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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
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109 野ばら

「少しは良くなったみたいね」

「別に、病気じゃないって言ってるだろ」

 マリーがため息を吐く。

「本当、馬鹿なんだから。……謁見が終わったら、アイフェルに会う予定よ」

「アイフェルに?」

『さっき、会えるようにお願いしてきたの』

 そういえば、ナインシェが頼んでくれる予定だったな。

「光の間がある聖堂の前には、今は見張りの兵士も居ないみたいよ」

 王族の出入りも許さないぐらいの厳戒態勢だったのに、このタイミングで警戒が解かれたか。

 ……アイフェルが俺の話しに乗ってくれたら良いんだけど。

「上手く時間を作って会いに行きましょう」

「あぁ」

 謁見後に音楽堂で演奏会が予定されてるって話しだから、行くならその後になるだろう。

『女将が来た』

 部屋の扉がノックされる。

「マリアンヌ様。お迎えの馬車が到着いたしました」

「わかったわ。皆、行きましょう」


 ※


 神聖王国クエスタニアの王宮。

 案内役の政務官に連れられて、謁見の間へ。

「こちらが謁見の間でございます」

 謁見の間の前室に入ったところで、政務官が俺を見る。

「申し訳ありませんが、陛下の御前では、帽子を脱ぎ、眼鏡も外して頂けませんか」

 黒髪を隠す帽子に、瞳を隠すカラーレンズの眼鏡。流石に、こんなに顔を隠した相手は通せないか。

 マリーが吸血鬼種を連れ歩いているのは向こうも把握済みとはいえ。顔を晒した後に、更に文句を言われるようなら面倒だ。

「失礼になるようでしたら、私はこちらで待たせていただきます」

 余計なことはするなって言われているし、俺が謁見に参加する必要はないだろう。

「私もここに残るよ」

 ……何言ってるんだ。

「リリーシア様は皇太子殿下の遣いの方です。私のことは御気になさらずに、どうか国王陛下への御挨拶を優先してください」

「でも……」

『心配しなくても大丈夫よぉ』

 扉を守る兵士が二人しか居ない前室なら、揉め事に巻き込まれる心配もない。

「クララと一緒に、ここで待っています」

 隣を見ると、クララが頷く。

「マリアンヌ様、よろしいでしょうか」

「仕方ないわね。……でも、私が戻るまで絶対にここから動かないって約束して頂戴」

『釘を刺されたね』

「仰せのままに」

 言われなくても動かないって。

「これで良いかしら?」

 マリーが政務官を見ると、政務官が頭を下げる。

「恐れ入ります。では、こちらへ」

 政務官に案内されて、三人が謁見の間に入った。

 上手くやれると良いけど。

 クエスタニアに上手く譲歩させる方法……。

 シュヴァイン家のスパイも潜入中だし、何か使える情報でも持ってるのか?

『ハルトとローレンツだな』

 え?

 前室の扉から二人が入って来る。

 なんで、こんなところに居るんだよ。

「こんにちは。クロエ様、クララさん」

「御機嫌よう。王太子殿下、ローレンツ様」

 クララと一緒に深く礼をする。

「謁見に御立合いになられているものと思っておりました」

「僕はまだ成人していませんから」

 成人してなければ王太子でも参加できない?

 クエスタニアの慣例に詳しくないから、本当のことを言ってるのかどうかわからないけど。

 それなら、何しに来たんだ?

「クロエ様にお伺いしたいことがあるのです」

 俺がここに居ることは想定済みか。ってことは、あの案内役の政務官は、最初から俺を謁見の間に入れるつもりがなかったみたいだな。

「よろしいでしょうか?」

 よろしいも何も。断れる状況じゃない。

「私が答えられることでしたら、なんなりと」

「ありがとうございます。叔父上からお話しが……」

「昨晩は大変ご迷惑をおかけいたしました」

 いきなりローレンツが頭を下げる。

 迷惑って。グレゴールのことか?

