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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
105/149

114 誤動作

 カラーレンズの眼鏡をかけて、冒険者ギルドへ。

『まだ来てないようだな』

 マリーと一緒に居たら行動が遅くなるのは仕方ない。

 先に、報酬の清算をしておこう。

 ギルドマスターのところに行く。

「エルロックか。お前宛てに依頼と報酬が来てる」

 どちらもクエスタニアの国王から。

「もう引き受けてる」

 王太子護衛の依頼書にサインする。

「相変わらず、派手な仕事ばかりしてるな」

「護衛なんて地味な仕事だろ」

「やれやれ。報酬は護衛先で清算してくれ。他の報酬は……」

「ラングリオンでまとめて受け取れるようにしておいてくれないか?」

「とんでもない額になるぞ」

「だからだよ」

 王都で受け取った方が良い。

「なら、手配しておこう。こっちはお前が依頼した仕事の報告書だ。確認してくれ」

 ローズとマリーの護衛依頼。

「護衛は終了して良いよ。余った報酬も全部払っておいてくれ」

「気前が良いな。ラングリオンに帰るなら、途中まで護衛を依頼すれば良いじゃないか」

 王太子を連れて移動すると思ってるから、忠告してくれてるんだろうけど。

「要らないよ」

「仲間は揃ってるのか?」

 周囲を確認しながら、声を潜める。

「王宮でクーデターが起きてる」

 ギルドマスターがため息を吐く。

「とうとう始まったか」

 十分な情報は持ってるみたいだな。この様子なら、首謀者が誰かも把握しているだろう。

「人数を増やして目立つわけにはいかない」

「なら、陽動ぐらいやっておくように言っておこう」

 良い案だ。

「頼むよ」

 ギルドマスターから、報酬の件が追記された依頼達成書と護衛依頼書を受け取る。護衛依頼はハルトのサインを貰えば完了だ。

『ローグが来た』

 早いな。

「王都から出る馬車の情報は?」

「明日なら……」

「今からは?」

「何時だと思ってる。王都の門は閉まってるぞ」

 そうだ。もう日が暮れてるんだった。

 レストランに目をやると、夕飯を食べる冒険者たちで賑わっているのが見える。ローグもそっちに行ったみたいだ。

「どこに行く予定なんだ?」

「南」

「南?街道の街に寄って大都市を目指す馬車しかないぞ」

 逆方向だ。

「こっち方面に向かう馬車は?」

 地図を指す。

「明後日だな」

 そんなに待てない。

「急ぐなら、馬車と御者を手配するか?」

「いや。必要ない」

 ルサミまでしか使わないなんて、不審に思われるだけだ。

 馬車を使うのは諦めよう。

「気を付けろよ。亜精霊の被害は大陸全土に渡ってるんだ」

「知ってるよ。アルラウネにも襲われた」

「変だと思わないか?」

「変?」

 普段は大人しい奴が狂暴になってるって情報も、ギルドには渡ってるはずだけど。

「亜精霊の増加や暴走がアンシェラートの影響なら、被害は竜の山が中心のはずだ」

 ギルドマスターが、討伐依頼が張られている掲示板を見る。

「しかし、実際はそうじゃない」

 亜精霊に関する情報は、国よりもギルドの方が早い。

 情報の矛盾にはすぐに気づくか。

「何か知ってる顔だな」

「原因はそれだけじゃないってことだ」

「これは、しばらく続くのか」

 一時的なものかどうかわからないけど。

「少なくとも、天気が良くなるまでは続くんじゃないか」

 あいつに何かあれば、天気にも変化があるだろう。


 ギルドマスターと別れて、ローグのところに行く。

 テーブルには、ソーセージにハムやピクルスといった軽食も並んでる。

「何故、一人で行動してるんですか」

『怒られたね』

「リリーは先に帰したんだよ。こっちの仕事を任せてる」

 依頼書を見せると、ローグがため息を吐く。

「これ以上、勝手な行動は慎んでください」

「わかってるよ」

 どうせ後は帰るだけだ。

 でも、良い方法がない。

 マリーが狙われている以上、王都に長居するのは良くない。かと言って、明朝に馬車で街道の街まで行ったとしてもルサミに行く方法がない。小さな街道の街で足止めを食らうのなら王都に居るのと変わらないだろう。

