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Toy Box

 遠い、遠いくだらない話をしよう。それが君の口癖だった。

 いつだったか初めて君と話した丘の上。白いワンピースに白い麦藁帽子を被った君はさながら天使のよう。真っ白い背中から今にも二枚の翼が生えてきて飛び立ちそうな錯覚すら生まれた。

 緑が辺りを占める丘の上で君はいつも絵を描いていた。いつも同じ風景、同じ空気を描いて、幼いながらも私は彼女の行動に常々疑問を抱いていた。


「何でいつもここで絵を描いているの?」

 だから聞く。尋ねる。それが君に初めて話しかけた言葉だと理解してお節介ではないだろうかと思ってしまった。

 君は初めて話しかけられた相手に驚きながらも律儀に質問に答えてくれる。

「絵が描くのが好きだからだよ。私には絵を描く事だけが私だから」

 意味深な言葉を一つ、二つと呟く。白い麦藁帽子から伸びる真っ黒くて長い髪はとても美しい。

 なぜだか彼女といると安心出来る。そんな気がしたから私は彼女に毎日会う事に決めた。


「ねえ、これから毎日ここに来て、君が絵を描くのを見ても良いかな?」

 それはある意味告白だった。君の事が話しただけで好きになって、君が絵を描く姿が更に好きだったから。

 君は訝しげに私を覗いて、しばらくしてにっこりと笑みを零して話を始めた。

「良いよ、毎日ここに来ても。今日から私達はずっと友達だね」

 透き通るように綺麗な微笑みに頬を赤く染めた自分がいた。


 空の彼方に風鈴の鳴る音が聞こえた気がした。いつもよりも空が大きく見えたある日の事。私は彼女のいる丘の上に訪れていた。

 一つだけ違うのは右の脇に抱えている大きな筒状の入れ物。いつもと違った姿の私に珍しく君から話しかけてきた。

「それは何?」

 尋ねる君になぜだか誇らしげな私。筒状の入れ物を彼女の目の前に置いて、入れ物を開ける。

 中は空っぽ。頭にクエスチョンマークを浮かべる君。


「タイムカプセル。十年後も仲が良い私達がまた会えるように。自分達の宝物をこの中に入れて埋めるの」

 それは私が君の事を一番の友達だと思った結果。勿論それは私の決め付けで、君は私の事を一番の友達だとは思っていないかもしれないけれど。

 君は困惑した様子で私の顔をじっと見る。やっぱり迷惑だったのだろうか? 募る不安に気付いたのか慌てて私に話し掛ける。

「違うの、君の事が嫌いだとかじゃなくて、私にとっての宝物って何なんだろうって考えて」

 その言葉にほっと安堵。私は嫌われている訳じゃないんだって。


「それなら君がいつも描いている絵を入れれば良いじゃない。君が描くあの天使の絵」

 彼女が描く絵には必ず天使がいる。水彩画でもクレヨンでも色鉛筆でも画用紙に描かれた天使はきっと彼女の特徴なのだろう。

 彼女はいつもここで絵を描いている。だからこの丘から見る空の絵ばかりだ。だけれどその絵の中に必ず登場するのがあの天使。

 彼女は色々と考え込むような仕草をした後にようやく首を縦に振ってくれた。


 その日の夕暮れ、私達は丘の上に穴を掘ってタイムカプセルを埋めた。また十年後もこうやって仲良くやっていますようにって。そんな願いを込めて。

 私の宝物はお気に入りの運動靴で、走る事が得意な私にピッタリの物だと思う。彼女の宝物は私を描いた絵、丘の上の私を描いた絵。それが彼女の宝物だと言われた時になんだか嬉しい気がした。


 空の彼方に汽笛の鳴る音が聞こえた気がした。

 それは突然やってきた別れの日。私と君とが仲良くなってから数年の月日を経て、君は此処を去ると言ってきた。

 自分の夢を、画家になる夢を叶える為に。遠い国へと飛び立つのだと言う。

 もしかしたら今生の別れかもしれない。君はそう言った。

 困惑する私。迷って悩んで苦しくて悲しくて、巡りめぐって表れたのは君への憎悪だった。なぜこの事を私に話してくれなかったのだろうと彼女を呪った。

 それが初めての喧嘩。お互いのすれ違い、刃物みたいに鋭く尖った心は君を否応無しに傷付けた。

 全てが自暴自棄。私が好きな走る事も、彼女の絵も嫌いになっていた。

 そんな風に何もかもを嫌いになっていたら、いつの間にか別れの時。

 汽車の内と外で、私達はお互い黙ったままだった。最後に君に何を話して良いのか分からなくて、募る感情は悲しみ、焦り。

 君への憎悪は今や私への憎悪だった。私は君と一番の仲良しだった筈なのに、君を一番理解出来なかったから。

 自然と、頬から伝う涙。それは私の為でもあり、君の為でもある。


 すると、君は私の手を取ってこう言ってくれた。

「十年後、あの丘の上で待っていて。必ず会いに行く。必ず会って、タイムカプセル、開けよう」

 震える声に大粒の涙を流す君の姿にたまらず抱きしめた。君と離れたくない、君とずっと一緒にいたいって。

 でもそれはきっと十年後の約束。私と、君への絶対の約束。

 ベルが鳴り、冷酷にも君との決別の時。君と交わした約束を胸に抱きながら、それだけは絶対に無くさないようにと春風と君の体温を体に刻みつけて。

 遠ざかる君の姿にいつまでも手を振っていた遠くてくだらない話。


 空の彼方に勇ましいマーチが響いた気がした。

 砕けた夢を拾い集めて、十年前の約束の地へ車椅子を漕いだ。

 あれから君の事は良く聞く。現代美術の先駆者なんて異名すら聞いている。

 君の夢は紡がれた。私の夢は砕けたけれど、新しく作り上げた夢を背負って、再び歩んでいる。

 この町は十年の時を経てすっかり変わってしまった。町並みも緑も空も風も人の心も。だけれどあの丘だけは無くならずにいてくれた。

 それだけで私は、私達は永久に救われる。君との約束が果たせるから。

 吹く風は憂鬱かもしれない。描く空は退廃かもしれない。私達は変わり行く未来を別々に歩いていた。

 でも君と一緒に埋めた夢や理想はきっと色褪せていない。


 ほら、もうすぐあの丘だ。君と交わした約束まであと一歩だ。

 丘の向こうから顔を出す朝焼けに向かって私はその一歩を。

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