ねがい
雨粒が一つ、私の下から落ちていった。
列車によって揺られながら、悠久の別れに酔う私がいた。
君は真下で、私を見上げて泣いている。本当は私の事なんて見えていないんでしょう?
煙と共に昇る列車に連れられて、私は君に届かない言葉を届けた。
おかしいな、君は私の事が嫌いだったはずなのに。どうして今更泣いているんだい?
私は君の事を嫌っていなかったから。君には泣いてほしくはないんだよ。
私の周りで座っている人は私を笑っている気がした。立っている人は私を貶している気がした。
ほら、誰がどう見ても私なんか嫌われ者だからさ。私のために悲しんでくれたって損なんだよ。
魚の雲が私の後ろを横切った。黄昏の光を目一杯浴びて、その身体を焦がしながら。
暗くなる世界の中に、私は別れを告げる。
さよなら、またいつかね。もう会えないね、会いたくないよね。
ごめんね。
勘違いをしていたのはきっと私の方だったんだよ。誰も私を気にしていない、だからこんな言葉を言う意味もない。
意味なんか、無いはずなのに。おかしいな、不思議と言葉が紡がれてしまうんだよ。
本当におかしいね。誰か笑ってよ。
すっかり身を沈めた夕日の代わりに、蒼白い優しいサンタマリアが顔を出していた。
私はサンタマリアと返ってくる事のないキャッチボールを続けながら、夜空に煌めく星屑達を見つめていた。
私の目から見た星の光は何億年前も昔の物で、今現在その星は無くなっているかもしれない。いや、絶対になくなっている。
まるで私みたいだね。自分の境遇を星なんかと重ね合わせて馬鹿みたいだね。ごめんね。
私はサンタマリアに願い事を一つした。それは絶対に届かないっていうのは分かっているけれど、そうしないと自分が自分でいられなくなってしまう気がしてならないから。
毎日毎日同じ願い事ばかりでサンタマリアも飽き飽きしているかもしれない。だけれど、それだけ叶えて欲しい願いだからさ。
両手を組み、物乞いみたいに涙を流した。
次の日も君は私の真下に立っていて上を見つめていた。
なんでそんなに私に固執するんだい? もう前の事なんて全然怒っていないよ。
だけれど君の口は必死で何かを呟いている。遠すぎて、私の耳にはきっと届かない。
私の身体はゆっくりと列車に揺られながら遥か上に昇ってくる。
君が何を口にしているのかは分からないけれど、きっと私の事を思っての事なんだろうね。表情で分かるよ。
どうやら私は勘違いをしていたみたいだ。私は誰にも相手にされない孤独な存在だと思っていたけれど、実は君がずっと私の事を見てくれて想ってくれていたんだね。
ありがとう、でもさようなら。
そうしたら、遂に私の下から沢山の雫が降り注いできた。
ようやくサンタマリアに私の願いが叶ったのかなって。ほっとした。
私は君の悲しい顔なんて見たくないから。雨を降らせた。
君の睫毛を雨で濡らせば、私には君が泣いている事が分からないものね。
君には泣いてほしくないから。私の最期の願いなんだよ。
私の身体は揺られながら、遥か空へと昇っていった。
君の姿はもう見えなくなったけれど、言葉は届いた気がした。
ありがとう、ごめんね。さようなら。
雨上がりの空の上。最後の一粒の雫は、私の目からこぼれて君の睫毛を濡らした。