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旧作3-1  作者: 智枝 理子
Ⅰ.王都編
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07 上には上がいる

 皇太子の執務室。

 ここに来るのは初めてだ。

 アレクも仕事は執務室でやるはずなんだけど、この部屋に居ることは滅多にない。そもそも、アレクが自分の書斎を桜の庭の上になんてしたから、執務室と書斎は遠いのだ。

 謁見はすべて書斎で受けるし、仕事の割り振りは完了してるから、アレクが仕事をするのは書斎で十分なのかもしれないけど。

 

 というわけで、執務室は秘書官の二人がずっと使っている。

 メルティムとタリス。

 あんまり会ったことはない。

 執務室にノックをして、入る。

「遅い!」

「待ってたよー、エル君。机の書類、よろしくね!」

「コーヒーでよろしいですか?」

「エルザ、この書類も回してー」

「はい」

 書類の山に埋もれて顔が見えないけど、あの山の下に居るのがメルティムとタリスなんだろう。

 で。執務室の部屋付きメイドが、エルザか。

「あれが俺の机?」

 すでに書類の山が積んである。

「はい。急いで準備いたしましたが、物は良いですよ。アレク様、ご自分が公務の時しかエルロック様を貸さないっておっしゃってましたから。死ぬ気でお仕事して下さいね」

 王族の新年は忙しい。

 立秋の朔日。皇太子は国王陛下と共に貴族たちからの挨拶や祝賀を受け、そして、国民に向けた祝辞を述べる。

 二日は王都でパレード、三日は城の大広間で舞踏会、四日は王都の外に視察へ出かける。

 というわけで、アレクが公務で居ない間、執務室で仕事をしてくるように言われたのだ。本来なら休みのはずなんだけど。

「これ、いつまでに終わらせるんだ?」

「仕事に終わりなんてないよー」

「黙って机の上を綺麗にするんだな。……あぁ、くそ。計算を間違えた」

「ふふふー。プッペちゃんってば、可愛いー」

「黙れ」

「プッペ?」

「タリス様のことですよ。いつも表情が変わらないので、メルティ様はプッペちゃんって呼んでるんです」

 プッペって。確か人形だったな。どこの言葉か忘れたけど。

 メルティムがメルティで、タリスがプッペ?

「エルザ。余計な説明は不要だ」

「っていうか、自己紹介ぐらいしろ」

 二人が立ち上がる。ようやく顔が見えた。

「皇太子秘書官メルティムでーす。メルティって呼んでねー」

 長いウェーブの金髪の女性。

「同じく、タリス。プッペって呼んだら殺す」

 金髪ショートボブの女性。

「プッペちゃんは男嫌いだからねー」

 関係あるのか?それ。

 言うだけ言って、二人は着席する。

 息がぴったりだ。仲が良いんだろう。

「俺はエルロック」

「知ってるよー」

「自己紹介は以上。早く仕事をしろ」

 灰汁の強い連中だな。アレクが気に入ってるってことは仕事ができるんだろう。

 でも、この書類の山。

 四日で片付くのか?

 机に行くと、エルザが俺の椅子を引く。

「このお部屋を任されているエルザと申します。エルロック様と、なんだか名前が似てますね。エルちゃんって呼んでくれて構いませんよ」

「誰が呼ぶかよ」

「エルちゃん、コーヒーおかわりー」

「やめろ、紛らわしい」

「口ではなく手を動かせ」

「この机、新しい報告書と古い書類がごちゃまぜだ。俺に何をさせるんだ?」

「大地震の調査報告を、過去、五年間の記録と比較した書類を作成しろ。机に乗ってるのは今回の地震の報告だ。地質の変化、水脈の変化、被害の報告等々、どっさりだ。もっと古い調査記録を見たかったらエルザが用意する」

「五年間なんて無意味だ。データ全部持って来い。七、八年ぐらい前にも、一度大きい地震があっただろ?……ラングリオンで地震を観測した記録と一緒に用意してくれ」

「後ろの本棚にありますよ」

 すでに用意済みか。

「良い子だねー、エル君」

「合格点だ」

 試された。

 忙しいんだから、本当にやらせたい仕事を言えば良いだろ。

 んー。どうするかな。

 そうだ。

「ついでに、遺跡の状態について書かれた書類が欲しいんだけど」

「遺跡ですか?」

「今回の地震で、遺跡に変化があっただろ?過去にもそういうことがあったのか気になるんだ」

「わかりました。書庫を探してきます。はい、コーヒーをどうぞ」

「あぁ」

 受け取ったカップに口をつけながら、書類に目を通す。

 ん。

 コーヒーが美味ければ仕事は捗る。

 