 ルサミに寄らずに街道の街から森まで歩くって手もあるけど、この辺りの地理に疎い上に足の遅いマリーを連れて歩けば、途中で夜になるのは目に見えてる。亜精霊が多い今、野営の可能性を選択肢に入れるべきじゃない。

 どうするかな……。

「何か食べたらどうですか?」

「ん」

 ソーセージにマスタードをつけて食べる。

「美味いな。このマスタード」

「有名なものなんですよ」

 ローグがマスタードの瓶を出す。

「え?自前だったのか?」

「まさか。この店でも同じものが使われてるだけです。たくさん買ったのでどうぞ」

 たくさんって。

「クエスタニアにしか売ってないのか?」

「少なくとも王都で見かけたことはありません。パーシバルにも一つ渡してもらえますか?」

「良いよ」

 受け取った瓶を二つ仕舞う。

 クエスタニア出身者にとっては懐かしい味なんだろう。パーシバルが喜びそうだ。

 そうか。

 ローグがクエスタニアに来るのは、あれ以来か。

「故郷の話しは知ってるか?」

「いいえ」

「祈りの祭壇があるだけらしいぜ」

「でしょうね」

 復興の余地がないことぐらいわかってるか。

「誰から聞いたんですか?」

「これを見せた神官」

 首に下げていた聖印を外して、ローグに返す。

「これって、見ただけで出身地が解るのか?」

「いえ。そこまで知識の深い聖職者は稀ですよ。長く巡礼をされていた方か、聖印の研究をしてる方だったのでしょう」

 そういう人間が村の神官になることもあるのか。

「持ってて良かった。色々助かったよ」

「お役に立てて光栄です」

「リリーが借りたマントも預かってる」

「返却の必要はありません。エルロックさんが持っていた方が使い道がありそうですから」

「もう使った」

「流石ですね」

 ローグが溜息を吐く。

「潜入調査は苦手です」

「上手くやれてたじゃないか」

 王宮で、リリーとマリーをサポートしていたんだし。

「それを判断するのは主君です」

 ……アレクの近衛騎士ならそう言うか。

「ケウスがブラッドに堕ちた理由は知ってるか?」

「聞いています」

 アレク、ちゃんと調べてたのか。

「まだ恨んでるか?」

 ローグが首を振る。

「グランツシルト教の聖典に、赦しについて書かれているのは知っていますか?」

「知らない。聖典は読んでないんだ」

「意外ですね。本が好きだと思っていました」

「物語は読まないんだ。解説書に目を通したぐらい」

 ローグが苦笑する。

「エルロックさんにとっては物語に分類されるんですね」

 あそこまで主観的な文章なら物語に分類されるだろう。

「神は語られる。恨みからは何も生まれない。赦しを与えなさい。例え親の仇であろうとも恨んではならない」

 そんな歌を聞いたことがあったな。

 クエスタニアは、聖典をモチーフにした宗教音楽が盛んだ。

「実際、復讐を果たしたところで何も生まれませんでした。真実を知ろうともせず、その尻拭いまで主君に押し付ける形になってしまったんですから」

 アレクがケウスの卵を孵しに行ったことか。

「別に、気にしてないと思うぜ」

「そういう御方だと言うのは、わかっています。ただ、自分が未熟であったことに変わりありません。最期にケウスが何と言っていたのかを聞くことも出来なかった」

 ケウスの言葉?