「皆様が悪魔退治なさったと聞いております」

 ベネトナアシュと戦ったこと、グランツシルト教では悪魔退治になるのか。

 エイルリオンと慈悲の剣を持ち歩いている以上、あいつとの戦いは必然。別に迷惑だなんて思ってないけど。

「アンシェラートが出て以来、この国でも亜精霊が活発化し、世界は闇に包まれたかのような日々が続いております。そんな中、皆様がこの国にいらっしゃったことは、神のお導きに違いないのでしょう。皆様は、私たちにとってはまさに光の勇者のような存在なのです」

 光の勇者、ねぇ。

 相変わらず話が長いな。

 聞きたいことがあるんじゃなかったのかよ。

「騎士の国では、皇太子近衛騎士であられるリリーシア様をはじめとして、女性が前線で戦われることも珍しくないのでしょう。グレゴールからは、マリアンヌ様も剣をお持ちになって戦われたと聞いています」

 は?

「まさか」

 ハルトが笑う。

「僕も見間違いだと言ったんですが、叔父上も確認しないと気が済まないようなんです」

 確認って。そんなことを聞きに来たのか?

 マリーが剣を持って戦うなんて……。

『エルのことだろう』

『あの人、エルをマリーだと思ってたものね』

 そうだった。

 俺はグレゴールの前で、慈悲の剣を持ってたんだっけ。

「何しろ、金髪の美しい女性が戦われていたと言う話しは他にも聞いていますから」

『金髪の美しい女性だってー』

 誰だよ、そんなこと言ったのは。

『瞳もピンクだったから?』

 髪はともかく、瞳の色が見える範囲に野次馬なんて居なかったはずだ。

「マリアンヌ様が剣を持って戦われることなどありません。失礼ながら、グレゴール様は夢でもご覧になっておられたのでは?」

「しかし……。では、あなたが?」

 声をかけられたクララが、驚いて俺の後ろに隠れる。

「彼女は関係ありません。案内役として私たちに同行しているだけです」

 クララなんてマリー以上に戦士に見えないだろう。

 ローレンツの横で、ハルトが小さく微笑む。

 俺が金髪なことは知ってるはずだけど。それをローレンツに教えるつもりはないらしい。

「残念ですが、昨夜のお話しも、金髪の女性がどなたかも、私にはわかりかねます」

「しかし、」

 しつこい。

「私たちは病の治療を目的として旅をしているだけです。悪魔退治といった大事には関わってはおりません。……ご理解いただけますね」

 用が済んだら、すぐに帰るつもりなのに。

 面倒事には関わりたくないし、勇者なんて仰々しい扱いをされるのも御免だ。

「だそうですよ、叔父上」

「しかし……」

「通りすがりの勇者様が悪魔退治をされたということにしておきましょう。これも神の思し召しです」

 何でも神の思し召しで済めば楽だ。

「致し方ありません。すべては、私がこの国に入り込んだ悪魔を追い払えなかったが為に起こったこと。……私もグレゴールと共に祈りの間に入り、修練をすることに致しましょう」

 ローレンツがそう言って部屋を出る。

 この国に入り込んだ悪魔、か。

「あの悪魔は、父や僕の前にも姿を現しているんですよ」

 やっぱり、ベネトナアシュがこの国に入り込んでたのは早い段階から把握してたみたいだな。

「どうやら聖櫃に執着していたようですから、光の間の神官に報告し、悪魔への警戒を続けていたんです」

 それが、光の間が厳重に閉ざされていた理由。

 ベネトナアシュがアルファド帝国の皇帝やアレクの前に現れていたことを考えると、最初はクエスタニアでも影響力の高い相手を狙うのが自然だ。

 でも。

―願いを叶えると甘言を抜かすのは悪魔と相場が決まっております。

 クエスタニアでは、いつものやり方が通用しなかった。国王や王太子の懐柔に失敗したあいつは、方法を変えることにしたんだろう。その結果、グレゴールが引っかかったってところか。

 あいつがグランツシルト教の神として崇められるような事態にならなくて良かったわけだけど。あいつのやり方って、むしろグランツシルト教が示す悪魔そのものな気がするな。

「ところで、クロエ様」

「はい」

 用は済んだんじゃなかったのかよ。

「体調を崩されていたと聞いていましたが、もうお体はよろしいのですか?」

 なんで、そんなこと知ってるんだ。

 こっちの情報は筒抜けってことか?

