113 絡む蔦
「アイフェル、ヒルダの顔を知ってる人間はどれぐらい居る?」
「顔と名前を一致させて覚えてる人間はそんなに居ないんじゃない?」
なら、化けれそうだな。
聖堂騎士のマントを羽織って、カラーレンズの眼鏡をかけてドロップを舐める。
「光の間を開こう。ここに王太子が居ないってわかれば、連中も出て行くだろ」
「君って本当に面白いね」
アイフェルが笑う。
「じゃあ、行こうか。ヒルダ」
ノリが良い大精霊だな。
「アイフェル様!」
扉を開くと、振り返った神官たちが膝を突いて頭を下げる。
「光が……」
「ここが……」
呆けるようにアイフェルを見ていた連中も、すぐにその場に膝を突いた。
「騒々しいね。ここが何処だかわかっているのかい」
「申し訳ありません。すぐに立ち去るよう、説得を試みていたのですが……」
「我々は王太子殿下を御迎えに来ただけです。王太子殿下に出て頂ければ、すぐにでも立ち去りましょう」
御迎え、ねぇ。
見たところ、剣を抜いている人間は居ない。魔法の痕跡はあるけれど、強行突破を試みた様子もなさそうだ。
光の間から外に出ることは不可能だし、王太子が確保できるのは時間の問題。穏便に済ませたかったんだろう。
「居ない人間を迎えに来られても困るのだけど」
「え?」
アイフェルの言葉に、侵入者たちが顔を見合わせる。
「マリアンヌ様の従者と王太子殿下が居るはず……、いえ、いらっしゃると伺っております」
「どこに居るって言うんだい」
光の間が覗けるように、アイフェルと一緒に扉の脇に移動する。
ここにあるのは聖櫃と大樹だけ。四人もの人間が隠れるスペースはない。
「中を確認させて頂いても?」
「無礼な。ここが神聖な間であると心得ての発言か」
「我々の目的は王太子殿下の御身。他意はない」
「アイフェル様の仰っていることに偽りがあると言うのか」
「まさか、そんなわけはないだろう。私はただ、王太子殿下を……」
埒が明かないな。ずっと、こんな調子で言い争ってたんだろう。
「そこまで」
アイフェルが言い争う二人を止める。
「これ以上の争いはやめてもらおう。君たちは、中に誰も居ないことを確認出来れば帰るんだね」
「もちろんです。王太子殿下の所在さえ確認出来れば」
アイフェルが大げさに溜息を吐く。
「仕方ない。ヒルダと一緒なら、一人だけ光の間に入ることを許可しよう」
俺が案内役か。
言い争っていた男が歩いて来る。あいつがリーダーらしい。
途中で、神官が男の行く手を塞いだ。
「武器の類は置いて行かれよ」
「従いましょう」
武器をその場に置いてから、男が俺の近くに来る。
「ヒルダ様、お願いします」
余計なことをしないように忠告しようと思ったけど、やめた。
「光の間を一周します。こちらへ」
「はい」
侵入してから結構時間が経っているはずだ。にもかかわらず、今の今まで剣も抜かずに辛抱強く交渉していたグランツシルト教徒なら、光の間で騒ぎを起こしたりなんてしないだろう。
光の間の中を、時計回りにゆっくりと歩く。
闇の精霊を連れている人間が居れば、四人の人間が消えたのは気付いてると思うけど。ここから出る方法なんてない。
あ。精霊は上から出入りできるんだっけ?