「だから、ドラゴン王国時代の言語を習得したのか?」

「はい」

「真面目な奴だな」

「主君も、学んでおいて損はないと仰られていましたよ」

 騎士なら、この前みたいにドラゴンと交渉しに行くこともあるか。

 アレクとケウスの会話は覚えてる。

―「人間が滅びゆく種族に関わる必要はない」

 自分の体が書き換えられるような感覚。

「これが、最期の言葉だ」

 ケウスも、同じような感覚を味わったんだろうか。

『来たようだな』

 ギルドの扉が開いて、ローズとマリーが来る。

「遅い」

「荷物をまとめて宿を引き払って来たんだから当然でしょう」

 そういえば、たくさん買いものをしてたっけ。

「のんびりしてる暇があるの?」

―アレクは、帰ったら一緒にワインでも飲もうだって。

―リリーは、早く帰って来てだってさ。

「そうだな」

 ぐずぐずしていてもしょうがない。

「エル?」

 ギルドマスターのところへ行く。

「どうした?」

「部屋を一つ貸してくれ。明日の昼までには出て行く」

「了解。好きな部屋を使って良いぞ」

「ん」

 受付けの横にある扉を開けて、三人を手招きしてから中に入る。

 廊下沿いに扉が三つ。

 一番奥の部屋で良いだろう。

 入って明かりを灯したところで、マリー、ローズ、ローグが来た。

「ここは?」

「応接室のようですが」

「秘密の依頼や交渉、要人の待機なんかに使われる部屋だよ」

 簡単には貸さない部屋だ。

 けど、クーデターが起きている今、王太子を保護するのに適した場所だろう。

 杖を出して魔法陣を描く。

「何を描いてるの?」

「転移の魔法陣」

 セントオには、どこからでも飛べるのは実証済み。これでまっすぐ帰れる。

「こんなところに描いて平気なの?」

「平気」

 魔法の痕跡は残るかもしれないけど、大した情報じゃない。

 それに、部屋は昼まで使うと言ってある。俺たちが部屋を出たタイミングなんて誰にもわからない。

 護衛を頼んだ冒険者が陽動をしてくれるなら尚更だ。

「魔法部隊のところで見たのよりも小さい魔法陣ね」

「あれの簡易版」

 あ。イレーヌに連絡しないとな。

 セントオに飛んだらローグたちを先に返して、ヘレンの家に行くか。

「一度に飛べるのは三人でしょう?」

「この魔法陣なら中に入ってなくても平気。俺に捕まってくれ」

 ローグとローズが俺の腕に捕まる。

「本当に平気なの?」

「平気だって言ってるだろ」

 しつこいな。

 マリーが俺の腕に捕まったのを確認してから、部屋の明かりを消す。

「精霊は体の中に入ってること」

『わかったわ』

『みんな入ってるよー』

「なんだか嫌な予感がするわ」

―エルのすぐは当てにならない。

 すぐに帰るよ。リリー。

「スタンピタ・ディスペーリ・リリーシア・メタスタード」

「え?リリー?」

 あ。間違えた。


 ……転移する?

 なんだ。この感覚。

 目が回って……。


 ※


「……」

 遠くで、誰かの声が聞こえる。

「…………ック!」

『エル!』

 違う。

 たぶん、遠くない。

 すごく近くに居る。

 鈍い感覚。

「エルロック!」

『起きて!』

『エル!』

 聞こえた。

 けど、意識が追いつかない。

 まだ視界がぼやけてる。

「返事をしろ!」

『エル』

 少しずつ、感覚が戻る。

「エルロック!」

「……うるさい、な」

 かすれたけど、ちゃんと声が出る。

『エル!』

『目覚めたようだな』

 視界に映ったレティシアの顔が珍しく緩んだかと思うと、すぐにいつものきつい表情に戻る。

「医療班を呼ぶ必要は?」

 医療班……?

「要らない」

 怪我をした感覚はない。

「何があった」

「何って……」

 レティシアの腕から上体を起こして、周りを見る。

 魔法部隊宿舎のロビーだ。

 倒れているローズ、マリー、ローグに魔法使いたちが治癒魔法を使ってるのが見える。

 レティシアが焦るのも無理はない。

 全員、気を失った状態で到着したってことか。

「呪文を間違えた」

「間違えた?」

「セントオを経由しないで来た」

 理論的には可能なはずだけど、実験してなかった飛び方だ。

 呪文通りの場所に運んでくれるのは確からしい。

 まだ少しくらくらするけど。特に体は問題なさそうだ。

「お前。大事なところで間違えてるんじゃねーよ」

 立ち上がったローズが、こちらを見る。

「悪かったよ」

 ローズが差し出した手を取って、立ち上がる。

「調子は?変なところはないか?」

「なんつーか。久しぶりに乗り物酔いでもした感じだな」

 確かに、そんな感じだ。

 初めて使った時に感じた眩暈のような感覚。あれの酷い奴。

「ローグ。マリーを屋敷まで送って行けよ」

「承りました」

 ローグも気がついたらしい。

 マリーは、まだかかりそうだな。

「エル、これはお前に任せるぞ」

 ローズがエイルリオンを俺に差し出す。

 これ、触れるのか?

