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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
101/149

110 瀬戸際

「では、これから皆様を音楽堂へ御案内いたしますね」

 音楽堂か。クエスタニアの音楽も興味はあるけど。

「途中から入ってお邪魔するわけにも参りませんから、結構です」

 ローズ、マリーと合流する前に、こっちの用件を済ませよう。

「そう言っていただけると僕も助かるのですが」

 助かる?

 あぁ。行きたくないのか。ハルトが音楽堂に行っても、王妃からマリーとの縁談を勧められるだけだからな。

「では、演奏が終わるまでお待ちいただくことになります。応接室に……」

「少し散策してもよろしいでしょうか」

「散策、ですか」

『光の間へ行くの?』

「はい」

 その予定だけど。

「僕もご一緒しても構いませんか?」

『連れて行くのか』

「はい」

 部外者が多いのはわかってるけど、仕方ない。

 吸血鬼種ってだけで絡まれそうだし、身分の保証をしてくれる相手と行動した方が良いだろう。

『こっちよ』

 リリーがクララと一緒に先を歩く。

 ナインシェに付いて行ってるなら迷わないか。

『エル。尾行されている』

 尾行?

『それって、あの人?』

『屋根の上からこっちを見てるわ』

 上?

 ……挙動が怪しいし、王太子の護衛じゃなさそうだな。

『さっきは居なかったはずだが』

『なんだか嫌な感じねぇ』

 俺たちの監視が目的か?

 来る時より衛兵の数が増えてるみたいだし。

「どうかしましたか?」

「兵士の視線が気になるだけです」

 闇の魔法でも集めておくか。

 マリーの連れだって情報は共有してると思うけど、絡まれる可能性はある。攻撃されても、眠らせるぐらいなら文句も言われないだろう。

「申し訳ありません。王宮内では不穏な状況が続いているものですから」

「不穏な状況?」

 ベネトナアシュの件は片付いたはずなのに。

「マリアンヌ様がいらっしゃった日にも小火騒ぎがあったのです」

 小火騒ぎだって?

「大事には至らなかったようですが」

 ローグじゃないだろうな。

―光の間の神官の計らいもあって、事後処理は問題なく済みました。

 リリーとマリーを入れるのに少し強引な手を使った可能性はあるけど、王宮内でそんなことをやれば目立つはずだ。

 いや。

―王宮内って神官の出入りは緩いみたいなの。

 不審者の出入りを簡単に許してるんだっけ。

「悪魔の件以外にも何か問題が?」

 ハルトが頷く。

「グラシアル女王国の革命以降、クエスタニアでも国の変革を望む声が高まっているんです」

 変革……。

―この国は今、教皇主義と聖典主義の勢力が辛うじてバランスを保っている状況だ。

 リックがそんな事を言ってたな。

「宗教の争いが深刻化していると?」

「聖典主義が力をつけた今、両者の衝突は避けられないところまで来ています。教皇の排斥運動が堂々と行われているという話もありますよ」

 グラシアルで絶対的な存在だった女王が敗北した事実は、同じくクエスタニアで絶対的な存在である教皇の立場を揺るがせる。

 聖典主義が盛り上がるには十分な理由か。

 でも。

―王都に居るのは聖典主義の穏健派ばっかりだ。

―どいつも教皇主義と衝突したいとは思っていない。

「王都でそのような話しは聞きませんでしたが」

 ハルトが苦笑する。

「フレノルで堂々と教皇の排斥を訴える者は居りません。王権は教皇によって守られていますからね」

 そうだったな。教皇の否定は王権の否定に繋がる。

 穏健派と急進派の大きな違いは、ここにあるってことか。

 だとすると……。

「他にも問題がありますね?」

「はい。都市国家だった頃に戻ろうという動きもありますし、クエスタニアの分割を企てている者も居るようです」

 なんだそれ。

「都市国家に戻れば大国と渡り合う力が無くなるだけです。分割も現実味のない話ですね」

「僕もそう思います」

 王都や教皇領のあるクエスタニア中心地は東寄りで、西側は資源も乏しく開発の進んでいない地域。どう分けるっていうんだ。

「王家に対して、随分と挑発的な行為が多いようですが」

「王家と言っても、都市国家の盟主という扱いは今でも変わりませんから」

 勝手に王を名乗った禍根がまだ残ってるってわけか。

 聖典主義の急進派、あるいは急進派の支援者には、反王権派が混ざっていると見て良いな。どちらも革命を望んでいて、両者の利害は一致する。

「母上がマリアンヌ様を王室に迎えたいと考えているのも、王権の堅持とラングリオンとの良好な関係を狙ってのことなのです」

 ん?