これだけ天井が高いなら、大樹に登ったところで届かないけど。
「ヒルダ様」
「はい」
「あちらを調べてもよろしいでしょうか」
扉の近くに積まれた瓦礫。
「どうぞ」
床を剥がした時に出た残骸、置きっぱなしだったっけ。
子供一人ぐらいなら隠れられないこともなさそうだけど。
ひっくり返して調べるのかと思ったら、男は観察しただけで引き下がった。
「御協力、ありがとうございました」
丁寧に頭を下げ、男が部屋から出る。
「用が済んだのなら速やかに退出を」
神官の言葉に従い、侵入者全員が聖堂から退出する。
ようやく追い払えたな。
侵入者が去った聖堂には、何もない静寂な空間が広がってる。
「アイフェル様。いくつかお伺いしても?」
「詳しいことは、この子に聞いてくれる?私は疲れたから光の間に戻るよ」
手を振りながらアイフェルが消える。
「どこまで説明して良いんだよ」
『君に任せるよ』
『アイフェルは細かいことは気にしない』
『そうね』
「適当だな」
「まずは、ヒルダの所在について伺ってもよろしいですか?」
王太子よりヒルダの方が気になるのか。
「中に居たメンバーは全員、ここから脱出した。ヒルダは王太子の護衛の為に同行してもらってる」
「脱出……?」
まぁ、そんな反応になるよな。
「光の間の変化にも関係がある事でしょうか」
神官が大樹を見上げる。
「詳しい説明は出来ない。ヒルダも王太子も、しばらく王宮には戻らない予定だ」
「アイフェル様も御承知のことでしょうか」
「もちろん」
「わかりました。何かお手伝いすることはございますか?」
手伝い……。
「じゃあ、あの瓦礫を片付けておいてくれ」
「あれは意味があって置かれたものではないのですか?」
「意味?」
「ここは聖なる場所。中にあるものは全て神聖なものです」
ただの瓦礫にまで神聖な意味をつけられるのか。
だから、さっきの男も瓦礫に触れるのを諦めたのかもしれない。
「あれに意味なんてない」
ただの残骸。
「わかりました。他に何かお手伝いすることはございますか?」
「別にないけど」
「外は安全とは言い切れません。マリアンヌ様の御様子もわかりかねますし、頼りになる方がいらっしゃらないのではお困りでしょう」
頼りになる方って。リリーのことか?
『別に困ってないけどぉ』
『エルって弱そうに見えるのね』
『女性だと思っているんだろう』
まだ、声は戻してないからな。
『外は人の気配が多いぞ』
王太子の捜索はしばらく続くだろう。
正面から出るのは無理そうだな。
「光の間の天井って、人間は出られないのか?」
「難しいかと……」
『エルなら出られそうな気がするわ』
「じゃあ、そっちを試してみるか」
光の間。
大樹があるからか、光の大精霊が居るからか、空気が気持ち良い。
封印魔法で大量に魔力を持って行かれたし、今の内に魔力を回復をしておこう。
「世界を創りし神の同胞よ。我は同調する者である。天上と地上を繋ぐ自然の和。すべての元素、命に感謝する」
同調し、呼吸を合わせる。
あたたかい光の力。
これだけ空気が違えば、精霊の力を感じることが出来ない人間でも、この空間は特別だって感じるかもしれない。
魔力が集まって来る感じ。
……こんなところか。
『エル!出口はここよ!』
高い場所からナインシェの声が響く。
「メラニー、顕現してくれ」
『了解』
顕現して飛んで行ったメラニーが、天井の窓を軽く開いてるのが見える。
っていうか。
「人間が通れる広さには開かないんじゃないのか?それ」
『エルなら大丈夫よ!』
「精霊用の出入り口なのに?」
『その服は少し邪魔かもしれないけれど』
もう、クロエで居る必要はないな。
「着替えるよ」
聖堂騎士のマントも女性服も要らない。眼鏡も閉まっておいて良いか。
『薄着で大丈夫?』
『また病気になっちゃうわ』
「ならないよ」
上着を羽織って、着替えは完了。
『いつものエルねぇ』
『その恰好なら男の子に見えるね』
アイフェル。
ドロップを噛み砕いて飲み込む。
「俺は男だって言ってるだろ」
風の魔法を使って、ヴィエルジュの枝に登る。
……これも不要だな。
「大樹は切っておいてくれないか?」
『どうして?私は、ここにあっても構わないけど』
ラングリオンと繋がってるんだけど。
『のんびりしてるのね。気に入ったの?』
『樹木が屋内にあるって言うのも悪くないよ』
気に入ったのか。
「なら、好きにしてくれ」
『そうするよ』
大した問題はないだろう。
大樹の頂上に登って、今度は砂の魔法で天井に飛ぶ。
メラニーが開けているガラス窓を押してみるけど、やっぱりこれ以上は開かない。
狭い出口に手をかけ、体をすべり込ませるようにして、なんとか外に出る。
『ほら、出られたでしょう』
「ぎりぎりだっただろ」
着替えておいて正解だ。
『のんびりしている暇はないぞ』
メラニーが顕現を解く。
『すごいことになってるわねぇ』
剣を交える音に悲鳴、怒号。
火の手が上がっている場所もいくつかある。
思ってた以上に混乱してるな。
確か、国王が拠点としてるのは、北の塔って言ってたよな。北にある一番高い建物は……。
あれか。
謁見の間がある建物よりも奥。あそこが籠城場所なら、まさに最後の砦じゃないか。
こんなに押されてるなんて。反王権勢力がそんなに居たのか?
