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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
103/149

112 入れ替わり立ち替わり

 扉のように大樹の洞が開くと、森が現れる。

 あれ?

「イレーヌ」

 木の上で、イレーヌが本を読んでいる。

「エルロックじゃない。もう帰って来たの?」

「いや。別件」

 でも、丁度良かった。

「手伝って欲しいことがあるんだけど」

「良いわよ」

 封印の棺を一人で運ぶのは面倒だからな。

 大樹から降りると、小枝を踏んだ音が鳴った。

 そういえば、杖がなかったっけ。

 手頃な木の枝を拾って、軽く振る。

 ……ちょうど良さそうだな。

 余分な枝を逆虹で削ぎ落としていると、イレーヌがこちらに来た。

「何してるの?」

「杖を作ってるんだよ」

「杖?」

「魔法陣を描くのに必要だから」

「それじゃだめなの?」

 イレーヌが慈悲の剣を指す。

「だめだよ」

 地面に描ける物なら何でも良いってわけじゃない。

「杖の素材に出来るのは植物だけなんだ」

 この剣が何で出来てるのかは分からないけど、植物じゃないのは確かだろう。

「しんじゅの枝が一番良いってわけね」

「しんじゅ?」

 真珠?

 イレーヌが大樹を見上げる。

「神の木ってこと」

 神樹?

 これ、大樹の枝だったのか。

「ヴィエルジュは神じゃないぞ」

「でも、昔から神の木って呼ばれているわ」

 アンシェラートの力を得たから?

 ヴェラチュールも自分を神って呼んでたぐらいだから、神と同等に扱われていてもおかしくないだろうけど。

 ……良い杖になりそうだ。帰ったらちゃんと加工しよう。

 荒削りの杖を腰に下げる。

「何を手伝って欲しいの?」

「これをヘレンの家に運ぶんだ」

 大樹の洞から、封印の棺を引っ張り出す。

「祠の箱じゃない。ロマーノから持って来たの?」

「持ってくるわけないだろ。これはクエスタニアの棺だ」

「棺?中に人間が入ってるの?」

「入ってないよ」

 話がかみ合わないな。

 封印の棺の説明はしたはずだけど。

「こっちを持ってくれ」

「あら。思ったよりずっと軽いのね」

 中身は瞳だけだからな。

 イレーヌと一緒に棺を運ぶ。ヘレンの家はすぐそこだ。

 そういえば、イレーヌは封印の棺そのものは知らないのか?

「これが前に言ってた封印の棺だよ」

「これが?」

 やっぱり、わかってなかったのか。

「祠の箱も同じものだ。だから、ロマーノから持ち出したら帰れなくなるぞ」

「それは少し困るわね」

 少し?

「帰れなくなっても良いのかよ」

「心配ないわ。ドラゴンに頼めば連れて行ってくれるもの」

 そういえば、ドラゴンは行けるんだっけ。

「でも、ワインを売りに行けなくなる」

「お金なんて地上でしか使わないじゃない。地上と交流を持たないなら不要だわ」

 確かに。

「だったら、なんで地上に来るんだ?」

「それは……」

 クレアがブラッドと積極的に関わる理由なんてないはずだ。

「着いたわよ」

 ヘレンの家だ。

「ヘレン!ドアを開けてちょうだい!」

 イレーヌが大声で呼ぶと、玄関からヘレンが顔を出す。

 そして、俺の顔を見て眉をひそめる。

「何の御用?」

 相変わらず目の敵にされてるな。

「これを地下に持って行きたいんだけど」

「どうぞ、ご自由に」

 それ以上は何も聞かずに、扉を開いたままヘレンが家に入る。


 ※


「ここで良い?」

「あぁ」

 ヘレンの家の地下。魔法陣の近くに棺を降ろす。

 アイフェルはまだ来てないのかな。

 先に、新しい魔法陣を描いておくか。既存の魔法陣の横に描けば良いだろう。

 変わった図柄だから、気を付けて描かないと……。

「精霊の魔法陣が描けるの?」

 これは人間が開発した魔法陣だけど。

「描けるよ」

 説明が面倒だ。

「あなたって、本当に精霊みたいだわ」

 精霊じゃないって言ってるのに。

「リリーシアもそうだけど」

 リリーも?