「ラングリオンとの関係を重要視していらっしゃるのですか?」

 お世辞には聞こえなかったけど。

「もちろんです。ティベリス大河の活用の為には、他国との関係維持が欠かせませんから」

 あぁ、そういうことか。

 大陸の中央に位置するクエスタニアは、流通経済の中心として栄えてきた歴史がある。各地で都市が成長したのも、それが大きな理由だ。

 でも、主要な交易路は陸路から海路に変化した。物資を運ぶなら船の方が圧倒的に有利で、海洋権益の確保にはラングリオンも力を入れている。……セルメアとの戦争の原因もここにあったわけだし。

 この状況を変える存在が、クエスタニアを縦横に走るティベリス大河だ。東は大河支流のオリビア川を通じてアスカロン湾に注ぎ、西はウィリー川を通してグラシアルのメロウ大河へと繋がる長い川は、陸路に代わる交易路としての役割が十分期待できる。

 ただ、内陸国である以上、外洋へ出る為には他国を通過しなければならない。つまり、安定した経済活動の為には、中心地とも近い東側の出口であるラングリオンとの関係は良好な必要があるのだ。

 アレクとロザリーの婚約を積極的に非難しないのも、そういった事情が絡んでそうだな。

「ラングリオンとの関係維持を望むのならば、方法はいくらでもあるのでは?」

 大陸会議に参加すれば良いのに。

「残念ながら、大河の活用の目処はまだ立っておらず、話し合いの場を用意できる状態ではないのです」

 交易路としての整備や開拓が進んでいないのか。

 都市ごとの自治権が大きいことが災いしてるんだろう。各都市で独自の運営をしていたところに、国が方針転換を呼びかけても反発が出るってところか。

「ですから、他の件で上手く譲歩を引き出したい、というところでしょうか」

 譲歩ね。

 聖典主義の急進派や反王権派を黙らせ、都市を一つにまとめるには、マリーとの結婚は打ってつけだろう。良いことだらけだ。

 これなら、ハルトも婚約を積極的に考えて良い気がするけど。

 なんでドロテアとの婚約にこだわるんだ?

「婚約者にドロテア様を選ばれた理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」

 ハルトが苦笑する。

「生涯の伴侶を選ぶのに、理由が必要だとお考えですか?」

 なんだ。

 アレクもこれぐらい清々しく言えば良いのに。

「冗談です」

 ……こいつは。

「目的は宗教の融和です。ドロテアと僕が、一つの神の前で結ばれることは意味があることなのです」

 教皇主義と聖典主義の婚姻?宗教的な意味は強そうだけど。

「僕が国王となった際には、教皇主義も聖典主義も認める公布を出す予定なんです」

 思い切ったことをするな。

「上手くいくでしょうか」

 歴代の王が誰もやらなかったことなのに。

「クエスタニアの法は聖典の下にあります。聖典から逸脱しない限り、信仰の自由を保障することは何の問題もありません。教皇は今まで通り教皇主義のトップとして存在し、聖典主義は聖典と神の栄光のみを信仰の対象とするだけです」

 それは聖典主義の主張だろう。

「教皇の御理解が得られないと難しいのでは?」

「何とかなりますよ。方法は違えど、同じ神を信仰しているのですから」

 すでに承諾は得ているみたいだな。

 聖典主義の主張を認め、教皇主義と聖典主義の穏健派をまとめて最大勢力にするっていうのは良い案だろう。そうすれば、反王権派を含めた聖典主義の急進派は孤立する。

 ……それでも、マリーとの婚約以上のメリットがドロテアとの婚約にあるとは思えないけど。

「ただ、彼女のように優し過ぎる女性を将来の王妃という立場に迎えて良いものか……。それだけが不安ですね」

 国内の情勢も王権も安定していないこんな状況じゃ、苦労するのは目に見えてるからな。

 教皇の孫と言っても、教皇領に居る教皇じゃ後ろ盾として弱いだろう。

「王宮内に味方が必要ですね。有力な後見人がいらっしゃれば良いのでしょうが」

「味方、ですか」

『エル。着いたわ』

 ナインシェ。

 いつの間にか着いていたらしい。

「聖堂に御用でしたか?」

 今さら隠しても仕方ない。

「はい」

 っていうか、なんで扉の前に衛兵が居るんだ?

 さっきは居なかったのに。

「お導きがあったのですね」

 導きって言うか……。

「はい」

『適当に返事して良いの?』

 約束があるんだし、間違ってはいないだろう。

 ハルトが衛兵の前に行くと、こちらが何か言うより先に衛兵が口を開く。

「申し訳ありませんが、現在、聖堂は閉ざされています」

『変ね。開けておくって言っていたのに』

 聖堂を守ってるのに、中に居る神官からは何も聞いてないのか?