 手を伸ばすと、何の問題もなく触れることが出来る。

 限られた王族しか触れないはずなのに。変な感じだな。

「ちゃんと持て」

 エイルリオンを受け取る。

 思ったよりも軽い。慈悲の剣より重さがあるけど、このサイズの剣にしては軽い方だろう。

「じゃあな」

「ん。色々助かったよ」

 背を向けたローズを見送ろうとしたところで、急にマリーが立ち上がる。

「待って」

「マリアンヌ様、」

 ローグがマリーを支える。

 まだ、ふらふらじゃないか。

「大丈夫よ。ありがとう」

 姿勢を正したマリーが、ローズを見る。

「ローズ様。この度は御同行頂きありがとうございます。大変助かりました」

 ローズがため息を吐きながら、ドロップを一つ舐めて、瓶を俺に投げる。

 全然減ってない。

 口数が少なかったのは、単にドロップを舐めるのが面倒だったからか?

「騎士として貴方の傍に居られたことを光栄に思います」

 跪いたローズが手を差し伸べる。

 マリーがその手に自分の手を重ねると、ローズがマリーの手の甲に唇をつける。

「近く、ラングフォルド辺境伯がオルロワール家を訪れるでしょう。その際には良いお返事を」

 新しいラングフォルド辺境伯には、フェリックス王子が内定してる。

「何度も言っています。私は、」

「辺境伯領に赴けば、長く会うことは叶わないでしょう」

 あれだけ色々あった場所だ。一度行けば、簡単に帰って来れない。

 ローズが立ち上がり、一輪の薔薇を出してマリーの髪に飾る。

「良くお似合いです」

『素敵ね』

『ドライフラワーだな』

 どこからでも薔薇が出て来るな。

「失礼いたします」

 ローズが魔法部隊の宿舎を出る。

『本当に別人みたいだよね』

 いつも通りだと思うけど。

「マリアンヌ様。御気分はいかがですか」

「大丈夫よ」

「フェリックス王子より、マリアンヌ様を御送りするよう仰せつかっております」

「あなたはアレクシス様の騎士でしょう」

「御婦人を御送りする名誉を与えられたまでのこと。どうか、従うことをお許しください」

 マリーがため息を吐く。

「わかったわ。好きにして頂戴。エル、さっきの呪文だけど」

「あれは使うな」

 マリーが肩をすくめる。

「エル以外には無理ってことなのね」

「そうだよ」

『エル。渡すものがあるだろう』

 渡すもの?

 あれか。

「何?」

 マリーに、クエスタニアの国王から預かっていた手紙を渡す。

「今回の成果」

 マリーが溜息を吐く。

「私の成果じゃないわ」

「どういう意味だ?」

 マリーが、渡した手紙を開く。

 え?

「なんだこれ」

 王太子が大陸会議に参加するって内容はともかく。

 他は、全然知らない内容だ。

「リック王子が国王陛下からの内密の文書を預かっていたの。これは、その御返事なのよ」

 これが、クエスタニアを大陸会議に参加させる為の交渉材料だったってわけか。

「でも、こんな話聞いたことがない。まだ草案もまとまっていないレベルの話じゃないのか?」

「そうね。私も聞いたことがないわ。……レティシア、お父様はまだお城にいらっしゃるのかしら」

「まだお帰りになられてはいないはずです。どこにいらっしゃるか聞いて参りましょうか」

「大丈夫よ。夕食を食べていらっしゃるのなら見当がつくわ」

 レティシアと他の魔法部隊のメンバーが顔を見合わせる。

「すでに夕食は御済かと」

「え?」

 ローズから借りっぱなしの時計を出す。

「嘘。私たち、そんなに長い間気絶していたの?」

 かなり時間が経ってる?