「でも、あの子はなんだか捉えどころがない感じね」

「どういう意味だ?」

「なんて言ったら良いのかしら……」

 俺とリリーじゃ、感じ方に差がある?

「あの子からは、私があまり知らない精霊の気配がするのよ」

 知らない精霊?

 リリーがいつも連れているのはイリスだけど。

 精霊と共に暮らすクレアが、氷の精霊を知らないわけがない。

 だったら、神の力の影響?

 でも、リリーは斑の光の中に知らない力があるなんて言ってなかった。

 それ以外の要因……?

『ヘレンが来た』

 扉が開く音がして、アイフェルとヘレンが階段を降りて来る。

「早いね。もう新しい魔法陣を描いたんだ」

「あぁ」

 月の記号を描いた封印の魔法陣。

 ロマーノの魔法陣、ラングリオンの魔法陣と全く同じもの。遺跡の魔法陣も基本構造は同じだ。

「イレーヌ、こちらへ来て」

 頷いて、イレーヌが階段の上に居るヘレンの方へ行く。

「じゃあ、始めようか」

 アイフェルが魔法陣の中央に立って目を閉じると、すぐに地面の魔法陣が光り輝き、文字が浮かび上がって配列を変える。

 前に見た時と同じ。

 浮かび上がった魔法陣は眩しい光を放って消えた。

 これが、封印が解かれた状態。

「終わったよ」

「ん」

 今度は俺の番。

 呼吸を整えて、封印の棺を見る。

「ここに、永久の封印を」

 魔法陣が光り輝き、魔法陣から伸びた光が封印の棺を包む。

 軽い眩暈。

 やっぱり、相当魔力を持って行かれるな。もともと大精霊が封印することを前提に作られてるんだから当たり前だけど。

 ようやく光が止んで、思わず膝を突く。

『エル、』

「大丈夫?」

「平気」

「平気そうには見えないけどね」

 アイフェルが俺の頭を撫でる。

「心配しなくても、魔力がなくなったぐらいじゃ人間は死なない」

「そうだったね」

 それに、歩けないほど消耗してないみたいだ。

「先に戻ってて良いよ。俺も、これを持ってすぐに戻る」

「え?持って帰るの?私は、ここに置いておいても構わないんだけど」

「何言ってるんだよ。これはグランツシルト教の宝だ。王宮から消えたらまずいってわかるだろ」

 アイフェルが肩をすくめる。

「人間って面倒なことにこだわるよね」

「聖櫃を守る立場とは思えない発言だな」

「それを決めたのも人間だよ」

 このシステムを考えた人間は、アイフェルに王宮に居てもらいたかったんだろう。

「だいたい、棺を魔法陣とセットで置いておくのは危険だ。あいつは封印の棺をアンシェラートに破壊させようとしてたんだぞ」

「あんなこと、もうしないよ。レイリスを追い払いたかっただけじゃないの?」

「月の大精霊が邪魔だって言うなら、ルネだって居るだろ」

「関係ないよ。ルネは地上には来ないから」

「来ない?なんで?」

「地上にはレイリスが居るからさ。……外部の精霊の力は強い。地上には太陽の大精霊が一人しか居ないのに、月の大精霊が二人も居たらバランスが崩れてしまうだろう」

 アンシェラートの封印中で身動きが取れないっていうのに。それでもレイリスの存在は影響するのか。

「それじゃあ、またね」

 ヘレンに手を振って、アイフェルが姿を消す。

『先に戻ってるよ』

 俺も早く戻ろう。

「エルロック。その魔法陣って使えるの?」

「使えるよ。位置は少しずれたけど、使用方法は変わらない」

 呪文の内容は封印の棺の中身に依存する。

「だそうよ」

 イレーヌがヘレンを見る。

「なら、私は戻るわ」