『聞いて来るわ』

 リリーが上を見上げる。ナインシェが飛んで行ったんだろう。

「お導きのあったお客様です。通して頂けませんか?」

「それは失礼いたしました。すぐにお通しいたします」

 適当だな。光の間の出入りは厳しいはずなのに、名前すら確認しないなんて。

「しかし、王太子殿下を御案内するわけには参りません」

 なんで?

「わかりました。では……」

「いいえ。殿下もご一緒です」

 対応が怪し過ぎる。

「申し訳ありません。お導きがなければご案内できないんです」

「それは変ですね。神官様から何も聞いておられませんか?」

「いえ……」

 目を逸らした?

 衛兵が左手を上げる。

『エル、後ろ!』

「!」

 俺が構えるより先に、リュヌリアンを抜いたリリーが後ろに向かって剣を振る。

 目の前で剣を抜いた衛兵に応戦すると、すぐ横で、リュヌリアンが魔法を斬ったのが見えた。

『魔法使いは上だ』

 左手の合図は、屋根からこっちの様子を伺ってた仲間への合図か。

 最初から目的はハルトだったのかよ。

 衛兵に眠りの魔法をかけて蹴り飛ばし、聖堂の扉を引く。

 あっさり開いた扉の傍には誰も居ないし、妨害を受けるような気配もない。

「入れ!」

 ハルトとクララに聖堂に入るように促し、振り返る。

「リリーも」

「でも、」

「こんなところで騒ぎを起こすわけにはいかないだろ」

 屋根に居る魔法使いたちが近づいてくる様子はないし、逃げるのが優先だ。

 ……そうだ。あれ、やってみるか。

 降って来た魔法に対し、魔法で盾を張る。

「え?」

 魔法は、月の魔法で作った盾に当たって跳ね返った。

 ……本当に、魔法を反射するのか。

「来い」

「うん」

 リリーの腕を引いて扉の中に入る。


 ※


 見晴らしの良い広い空間と、奥に扉があるだけの単純な構造の建物。

 何故か外よりも明るく感じるな。

 部屋の奥にある扉近くには、神官が三人と騎士が二人居る。装備に聖印が描かれているから、聖堂騎士なんだろうな。

 安全だと思って入ったは良いけど……。

 奥の扉が開き、神官と聖堂騎士が扉を開いた相手に向かって跪く。

「良く来たね」

 金色の髪に、コーラルアイと碧眼。

「アイフェル」

 リリーは会ってるんだっけ。

 アレクとレイリスのように、初代オルロワールと瞳を交換した光の大精霊。

「アイフェル様。勝手に立ち入ってしまい申し訳ありません。どうかお許しを」

 ハルトが跪く。

『外で何かあったの?』

 ナインシェ。

『ちょっとね』

「ハルトはしばらくここに居た方が良さそうだね。また変なのに絡まれているんだろう。立ち入りを許可する」

「ありがとうございます」

 また、って。

「良くあることなんですか」

「捕まったことは何度かありますよ」

 良く今まで無事だったな。

 単独行動を繰り返してる場合じゃないだろ。

『この子がエルロックよ。女の子の恰好してるけど』

「私に用があるのは君だね」

「はい」

「じゃあ、こっちにおいで」

 アイフェルが奥の部屋に入っていく。

 聖櫃が安置された光の間。あれが封印の棺であることはリリーも確認済みだ。

 神官と聖堂騎士が立ち上がる。

 さて……。

 一番偉そうなのは、金で装飾されたローブを着てるこいつかな。杖も持ってるし、主任神官で間違いないだろう。

「この場所は安全ですか?」

「聖堂に立ち入りが許されるのはアイフェル様の御客様のみです。それ以外の方は、お帰りいただいております」

 許可のない奴は攻撃対象ってことか。

 外の連中が入ってくることはなさそうだな。

「わかりました。リリーとクララは、ここで待っていてください」

「え?」

「え?」

 ここから先の話は機密事項だからな。

『大丈夫よ。ここには光の精霊がたくさん居るもの。守ってあげるわ』

 そんなに光の精霊が居るのか。この中。

「わかりました。ここで待ってます」

「王太子殿下も待っていていただけますか?」

「もちろんです。しばらくは外に出られないですからね」

 一人で外に出ても良い事はないからな。

 リリーの方を見ると、頬を膨らませてる。

「後で手伝ってもらうことがあるかもしれない」

「手伝うこと?」

 交渉次第だけど。

「だから、待ってて」

「うん。わかった」

 これなら、どこかに行ったりしないだろう。

 


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