でも、騒ぎが大きくなれば外からも王宮の異常に気付くだろう。周辺の都市が王権に忠実なら救援に向けて動くはず。どこまで持ち堪えられるかが勝負だな。
早くマリーたちと合流しよう。
「ジオ、来い!」
ジオが目の前に姿を現す。
『エル。ただいまー』
「おかえり。ローズとマリーはどこに居る?」
『ずっと音楽堂で待ってるよー』
やっぱり、こっちの用事が終わるまで待っててくれたみたいだな。
『合流の方法をナインシェに伝えて欲しいってー』
「迎えに行くから待機。間に合わなかったら冒険者ギルドで合流」
『わかったわ』
『すぐには呼び出せないと思うけどねー』
監視の目が多い場所に居るらしい。まぁ、捕虜の扱いなんだから当然か。
「王妃は一緒か?」
『一緒だよー』
良かった。別の場所に居るなら、探す手間が増えるところだった。
「案内してくれ」
『上から行くー?』
「その予定」
『ちゃんと付いて来るんだよー』
「了解」
ジオを追って、屋根伝いに移動する。
邪魔な魔法使いが居るな。さっき、上から魔法を打って来た連中だろう。
背後から近づいて闇の魔法で眠らせる。
『やっつけてあげるのぉ?』
「通り道に居る方が悪い」
『人間の居ない場所を探すー?』
「最短の道で良いよ。どうせ、どっちが敵か味方かだってわからないんだし」
『皆、同じ鎧だもんね』
本当に。
戦ってる連中は、何と戦ってるのかわかってるのか?
『ここが音楽堂だよー』
広い屋根に着いたところで、ジオが顕現を解く。
流石に兵士が集中してるな。王妃の救出を試みてるのか、あちこちで戦闘が起きてる。
「マリーたちはどの辺に居るんだ?」
『ホールだよー』
なら、探しやすい。
ローズとマリーと合流する前に、向こうの状況を確認しておくか。
「イリス、来い」
イリスが目の前に現れる。
『皆、無事に到着したよ』
良かった。
「伝言はあるか?」
『……聞きたい?』
「どういう意味だよ」
イリスが肩をすくめる。
『アレクは、帰ったら一緒にワインでも飲もうだって。リリーは、早く帰って来てだってさ』
『平和ねぇ』
万事問題ないって所か。
イリスが顕現を解く。
『こっちはすごいことになってるね。王宮の中とは思えないよ』
本当に。
「ナインシェ。マリーを見つけたら戻ってくれ」
『わかったわ。こっちの状況を伝えれば良いのね』
「頼むよ」
さて。どこから入るかな……。
二階部分にバルコニーがある。
弓兵が居る様子はないし、ここから入ってみるか。
バルコニーに降りて体勢を低くする。
『扉の向こうに二人。近くには居ないようだな』
小さく扉を開いて中を覗く。
廊下を挟んだ向かいに扉がある。たぶん、音楽堂のホールに続く扉だろう。
「王太子殿下は本当に反逆者なのか?」
お喋りしながら歩いてるのは、鎧を着た兵士。
「例の悪魔を呼び寄せたのは王太子殿下なんだから、当然だろ」
人数は二人。
「本当にそうか?」
暢気だな。
「マティアス様が言うんだから間違いないだろ」
これじゃあ、警備をしてるとは言えない。
「でも、おかしいじゃないか。下の連中は陛下の近衛兵と戦ってるって話だぞ。俺は陛下と敵対したくない」
「俺だってそうだよ。でも、悪魔が王都に現れたのは事実だろ」
なんだ。全員が反王権勢力ってわけじゃなさそうだな。
混乱に乗じた流言で、王宮の一般兵を上手く味方につけたんだろう。短期でクーデターを成功させるなら有用な手だ。早々に人質を確保して交渉材料を揃えれば、より成功率は上がる。