「待て」

 制止も聞かずに、ヘレンは俺に背を向ける。

 無視かよ。

「ヘレンに聞きたいことがある」

 扉に手をかけた状態で、ヘレンが振り返る。

「何でしょう」

「メディシノのクララを目覚めさせたのは、お前か?」

「あなたには関係のない事でしょう」

「現代語もろくに話せない人間を、大した情報も与えずに置き去りにするなんて。もう少しやり方があったんじゃないのか」

「古い約束に従っただけのこと。それ以上の配慮をする義務はありません」

 古い約束。

 それが、クレアがブラッドの救けにしかならないメディシノを目覚めさせた理由。

「ブラッドと関われば要らぬ争いに巻き込まれるだけ。イレーヌ。貴方も気を付けることね」

「わかってるわよ」

 ヘレンを見送った後、イレーヌがこちらを向く。

「気を悪くしないでね」

「別に」

 ヘレンが言っていることは何も間違ってない。

「約束を守ってくれただけで十分だ」

「当然よ。私たちは約束を違えたりしないもの」

 古い種族は嘘を吐かないし、約束を守る。

 どれだけ長い時が経とうと、ブラッドが約束を果たせなかったとしても。

「それ、さっきのところに運ぶんでしょう?手伝うわ」

 イレーヌが階段を降りて来る。

「助かるよ」

「あら。殊勝ね」

「別に」

「気にしなくて良いのよ。私だって、エレインが世話になったんだもの」

 そういえば、母親だっけ。

「子供を大事にするのはどの母親も一緒なんだな」

 クレアもブラッドも関係ない。

「当然よ。あなたの母親だってそうでしょう」

 俺の?

―お前はエレの望みだ。

―エレが命と引き換えにしてでも叶えたかった願い。

 黒髪に、俺と同じ色の瞳の女性。

―お前は望まれて生まれて来たんだ。

 夢の中でしか会ったことのない、母親。

「ごめんなさい。あなたは養子と言っていたわね」

 言ったっけ?

「別に。家族で居るのに、血の繋がりなんて関係ない」

 誰からも大事にされていたことは知ってるから。

 イレーヌが笑う。

「そうね。そんなことも言ってたわね」

 言ったっけ。

「本当、あなたと話してると面白いわ」

「どこが?」

「きっと、私はあなたのことが好きなのよ」

 ……好き?

「そんな顔しなくても良いでしょう。さっきの質問に答えてあげるわ」

「さっきの質問?」

 何だっけ。

「私たちがブラッドと関わる一番の理由。私たち、物語が好きなのよ」

 リリーみたいだな。

「それ、理由か?」

「そうよ。物語を理解したいと思っている。ブラッドが描く世界。物語で語られる、愛という感情を知りたいの」

 ……あぁ、そうか。

 物語って、感情を表現する分野なのか。

「あなたはリリーシアを好きであることを止められる?」

「そんなの、無理に決まってる」

 イレーヌが笑う。

「物語の通り。これは誰にも止められないものなのね。……エレインも、恋をしてるのよ」

 恋?

「誰と?」

「ブラッドの男よ」

「それ、まずいんじゃないのか?」

 クレアはブラッドと交われば……。

「だって、どうにもならないんでしょう?」

「そうだけど」

「私は、あの子が幸せになってくれれば、それで良いのよ」

 母親だから?


 ※


 ヴィエルジュの力を借りて、封印の棺と一緒に王宮の光の間へ移動する。

 棺を元に戻せば、ラングリオンに帰るだけ。

 大樹の洞が開いて明かりが射し込む。

「お帰りなさい。エル」

「ただいま」

 あれ?