「いいえ。ご覧の通り、元気ですよ」

 ハルトが苦笑する。

「クロエ様のことではありませんよ。昨夜はマリアンヌ様が馬車に乗って酔われたと聞いたものですから。宮殿までいらっしゃる間に、お加減が悪くなっていらっしゃらないか心配していたのです」

 ……こいつは。

「失礼いたしました。昨晩は少しお疲れだった為でしょう。本日は、いつもとお変わりないご様子でした」

「それは良かった」

 ハルトがクララの方を見る。

「クララさん。あなたはこの国の方のようですが、どこまでクロエ様と御一緒に旅をされる予定ですか?」

「同行者に関しては、マリアンヌ様がお決めになります」

「これは、クララさんにお伺いしています」

 クララが俺の顔を見る。

 言葉の意味は理解できてると思うけど。

「私は、ラングリオンに行くつもりです」

「そうでしたか」

 ハルトが微笑む。

「皆様とご一緒なら安全な旅になるでしょう。どうかお気をつけて」

「……ありがとうございます」

 メディシノが国外に出ることに文句はないってことで良いのか?

 本当に何を考えてるかわからないな。

「クロエ様、ギルドには必ずお立ち寄りくださいね。表立ってのお礼は控えさせていただきますが、悪魔退治を行った英雄に対し、王家が何の褒美も出さないわけにはいきませんから。これは父上の御意向でもあることをお忘れなく」

 クエスタニアの国王の?

 まぁ、クエスタニアもラングリオンに借りは作りたくないだろうからな。公人としてではなく、個人的に報酬を出すことで、今回の件を収束させたいんだろう。

「わかりました。ギルドには必ず立ち寄るとお約束します」

「ありがとうございます」

 ハルトが俺と話しに来た目的は、国王から水面下での交渉を頼まれたからかもしれない。

『戻って来た』

 もう終わったのか。

 思ったより早かったな。

 謁見の間の扉が開いて、王妃らしき豪華な衣装の女性と、マリー、リリー、ローズが出て来た。

「ハルト。謁見に遅刻するとは何事ですか」

 参加予定だったのかよ。

「申し訳ありません、母上。礼拝が少し長引いてしまいまして」

「言い訳は結構です。マリアンヌ様に御挨拶もせずに……」

「マリアンヌ様。先日は、お時間を頂きありがとうございました」

「こちらこそ。ハルトヴィヒ王太子殿下にお会いできて光栄です」

 ハルトとマリーがお互いに礼をする。

「まぁ。ハルト、一体いつ、マリアンヌ様とお会いに?」

「もちろん、神の導きによる場所です」

 王妃が顔をしかめる。

「あなたはもう少し、自分の立場をわきまえて行動なさい」

 王太子の単独行動なんて褒められたものじゃないからな。

『どこの国の王子も一緒ねぇ』

 本当に。

「これからマリアンヌ様を音楽堂へご案内いたします。あなたも来るのでしょうね」

「いえ。クロエ様に、ウーラとお会い頂く予定なのです」

 ウーラ?

 王妃が頭を抱える。

「勝手なことを……」

「クロエ様の御了承は頂いておりますから」

 何の話しだ。

『また別行動をする気なの?』

『いや。そんな話しはしてなかったぞ』

『どういうこと?』

『嘘つき王子なのよぉ』

「ウーラ様とは?」

 マリーの問いに、王妃が咳払いをする。

「王家縁の者ですわ。しかしながら、国賓たる皆様が時間を割いてまでお会いになる必要などございません。ハルト、失礼なお願いをするものではありませんよ」

 王家縁?

 俺が知る限り、王族にウーラなんて人間はいない。

 ハルトの弟にウルリッヒが居るけど、ウーラなら女性だよな。

「では、改めてお願いいたします。マリアンヌ様、クロエ様とクララさんをお借りしてもよろしいでしょうか」

 クララも?