でも、偽の情報なんてすぐに正される。長期戦に持ち込めば国王軍が盛り返せる機会はいくらでもあるだろう。国王が籠城を選んだのは、同士討ちを極力避ける為か。
『どうしたの?ため息なんか付いちゃって』
王太子の確保に失敗し、王妃とマリーたちが解放されたら、マティアスにとっては大打撃だろう。
関わるつもりはなかったのに……。
『エル。行かないのか』
二人の兵士は、こちらに全く気付く様子もなく過ぎ去った。
さっさと終わらせて帰ろう。
闇の魔法で姿を消して、廊下を挟んだ先の扉を小さく開いて中を見る。
予想通り。ここは、ホール二階のボックス席だ。
『近くには誰も居ない』
部屋に入って、静かに扉を閉じる。
「ですから、マリアンヌ様も我々に御賛同いただけるかと思っております」
誰かが話してる声がホールに響く。
『行くわね』
ナインシェの声に頷き、炎の魔法を込めた闇の玉を作りながら下の様子を伺うと、お茶と菓子が用意された席にローズとマリー、王妃が座っているのが見える。
「屋内に居る人間の数は?」
『多い』
そんなに?
「そういえば、演奏者も居るんだっけ」
『ここからじゃ見えないけど』
『他の人たちは、別の場所に連れて行かれたみたいだよー』
音楽堂の広さや造りもわからないし、敵の正確な人数の把握も無理。
「脱出時は、今来た道を戻った方が良いな」
『伝えて来る』
『いってらっしゃい。メラニー』
マリーに向かって話しているのは、文官の服装をした男。
こいつがマティアスか?
『ローズって、ここまで飛べるの?』
『飛べるだろう』
見える範囲に居るのは、文官男に従う兵士が五人と、ホールの入口扉を守る兵士が二人。
「そもそも、この国を担う王を決めるのは神であり、神託を受けた教皇猊下でしょう。私と結婚する方が王に選ばれるなど、おかしな話ではありませんか」
マリーが欲しいのはどの勢力も一緒。
オルロワール伯爵も、もう少しクエスタニアの内情を知っていたら、マリーを外遊なんてさせなかっただろう。
「順番が前後してしまうことは良くあることです。どうかご理解ください」
「残念ですが、私はこの国に残るつもりはありません。オルロワール家はラングリオン王家に忠誠を誓う身。マティアス様のように、王家に対し不敬な行いをされる方のお話に耳を傾けることなどできませんわ」
マティアスで間違いないみたいだな。
「とんでもない。我々は正当な真の王を立てようとしているだけなのです」
「これ以上の議論は不要です。そろそろ帰らせて頂きます」
準備が整ったみたいだな。
「どうやって王宮から出られるおつもりですか?音楽堂はもちろん、王宮の出入り口も我々が制圧しているのですよ」
ちょっとぐらい痛い目に合わせても平気だろう。
炎の魔法を集めて、マリーの目の前に居る連中に放つ。
「!」
突然上がった炎に、兵士たちが後ずさる。
「炎の魔法……?」
闇の魔法を解き、砂嵐を巻き起こしながらマリーとマティアスの前に降りると、マティアスが数歩下がる。
「マティアス様!」
『派手な登場ね』
攻撃を仕掛けて来た兵士に魔法の玉をぶつけて、炎と闇の魔法で作った鎖で五人の兵士を縛る。まとめてかかって来てくれるなら楽なもんだ。
扉付近から走って来た兵士は、風の魔法で吹き飛ばして壁にぶつける。
全員、戦闘不能に出来たかな。
『あっという間だね』
『流石ねぇ』
マティアスがこちらを見る。
「その瞳!まさか、黄昏の……」
「うるさいな」
―黄昏の魔法使いはブラッドアイで有名だから、驚かなかっただけでは?