「なんで、こんなにぞろぞろ居るんだ?」

 リリーとアイフェルの他に、クララ、ハルト、それから聖堂騎士が一人居る。

『向こうの部屋にもかなりの人数が居るぞ』

 聖堂には簡単に入れないはずじゃ……。

「王宮内でクーデターが起きたらしいよ」

「は?」

「敵が侵入したから、仕方なくこっちに逃げて来たみたいだね」

 ハルトの話を聞く限り、いつ政変が起こってもおかしくない状況だったとはいえ。

『面倒なことになっちゃったわねぇ』

 本当に。

 ヴィエルジュの洞から出て、封印の棺を出していると、リリーが傍に来る。

「リリー。こっちを持ってくれないか?」

「うん」

 リリーに手伝ってもらって、棺を運ぶ。

「あのね、エル」

「ん?」

「向こうはハルトさんを探してるみたいなんだ。助けてあげられない?」

 助けてって言われても。

「俺に、クーデターを止めろって?」

「いいえ。無関係な方を巻き込むわけにはいきません」

 リリーの代わりにハルトが答える。

 当然だろう。

「でも……」

「リリー、引っかかるなよ」

「あ、うん」

 封印の棺を置くのは、赤い紐が張り巡らされた中。

 リリーと一緒に赤い紐を跨いで、棺を元の場所に置く。

 これで俺の仕事は完了。

「マリーたちと合流して帰るぞ」

「え?……でも、ここも包囲されてるし、マリーたちも捕まってるみたいだよ」

「捕まってる?」

『今のところ、マリーからの呼びかけはないわ』

 なら、平気だ。

 マリーが魔法を使わなくちゃいけない状況にはなっていない。ローズも居るし、マリーの安全は確保されているんだろう。俺もジオを呼んでいないから、こっちの用が終わるのを待ってるってところか。

 でも、ハルトはこの状況をどう思ってるんだ?王族なら、ラングリオンの正使である俺たちを、無事に国に帰す義務があるはずだ。

「クエスタニア側は、ラングリオンからの使者を穏便に帰す気はないってことか?」

「申し訳ありません。僕がどうにか交渉を……」

「ハルトはここから出てはいけないよ」

「アイフェル様、」

「先のことは、もう少し情報を集めてから考えよう」

 王家に味方してる?

「アイフェルはハルトを守る役目なのか?」

「私は、勝手に光の間に入って来た人間を敵とみなしてるだけだよ」

 積極的に守る義務はないのか。

「首謀者は?」

「政務官のマティアスです。彼の目的は聖典主義の国家の樹立。……聖典主義の急進派と繋がりがあるんです」

 急進派って。

「なんで、そんな危ない奴を野放しにしてたんだよ」

「王宮内での発言権は彼の方が上です、僕が言ったところで……」

「王太子の地盤は安定してるんじゃなかったのか?」

「それは有力な政務官の後ろ盾があってこそです。彼は自分の立場を利用して、僕に何度も協力を求めていました」

―捕まったことは何度かありますよ。

「お前を捕まえてたのは、マティアスだったのか」

「はい。けれど、僕には僕の理想があります」

―目的は宗教の融和です。

 折り合いはつかないな。

「国王陛下が北の塔で籠城しながら、王妃様たちを救出する部隊を音楽堂に送ってる感じ?」

『そんなとこだろうね』

 リリーが宙を見ながら喋ってる。

『他に知りたいことはあるー?』

 知らない精霊の声。アイフェルの精霊か?

