるから不思議だ。
ラングリオンに来た時はフラーダリーと二人きりだったのに。
それにカミーユが加わって三人。
……フラーダリーが死んで。でも、ルイスとキャロルが家族になって、カミーユと四人。
そして、今年はリリーが加わって五人。
「あ」
リリーがガレットデリュヌから、白い陶器を取り出す。
「当たりだ」
「当たっちゃった」
「今年のフェーヴはリリーなのね」
「おめでとう、リリーシア」
「お守りにしな。良いことがあるぜ」
「ありがとう。大事にするね」
一年間。
どうか、リリーを守ってくれますように。