クエスタニアで活動したことなんて全然ないのに。
「失礼いたしました。この国の政変に関わるというのならば、あなたは私に味方すべきです」
「別に、関わるつもりなんてない」
「グラシアルの政変にも関わったと聞いていますよ。女王と敵対する勢力に与したと」
「与した覚えなんて……」
「長い間、教皇が示してきたのは不平等な世の中であると思いませんか。光の血族を尊い血筋、吸血鬼種を悪魔の種族と位置づけ、差別を助長していると。教皇主義が、その権威の増大の為に異国でも差別を広げているのは御存知でしょう」
それは、気になってたことだけど。
「では、国王がドラゴン王国時代の再来を目論んでいたことは御存知ですか?」
「再来?」
「ドラゴンの卵。その存在を知った王は、生まれたドラゴンを守護竜に仕立てようと考えたのです」
守護竜に?
アイフェルが居るから、卵を孵すことは出来るけど。
……まさか。
「その卵って、」
「紫竜ケウスの卵です」
やっぱり。
これが、ケウスがブラッドに堕ちた理由。
たぶん、運搬中の卵がローグとパーシバルの故郷にあったんだ。
「王の浅はかな考えによって恐ろしいブラッドドラゴンが襲来し、多くの尊い命が犠牲となったのです」
順番が逆だ。ケウスは卵を取り返す為に村を攻撃し、ブラッドに堕ちた。ケウスをブラッド化させたのは、人間。
「くだらない。人間の国を維持する為にドラゴンの威光にすがろうなんて。あんなの、遠い昔に滅んだ制度じゃないか」
「その通り!王も、それを支える教皇も、最早、信頼に値するとは言えないのです。この国も、ラ・セルメア共和国やグラシアル女王国のように新しく変わる時が来たのです」
『もう。いつになったら外に出られるの?』
ナインシェ。
「この国は変わらなければならない。聖典は、すべての人間が平等であると説いています。私の目的は差別のない真に自由な社会。貴方なら、この意味が理解できるでしょう」
「お前と一緒にするな。やりたいなら勝手にやってくれ」
王妃の方を向く。
「大人しくついて来てくれよ」
頷いた王妃を担ぐと、ローズがマリーを抱える。
「まさか、王家に味方するというのですか」
「依頼だ」
「依頼?王太子ですか?」
「違う」
「では、陛下が?」
「違う」
「では……」
ローズに合図して二階席に飛ぶ。
扉を開くと、廊下に居た二人組が振り返る。
「忘れてた」
俺が魔法をかけるより先に、ローズが兵士二人組に魔法を放つ。
「他は?」
「あれだけ」
外に続く扉を開いて、バルコニーへ。
「合流は後で」
『冒険者ギルドってこと?』
頷く。
「また別行動する気なの?」
「しょうがないだろ」
「誰から頼まれたのよ」
『リリーよ』
「え?どういう……」
「日暮れまでに合流してください」
「了解」
ローズが俺に向かって投げた時計を受け取る。
って。もうすぐ日暮れの時間じゃないか。
「急いでね」
「わかったよ」
闇の魔法で姿を隠したローズが、マリーと一緒に王宮の外に向かう。
それを確認してから、風の魔法の補助を使いながら屋根伝いに北の塔を目指す。
「あなたは冒険者ですか」
「そうだよ。王太子とラングリオン皇太子近衛騎士一行は無事。国王は北の塔で籠城中だ。今からそっちに行く」
北の塔。
建物正面は戦闘中で門が閉ざされている上に、バルコニーには弓兵が並んでいて簡単に近づけない。
砂の魔法を使えば飛べるけど、王妃が怪我をするだろう。
「あの建物、別の出入り口とかないのか?」
「ありません」
本当にないのか、冒険者如きに教える気がないのかはわからないけど。
どちらにしろ使える入口はないらしい。
『エル。ヴィエルジュの力を借りろ』
ヴィエルジュ?