「父上は無事なのですか?」

『元気だよ』

『怪我もないみたいー』

「無事みたいです。マリーたちの様子はわからないけど……」

『マリーは見かけてないよ』

『ねー』

「心配しなくても大丈夫だ」

 ローズがマリーを危ない目に合わせるわけがない。

「マティアスの居場所は?」

『誰のことー?』

『わかんないよ』

 マリーに興味はあっても、マティアスに興味はないのか。

 アイフェルが生んだ精霊で間違いないな。

「この周辺の状況は?」

『静かだよー』

『人間はたくさん居るけど』

「この場所が光の精霊に祝福された聖なる場所であることは、王宮の人間ならば誰でも知っています。精霊を怒らせるような真似はしないでしょう」

 クーデターの実行犯も、聖櫃の守護者を敵に回したくはないってことか。

 光の大精霊が居ることは暗黙の了解なのかもしれない。

『君も魔法使い?』

「そうだよ」

 今更、確認の必要なんてない気がするけど。

「とりあえず、マリーと連絡を……」

「エル、マリーを迎えに行くなら、王妃様も助けてあげられない?」

 ……だから。

「俺たちはラングリオンの代表としてここに来てるんだぞ。俺が手を貸せば、クエスタニアはラングリオンに借りを作ることになるんだ」

「でも、ほっとくなんて出来ないよ」

 何言ってるんだ。

「皇太子近衛騎士の主命を忘れたのか?」

 リリーが何か言いかけて、頬を膨らませる。

 これ以上、関わるわけにはいかない。

「エルロックさん」

 呼ばれて、ハルトの方を見る。

「エルロックさんに依頼があります」

『エルに依頼なのねぇ』

 そういえば、黒髪の鬘を外してたっけ。

「冒険者ギルドには既に依頼を出してあります」

―クロエ様、ギルドには必ずお立ち寄りくださいね。

 本当の目的は別にあったのか。

「内容は?」

「僕を、ラングリオンの王都に連れて行って欲しいんです」

 王都に?