「いいえ。皆様が到着されてから、それほど時間は経っていません」

『気絶していた時間は短い』

『そうだねー』

「レティシア様の命令で魔法使いを集め、治療を始めたところでしたから……」

『治療の準備が整ってすぐにエルが目覚めたのよ』

「どういうこと?」

 マリーが眉をひそめる。

「この時計、合ってるか?」

 時計を見せると、レティシアが自分の時計を出す。

「相違ない」

 時間は正確。

「転移の際には、時間のずれが生じることがわかってる。転移する本人は一瞬で移動先に行っているように感じるけれど、実際は時間が経過してるんだ」

「そういえば、精霊の転移も時間差があるわね。それと同じなの?」

「論理的には同じだろうけど。こんなに時間が経過したのは初めてだ」

「そうよね。行きはこんなことなかったわ」

 初めてリリーの名前で飛んだ時だって、こんなに時間は経過してないはずだ。

 距離が遠過ぎたから?

「待って。一瞬でこれだけの時間経過って、私たちは未来へ移動したってこと?」

 未来へ飛んだ?

「いや。俺が持つ時計が正確なら、未来へ移動したわけじゃ無いはずだ」

 時計が示す時間の経過と、体感した時間の経過が違う理由。

「本来過ごすべき時間を一瞬で体感した結果、体への負荷として現れたのかも」

「確かに、その方がしっくりくるわ」

 セントオは、経由しなければならない場所らしい。

「だったら……」

 セントオの役目は、身体への負荷の軽減?

 あの魔法陣は転移を目的として作られていないのに?

 ローグの咳払いが聞こえて、顔を上げる。

「マリアンヌ様。そろそろオルロワール伯爵を探しに行かれますか?」

「そうだったわ」

「マリー。これ、返しておいてくれ」

 リックの時計を投げると、マリーが慌てて手を出して掴む。

「ちょっと待ってよ。会う予定なんてないわ」

「あるだろ」

『あるでしょう。マリー』

 さっき、会いに行くって言ってただろ。

 マリーが不機嫌そうな顔をしたまま、時計を仕舞う。

「ローグ、行きましょう」

「はい」

『エル、メラニー、またね』

「ん」

 マリーがローグと一緒に出て行く。

「エルロック」

「ん?」

 レティシアに呼ばれて、振り返る。

「呪文を間違えるとはどういうことだ」

「普通に使ってる分には気にしなくて良い。これまで通りの使用方法なら危険はないぜ」

「そうではない。王子殿下とマリアンヌ様を御連れしながら呪文を間違えるなど、言語道断。こんな単純な失敗をするなど……」

「じゃあな、レティシア」

「エルロック!」

 説教なんて聞いてられるか。

 レティシアを無視して、外に出る。

 リリーを探そう。


 ※


 城の雰囲気が、いつもと違う。

 衛兵の数も多いし、陛下の近衛騎士もうろついてる。

 こんなに緊張感が漂ってるのは、クエスタニアの王子が来てるから?

 それだけじゃない気がするな。

 ……なんだか、視線を感じる。

「エルロック」

 聞き慣れない声に振り返る。

 誰だ?

 陛下の近衛騎士みたいだけど。

「何か用か?」

「客人のことで聞きたいことがある」

 ハルトのこと?

 俺がギルドで依頼を受けたことも伝わってるのか。

「連れて来たのは、あの二人だけだ。身元を保証する書類も持ってただろ」

 国王から預かった身分証もあるけど。あれは、俺が直接渡すか、アレク経由で渡した方が良いだろう。

「他の従者に関する情報は?」

「知らない。そのうち寄越すんじゃないか?」

 クーデターの収束が先だろうから、何とも言えない。

「それより、この物々しい雰囲気はなんなんだ?またアレクが勝手に外にでも出たのか?」

「明朝のラングフォルド辺境伯の護送に備えているだけだ」

 全く挑発に乗って来なかった。流石、陛下の近衛騎士だな。

 護送ってことは、伯爵の裁判が終わったのか。終身刑は確実。でも、強制労働に従事することはないだろうから、どこか僻地の建物を幽閉先に指定したんだろう。

 今更、伯爵が何か出来るとは思えないけど。散々痛い目にあっているのだから、用心するに越したことはないか。

「エルロック。秘書官となったならば、立ち振る舞いにはもう少し気を付けることだ。悪戯ばかりして、国王陛下の顔に泥を塗ることのないようにな」

 悪戯?