 ※

 

「まだ仕事していたのかい」

「アレク。おかえり」

「ただいま」

 公務は終わったのかな。

「アレク様ー、エル君、引き取って下さーい」

「後輩が帰らなければ引き上げることはできません」

「皆様、超過勤務ですよ」

「エル、そろそろ休んだらどうだい」

「もう少し、区切りの良いとこまで終わったら休むよ」

「綺麗な書類だね。……やっぱり、去年の地震は相当特殊なのかな」

「あぁ。震源が特定されてないんだろ?大地震の原因は、グラシアル女王の崩御が関係してると思ったんだけど、違うみたいだな。本当に大陸全土が揺れてる」

 普通、震源を中心に大きく揺れるはずなんだけどな。なんでだろう。

「揺れの大きさは、観測状況を見る限り、どこも同じぐらいだ。ラングリオンの建国以来、この規模の地震は観測されてない。ただ、ある地質学者によると、ラングリオンの建国前、今から七、八百年前にも似たような地震が観測された形跡があるらしい。当時の詳しい資料は手元にないんだけど……」

「明日、王立図書館に問い合わせる予定です」

 ここのメイドは、本当に何でもするよな。

「七、八百年前か……」

「心当たりがあるのか?」

「時代的に百年もずれていたら何とも言えないかな」

 心当たりがあっても、教えてくれないのか。

「エル、今日はここまでにしよう」

「ん……。ちょっと気になることがあるんだ」

「気になること?」

「被害報告。地震による土砂崩れで村が壊滅したにも関わらず、死者はゼロってどういうことだ?」

 王都の北西。アスカロン湾近くにある山。

 林檎の産地で知られる旧トゥンク村だ。

「重傷者の報告もないね」

「村人は一度麓の村に移住したが、すぐに新しい村を作ってるみたいだ。わざわざ土砂崩れがあった近くに」

 地図上で、そう遠くない場所に新しいトゥンク村を作っている。

「先祖代々の土地を愛してるそうですよー。あの辺りはカルヴァドスの生産地ですからー」

「土砂崩れで、果樹園もダメになってるんだろ?」

「多くの苗木を入荷しているが、植樹作業は順調ではない」

「メルティもタリスも気になってたのか」

「気になりますけどー。書面上、復興を目指す清く正しい村の一つとして、調査の必要はなしですー」

「気になるなら、近衛騎士を派遣しようか」

「何言ってるんだよ。ただでさえ三人しか居ないのに」

 これ以上、手持ちの駒を減らしてどうするんだ。

「急ぐ案件でもないし、グリフかローグが帰ってきたら、ドラゴン退治のついでに俺が見て来るよ」

「ドラゴンが西に居るとは限らないけどね」

「どういうことだ?」

「一度砂漠に降りて、レイリスが追い払ってるんだ」

 あいつ、北西に向かったと見せかけて、東の砂漠に逃げたのか。

 大精霊が守ってる土地に入るなんて。

「そのまま仕留めれば良かったのに」

「出来ないことを言っちゃいけないよ」

「殺したらまずいのか?」

「みたいだね」

 人間だけじゃなくドラゴンも殺せないのか?精霊って。

 それとも、生き物すべて?

 考えたことなかったけど。

 ……っていうか。ドラゴンの移動範囲って広すぎだろ。

 オービュミル大陸に居るかも怪しいんじゃないか?

「ツァレンから伝言があるよ」

「伝言?」

「みんな元気にしているって」

 荷物を届けるついでに、家の様子を見てきてくれたのか。

 ……会いたい。

「もう少し、仕事して良い?」

「彼女たちの許可があるなら構わないよ」

「却下」

「却下ですー」

「早く帰って下さい。エルロック様の散らかしよう、酷過ぎます」

 机の上は、まぁまぁ片付いてるんだけど。足元に落ちてる本は、どこから引き出したものかは覚えてない。

「だそうだよ」

「ヴィエルジュの朔日までに終わる目処が立たない」

 アレクが俺の眼鏡を取って、額に指を当てる。

「エル。今すぐここで眠るか、自分の足で部屋に戻るか、選んで良いよ」

 それは、選択肢があるって言わないだろ。

「わかったよ。今日はここまでにする」

「良い返事だね」

 アレクが満足そうに笑う。

 


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