―これは父上の御意向でもあることをお忘れなく。

「国王も承諾済みのことなのか?」

「もちろんです。目的は、大陸会議に出席することですから」

『大陸会議に?』

 そういうことか。

 休日にマリーに会いに来たのも、冒険者の俺との関係を断とうとしなかったのも。最初から俺たちと一緒にラングリオンに行くつもりだったから。

「目的が大陸会議への参加なら断る理由がない。引き受け……」

「ありがとうございます!」

 話しを聞け。

「ありがとう、エル」

 リリーまで。

 そこまで肩入れしなくても良いのに。

「ただし、いくつか条件がある」

「はい」

「アイフェル、その聖堂騎士を借りても良いか?」

 アイフェルが首を傾げる。

「どうして?」

「王太子が国外に行くなら、クエスタニアの人間の護衛が必要だ。今は、ここの騎士以外に頼める相手が居ない」

 ここに居る騎士なら中立だろうし、アイフェルの一存で動かせるはずだ。

「わかったよ。ヒルダ、ハルトを守ってくれる?」

「仰せのままに」

 聖堂騎士がこちらを見る。

「聖堂騎士ヒルダ。アイフェル様の命により、これより王太子殿下護衛の任に就きます」

「よろしくお願いします、ヒルダさん。……アイフェル様、ありがとうございます」

「向こうも結構良いところだよ。楽しんでおいで」

「はい」

 遊びに行くわけじゃ無いんだけどな。

「身分証は持ってるか?」

「いいえ。王太子の証である指輪と聖印なら持っていますが……」

 王太子の証か。

 でも、ラングリオンでは意味がない。

「ヒルダは?」

「持っています」

 なら……。

 ホログラム入りの書類を出して手紙を書く。秘書官の名前で身分を保証する旨を書いておけば、ラングリオンでの身分証になるだろう。

「ハルトは、これを持っていてくれ」

「皇太子秘書官?」

「良いから肌身離さず持ってろよ」

「はい」

 ハルトが書類を仕舞う。

「次。移動方法は一切詮索しないこと」

「わかりました」

「良い返事だ。二人とも、こっちに並んでくれ」

 目の前に来た二人に、眠りの魔法をかける。

「え?」

 すぐに気を失って体勢を崩したハルトを、ヒルダが支える。

「殿下、」

「ハルトさん?」

 魔法がかかったのはハルトだけか。

「これは、一体……」

「眠りの魔法だよ」

 良い騎士だな。

 ハルトを抱えながら立っていられるなんて。

「心配しなくても、安全な方法で移動する。ハルトのことは任せたぜ」

 闇の魔法を強くかけると、ヒルダも力なく項垂れる。

 これで準備は完了。

「もしかして、ヴィエルジュを使うつもり?」

「それが一番手っ取り早いからな」

 それに、出来る限りラングリオンの人間が関わったっていう痕跡を残したくない。

 ハルトを抱えて、ヴィエルジュの傍に行く。

「ヴィエルジュ、皆をアレクのとこに連れて行ってくれ」

「安全な人間なのだろうな」

「心配要らない」

 アレクに対して害のある人間ではないだろう。面識もあるだろうし。

 ハルトをヴィエルジュに預けて振り返ると、リリーがヒルダを抱えてる。

「隣に置いてくれ」

「うん」

 リリーがハルトの横にヒルダを座らせる。

「ヴィエルジュ、後二人連れて行って欲しいんだけど。出来るか?」

「可能だ」

 良かった。

「クララも一緒に行ってくれないか?これが、一番安全な移動方法だ」

 詳しい説明は出来ないんだけど。

「大丈夫。ラングリオンにすぐ行けるんだ。ロザリーにも、すぐ会えると思う」

 説得はリリーに任せるか。

「はい」

 ……思った以上に、あっさり承諾してくれたな。

 いつの間にそんなに仲良くなったんだ。

「クララ、手伝うよ」

 リリーの手を借りて、クララが中に入る。

 後一人は……。

 どうやって説得するかな。

 リリーがこちらを見る。

「私は残る」

 言うと思ってたけど。

「だって、私の主命はエルの護衛だよ」

「マリーと合流したらすぐに帰るよ」

「エルのすぐは当てにならない」

『そうだな』

『全然当てにならないわね』

 そんなつもりないけど。

「私、そんなに役に立たない?」

「どういう意味だ?」

「一緒に来ない方が良かった?」

「リリーの同行を決めたのはアレクだろ」

「でも……」

 リリーが俯く。

「私、足手まといになってばっかりで……」

「どこが?」

「だって……」

 落ち込む理由なんてない。

 悪魔になりかけた俺を助けてくれたのはリリーだし、クララを探し出せたのもリリーのおかげ。ベネトナアシュと戦った時だって、リリーが手伝ってくれた。

「リリーには助けられてばかりだろ」

 むしろ、リリーが居なかったら、どうなっていたかわからないぐらいだ。

 なのに。

 ……そんな顔させたいわけじゃ、ないのに。

 あぁ、もう。

「良いか。いくらヴィエルジュに頼むからって、クエスタニアの王太子を護衛一人で放り出すわけにはいかない。クララだって居るんだぞ。安全確保の為にも、信頼できる人間の付き添いが必要なんだ」

「え?そうなの?」

「そうだよ。こっちの状況をアレクに伝える必要だってあるのに、リリー以外に誰に頼めるって言うんだよ」

 仕方ない。

 本来なら、どちらかの陣営に肩入れすべきじゃないんだけど。

「リリーが望むなら、王妃の救出まで請け負う」

「助けてくれるの?」

「良いよ。冒険者の立場なら、何をしようと関係ないからな」

「ありがとう、エル」

 ……そんなに助けたかったのか。

「だから、皆のことを頼めるか?」

「はい」

 リリーが微笑む。

「イリスは、リリーと一緒に行ってくれ」

『良いの?』

 ラングリオンに無事に到着したかどうかの確認が必要だ。

「状況の説明が済んだ頃に呼ぶよ」

『了解』

 リリーの腕を引いて、抱きしめる。

「足手まといだったことなんて一度もない。一緒に来てくれて嬉しかったよ」

 リリーが小さく頷く。

「ありがとう、エル」

 お礼を言うのは俺の方なんだけど。

 リリーを離すと、リリーが大樹の洞に手をかける。

「あ」

 振り返ったリリーが、荷物から出した布を俺に見せる。

「これ、ローグから借りた聖堂騎士のマントなんだ。ローグに会ったら渡してもらえる?」

 聖堂騎士のマントか。使えそうだな。

「わかった。預かるよ」

「待ってるね」

 そう言って、大樹の洞に入ったリリーがこちらを見る。

「準備できたよ」

 了解。

「ヴィエルジュ、皆をアレクのところに運んでくれ」

「了解した」

 大樹の洞が閉じる。

『また、巻き込まれちゃったわねぇ』

 リリーと一緒に帰れるはずだったのに、余計な仕事が増えた。

 早く終わらせて帰ろう。

 


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