「マリアンヌ様、どうかお気になさらずに。私と共に音楽堂へ参りましょう」

『どうするんだ?エル』

 仕方ない。乗ってやるか。

「マリアンヌ様、王太子殿下に同行してもよろしいでしょうか」

『別行動だな』

「そうね……」

『えぇ?またぁ?』

『ねぇ。クララが一緒なら、行くのはユールじゃなくても良いんじゃないの?』

 確かに。クララが居るなら俺が治療する必要はないからな。

『じゃあ、オイラがそっちについて行くよー』

 了解。

 メリブも居るし、丁度良いだろう。

『マリー、今回は私がエルと行くわ』

 ナインシェが来てくれるのはありがたいな。上手く行けばアイフェルと会う時間も作れるかもしれない。

 だったら、リリーも一緒に居て欲しいんだけど……。

「リリー。私は王妃様と音楽堂へ行くから、クロエと一緒に行ってくれる?」

「はい。任せて下さい」

 俺が言わなくても来るか。

「皆、王太子殿下に失礼のないようにね。……王太子殿下。三人をお願いいたします」

「もちろんです。では、皆様参りましょう」

「ハルト、お待ちなさい。まったく、あなたは……」

 王妃の言葉を無視して歩き出したハルトに続いて、部屋を出る。


 ※


 ハルトが向かってる場所は王宮の奥。

 王家縁ってぐらいだから、奥に居ても不思議じゃないけど。一体、誰に会わせるつもりだ?

『あれが光の間よ』

 庭の中にある小さな建物。

 周囲には誰も居ないみたいだな。

 場所も確認できたし、帰りに寄ってみよう。


 更に奥に進むとピアノの音が聞こえてきた。

 曲は、野ばら。

 丁寧に弾いてるけど、何度も同じところでつっかかってる。練習中らしい。

 リリーと一緒に先を歩いていたハルトが、ようやくこちらを見る。

「僕の話しに乗っていただき、ありがとうございます」

「そろそろお話しいただけますか?」

「はい。王宮内でも軽々しく話せることではなかったので、説明が遅れて申し訳ありません。ウーラというのは、僕の妹のウルリケのことです」

 妹?

「失礼ながら、王太子殿下に妹姫はいらっしゃらないのでは?」

「ウルリッヒには双子の妹が居るんです」

 双子……。

 クエスタニアでも、ラングリオンと同じように双子を忌む習慣でもあるのか?

「王位継承権を持たない為、秘密にされている子なのですが。……あの子がそうです」

 ピアノの音色が聞こえてくる部屋。

 大きな窓から見えたのは、黒髪の少女。

 ここからじゃ瞳の色が見えないけど、まさか……。

「ウーラは吸血鬼種です」

 なんで、クエスタニアの王族に吸血鬼種が?

「クエスタニアでは、吸血鬼種が生まれることは珍しい事ではないんです。血筋に関係なくどこの家でも生まれます」

 子供が親と同じ髪の色や瞳の色を引き継がないことは良くあるとはいえ、珍しくないなんて。

「何か理由が?」

「理由はわかりません。双子の片割れとして生まれることが多いようですが。……この地がまだ悪魔に呪われているせいだと言う者も居ますよ」

「呪いが残っているわけなどないでしょう。悪魔も魔王もすべて消えています」

 ハルトが苦笑する。

「そうですね。グランツシルト教では、吸血鬼種が生まれた家は祝福されるんですよ」

「祝福?」

 悪魔だと言っておきながら?

「吸血鬼種は前世の罪を背負って生まれて来ると言われています」

 その話しは、この前聞いたな。

「その罪は生まれた家系に関係のあるものであり、吸血鬼種が生まれることで、その家の穢れが清められるのです。その為、生まれた子供は大事にされます」

 なんだか良くわからない理屈だ。

「けれど、成人すれば家を出ることになります。吸血鬼種がクエスタニアで安全に生きる為には神職に就くのが通例で、ウーラも修練女になる予定です」

 生まれてからずっと宮殿の奥に閉じ込められ、大人になったら修練女学院に閉じ込められる生活か。

 そういえば、クエスタニアの王都で出会った吸血鬼種の女性。彼女も同じようにどこかの家で生まれて、成人後に家を追い出されたのかもしれない。

 ……どっちが良いかなんて言えないけど。吸血鬼種が生きにくい国に違いはないだろう。

「だから僕は、メディシノの話を聞いた時、ウーラがメディシノになれないかと考えたのです」

 メディシノになる?