『剣花の紋章を持っているのならば、樹木はお前の力になる』
これって、そんなに万能なのか?
建物に一番近い木の枝に飛んで、闇の魔法を解き、屈んで枝に触れる。
「力を貸してくれ。向こうの建物に行きたいんだ」
触れた場所から複数の蔦が生えたかと思うと、その蔦が枝に絡みつく。
枝の先端まで蔓が伸びると、今度は木の枝が成長し始めた。
この蔦って……。
『これ、エルが枝を伸ばしてるの?』
『枝だけの成長など、大地の魔法では不可能だ』
『ヴィエルジュの力?』
「王妃様だ!」
塔の一番上に居た兵士が声を上げると、それに気づいた弓兵が攻撃の手を休める。
今の内に行こう。
蔦が絡みつく枝の上を走り、北の塔へ移る。
「王妃様!御無事でしたか!」
王妃を降ろして振り返ると、伸びていた枝が蔦と共に戻っていくのが見える。
「私は無事です。子供たちは?」
「ウルリッヒ様もウルリケ様も御無事です。しかし、王太子殿下の御消息は……」
「ハルトのことは、この方がご存知です。陛下の元へ案内してくれますか?」
「はい。直ちに」
「あなたも、是非ご一緒に」
「ん」
兵士の案内で、国王が待つ部屋へ行く。
「王妃様をお連れいたしました」
「お母様!」
王妃の元に走り寄って来た双子の子供を、王妃が抱きしめる。
「二人とも、無事で良かった」
ウルリケと、もう一人の金髪がウルリッヒか。流石、双子。性別が違っても顔はそっくりだ。
国王が俺の顔を見る。
「もしや、黄昏の……」
「俺をその名で呼ぶな」
「これは申し訳ない」
『そういえば、あの子は一度も呼ばなかったわね』
ハルトから呼ばれた覚えはないな。
「王妃を救って頂き、ありがとうございます」
「陛下。マリアンヌ様も解放され、ハルトとリリーシア様一行も無事とのことです」
「無事?」
「依頼は受けた。王太子ハルトヴィヒは、王宮から脱出し、安全な場所に居る」
「この混乱の中、本当に連れ出したと?」
もう、ラングリオンに着いてるけど。
「俺に依頼を出したのはあんただろ」
「無礼者!国王陛下に対し、」
槍を構えた兵士を国王がなだめる。
「構わん。あなたが仰るのならばハルトは無事なのでしょう」
「無事だよ。でも、早めに他の人間をラングリオンへ派遣してやってくれ。王太子は身分証を持たずに出た上に、護衛は聖堂騎士一人だけだ」
「聖堂騎士?」
「到着後の面倒は見れないからな。こっちの人間の同行者を募った。光の間の聖堂騎士で、名前はヒルダって言ってたな」
「お気遣い感謝いたします。身分証はすぐに用意いたしましょう。出来れば、手紙を一つマリアンヌ様に届けて頂きたいのですが……」
マリーに渡しそびれたのか。
「良いよ。ついでだ」
「ありがとうございます。少々お待ちください」
大陸会議に出席するって内容なら、ハルトが出発した時点で不要な気がするけど。
国王の侍従が手紙を持って来る。
「こちらがマリアンヌ様宛ての手紙、こちらが王太子殿下の身分を証明する書類です」
早いな。
「わかった。どっちも確実に届けるよ」
「お力添えに感謝します」
さてと。
冒険者ギルドに行くか。