「誰が悪戯なんかするかよ」

「少しは成長したということか」

 騎士が、口の端に笑みを浮かべる。

 ……思い出した。

「余計なお世話だ」

 この顔。カミーユの親父じゃないか。

「っていうか、クエスタニアの国王は、俺がマリーたちと一緒に行動してることを知ってるんだよ。王太子はラングリオンの正使一行と共に移動するから安全だと思ってる。向こうは情勢が悪いから、いつ追加の使者が来るかはわからないからな」

「それは初耳だな」

「用件は終わりか?」

「そうだな。皇太子殿下は、もうお休みになられた。撫子の騎士を探しているのなら部屋に戻ると良い」

「ん。わかった」

 リリーは部屋に居るのか。


 従者の棟に向かう。

 けど。

 なんだ。この違和感。

 警備が集中している場所はもう通り過ぎた。人の気配だってまばらだ。メラニーも何も言わない。

 なのに、誰かの視線を感じる。

 振り返る。

『どうした?エル』

 誰も居ない。

 闇の魔法で隠れていたとしても、これだけ長い間隠れるのは無理だろう。

 気のせい?

 ……どこからか、笑い声が聞こえる。

『え?』

 この声。

「アレク。何処に居るんだ」

「良く気付いたね」

 目の前。手を伸ばせば届く距離で、空間を切り裂くようにアレクの姿が現れる。

 こんなの、闇の魔法を解いた時の現れ方じゃない。

「いつから?」

「城に入ったところから」

 ずっと感じてた視線の正体はアレクだったのか。

 でも。

「闇の魔法で隠れ続けるのなんて無理だ」

 俺は、魔法が解ける明るさの場所も通ってきた。

「エル。リリーシアが使う魔法について教えてくれないかい」

 リリーが使う魔法?

「なんで」

「彼女が使う光を放つ魔法。あれは、光の魔法でも月の魔法でもないね」

『そうなの?』

 これは、イリスも知らない事実なのか。

 ……あの時。

 リリーは、俺の魔法を消した。

 それが示す答えは一つ。

 でも。それが意味することは……。

「悪かったね。今日は、もう休むと良い」

 アレクは、答えに辿り着くのが早い。

 そうだ。あれ、渡しておかないと。

「アレク。ハルトの身分証だ。渡しておいてくれ」

「わかった。預かっておこう」

「それから、エイルリオン」

「エルが持っていて良いよ」

「は?」

 アレクが黒いマントのフードを被る。

「カート、もう一度頼むよ」

『了解』

 闇の精霊が魔法を使うと、アレクの全身が見えなくなる。

 薄暗い場所とはいえ、目の前で見失うなんて。

「面白いマントだろう」

「どういう理屈でできてるんだ?」

「マリアンヌに聞いてごらん。これは、マリアンヌが研究中の技術を盗んで作られたものだ」

 魔法研究所で研究中の技術が盗まれた?

「どこで手に入れたんだ」

「秘密だよ。せっかく自由に歩ける方法を手に入れたのだから」

 声が遠ざかる。

「メラニー、探せるか?」

『目を凝らしても無理だな』

 魔法を強化させる力がある衣類?布に魔法の力を織り込んでる?

 そうか。

 圧縮収納袋。

 あれと似た方法で魔法を布に織り込めば……。


 ※


 従者の棟の、自分の部屋。

 鍵がかかってるかもしれないと思ったけれど、扉は普通に開いた。

 暗い部屋に明かりを灯してベッドに行くと、リリーが枕を抱えて眠っている。

「ただいま」

 リリーが、目を閉じたまま微笑む。

「おかえりなさい」

 起きてる?

 待っても、目が開くことはない。

 寝てるらしい。

 もう少し早く帰って来られたら良かったんだけど。

 呪文を失敗したからな。

「おやすみ」

『エルは寝ないの?』

「イリス。リリーの母親について教えてくれ」

『え?知らないよ。ボクは、リリーが生まれた時に生まれたんだから』

「母親が、赤ん坊の世話をしていたはずだ」

『母親は子供の世話をしない。育ての親が世話をするんだ』

『そうなの?』

『変わってるのねぇ』

『だから、母親なんて誰も知らないよ。あ。でも、アリシアは調べたって言ってたな』

 調べればわかるケースもある?

 近い内に聞きに行ってみよう。

『なんで、そんなことを聞くの?』

「別に」

 俺はリリーのことを全然知らない。

 


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