「そうすれば、ウーラは王族として、病の救世主として、堂々と外に出て人々から歓迎される存在になりますから」

『メディシノが何なのか、わかってないみたいねぇ』

 何なのかわかってる人間の方が少ないだろうけど。

「メディシノは、なるものではありません」

「治療があなたでも難しい事であるのは聞いています。適性があるということですよね」

 適性っていうか……。

 詳しく話す必要はないか。ローズが俺の治療行為を止めていたことを知ってるなら、普通の人間には危ないことだって、わかってるだろう。

「でも、メディシノになれないのなら、本当のメディシノに協力を頼めば良いだけです。治療は本物のメディシノに任せ、それをウーラが行ったことにすれば良い」

「そんな都合の良い話しが通るとでも?」

「本物のメディシノは自らの素性を隠しながら病の治療を行われる方。僕が治療者に関する情報提供や支援を行うならば、利害は一致するはずです。交渉の余地はあると考えていました。だから、メディシノを探していたのです」

 それが個人的に依頼を出した理由か。

 依頼の継続を頼んだのも、俺の元でクララの保護を継続させたかったからだろう。メディシノの肩書きをウルリケに使う為には、クララが本物のメディシノであることは隠し通さなければならない。俺がクララを他の勢力に渡すつもりがないのも確認済みだし、丁度良かったってわけか。

「でも、今ではクララさんにそんなことを頼むつもりはありません。エルロックさんに否定されてしまいましたからね」

 この前の話しか。

「メディシノの自由は保証致します。もちろん、ラングリオンへ行くのも。その代り、ウーラにメディシノとしての適性があるかどうかだけでも教えて頂けませんか?」

「適性……?」

 ウルリケが、メディシノかどうかってことか?

「難しい事でしょうか」

『メディシノかどうかなんてぇ、見た目じゃわからないわよぅ』

 だよな。吸血鬼種の中で治療に適した種族がメディシノなんだ。

 見た目じゃわからないから、ロザリーもクララも、真空の精霊と契約した状態でガラスの棺に封印されていたんだろうし。

『ねぇ。治療って、真空の精霊の力を借りなきゃできないのよね?』

『そうよぉ』

『ならば、魔法使いの適性がなければ無理だろう』

 魔法使いの適性……。

 リリーを引き寄せて、耳元に口を寄せる。

「ウルリケに光は見えるか?」

 リリーが首を横に振る。

 今の時点で魔法使いじゃないなら、適性がないって諦めさせる方法はある。

「一つ、簡単な方法があります。調べてみましょう」

「はい。お願いします」


 ハルトと一緒にピアノの少女の傍に行く。

「ウーラ」

「……ハルト様」

「いつも通りの呼び方で良いよ」

 ウルリケが俺たちの方を見る。

「はい。お兄様」

 自分の兄なのに、人前で兄と呼ぶことも禁じられてるのか。

「ウルリケ様。御手をお借りしても?」

 手を差し出すと、ウルリケが確認するようにハルトを一度見てから手を出す。

 その手に、魔法印を描く。

―ラングリオンでは、五歳ぐらいの子供に魔法使いの適性があるか行う検査があるんだよ。

「世界を創りし神の同胞よ。我は同調する者である。天上と地上を繋ぐ自然の和。すべての元素、命に感謝する」

 魔法印は、光らない。

―魔法使いが子供の手の甲に魔法印を描いて共鳴すると、適性のある子供の魔法印が光るんだ。

 本当に光らないことがあるのか。

 光ったとしても適当に理由をつけて適性がないって言うつもりだったけど。

 共鳴出来なければ、真空の精霊と契約できない。

「適性はありません」

「そうですか」

「お兄様……?」

「なんでもないよ。決して悪いことじゃないから。何も心配せずに練習を続けたら良い。頑張れば夢は叶うからね」

 夢?

「はい」

 ウルリケが微笑む。

「では、皆様、行きましょう」


 ハルトと部屋を出ると、またピアノを練習する音が聞こえてきた。

「メディシノの適性がなくて、少し安心しました」

 安心?

「僕は、ウーラがメディシノになることが最も良いことだと思っていました。……けれど、この前、エルロックさんに叱られて、それは彼女が選ぶ選択肢の一つに過ぎないのだと気づきました」

 叱った覚えなんてないけど。

『この子って、案外素直な子なのね』

『嘘ばっかり吐くけどぉ?』

『子供なだけだ』

「だから、ウーラに夢を聞いたんです。ウーラの夢は、もっとピアノを弾くこと。だから僕は、ウーラが音楽院に入れないかと考えています」

 クエスタニアにある、音楽家の養成所か。

 メディシノになる事なんかより、よっぽど建設的なことだ。

「今はまだ交渉を始めたばかりですが。不可能なことではないと思っています」

 ピアノの軽やかな音色が響く。

「そうですね」

 さっきまでつっかかってたところ、上手く弾けるようになったみたいだな。

 


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