envy
茹だるような暑さに見舞われた日。
真っ黒い石畳から太陽の熱を一身に受けたために陽炎を引き起こしていた。空を仰ぎ見れば、高い高い蒼天。鋭い飛行機雲が大きな入道雲を突き破って、直線に伸びていた。
一呼吸。肺が焦げ付く炎天下。手をかざせば焼けただれてしまいそうなほどに強い光に、私は恨めしく目を細めた。
今はなくなってしまった両足の切断部をそっと撫で、その度に悲しみと痛みで涙が一杯になって溢れてしまう。
1
私が丘の上の診療所に運ばれてきたのは数週間前の事だった。列車事故によって両足を失った私は、血塗れの中この診療所に転がり込んできた。
本当なら死んでもおかしくないくらいの血を流し、痛みを受けたのに生きている。いや、生きてしまった。足を失い、希望も失い、ついでに夢まで奪われた。中途半端に生かされて、ただ何十年後に寿命が尽きるのを待つだけの生ける肉人形に変わってしまった。
一日目はその事実に衝撃を受けた。二日目はその事実を否定しようと必死になった。三日目はその事実と鏡に映る自分の姿に信じられなくなった。七日目はその事実を否応なしに突き付けられた事に疲れはじめていた。十日目はその事実すらも喜劇だと思い始めた。
そんな事があったから。私の世界の全てに色が抜けたような気がした。
私にとって足をなくす事は生き地獄と大差はないから、私がこの世界に存在する事すら場違いだと錯覚してしまった。
私は自分の殻に閉じこもり、他人と接する事に疲れていた。だからこの診療所での生活で、何日が経過したかは分からないが、私はいつも彼等医師の言葉を無視し続けていた。
そんな日が続いていつ頃の話だろうか。その日も私は医師の言葉を無視して勝手に外に出ていた。
両足を失ったから、今の足は車椅子。だからと言って車椅子に慣れているわけではないからそんな遠くまでは行けない、せいぜい診療所の敷居を越えて近くの通りまで行くのがやっと。
身寄りのない私に私を心配してくれる人はいない。かと言って看護婦によって私が運ばれるのは惨めだったから、私はいつも一人で外に出ていた。
夏の日。蝉の鳴き声がそこら中に響き渡り、かんかんと照らす太陽の光に悩まされていた。麦藁帽子を深く被っても額から滲み出てくる汗に鬱陶しさを感じながら、今日も自分の知らない場所を目指していた。
目的地はない。もとより、目的とすべき場所がないのだ。
じくじくとした足の痛みに比例して、じくじくと心は膿んで行く。
白いペンキで塗り固められた診療所を越えて、砂利道を私は進む。並木道から差し込む木漏れ日に優しく包まれながら。銀の車輪は進んで行く。亀のようにのろのろと。私は血の代わりに汗を流し、涙を流し、何度目かのどうしようもない現実だと体感して絶望を孕んだ。
掌は車椅子のタイヤの跡がくっきりと残り、赤くなっていた。その掌をじっと見て、何度も自分の生と死に自問自答した。だけれど、大した問いはなく、同じように大した答えもなかった。
絶望しかない世界。何度自ら死を選ぼうと考えたのだろう。永遠に続く、思考の螺旋は確実に私を負の考えへと追いやっていた。
歩いて行けば大した事はない道を私は何時間もかけて進んで行った。流した汗と涙の分だけ心は窮乏していった。果てのない負の感情はやがて虚しさと無気力だけを生産するつまらない物へと変形していた。
一体自分はここで何をしているんだろう。誰に言われるでもなく私は一人で動き辛い道を進んで行く。
一体誰の為? 人の為、それとも私の為?
分からない。
そもそも意味すらも見出したくない。何かを考える事ももう苦痛でしかない。
絶望を溜め込んだ足のない皮袋は黒の車椅子に運ばれて、あてもなくフラフラと彷徨した。人ひとりいない道路。もともと人口の少ない町に加えて時間は正午を回ったと言う感じ。誰もいない事は明白で、だからこそ私は私を保つ事が出来た。
一体どれくらいの長い間車椅子を漕いだのだろう。掌の皮はすっかりボロボロになって立ち止まるのも億劫に思えたからひたすら腕を動かした。動かして動かして、腕が千切れるくらいにまで動かして、絶望から逃げようとした。
時間なんて気にしないで、道のりなんて気にしないで、自分の格好なんて気にしないで、ただひたすらひたすら。
気付いた時には空は黄金色に染まっていた。山々はオレンジ色に染まっていて、そこを起点にオレンジ色は引き伸ばされ徐々に薄く溶かされていた。
汗でぐっしょりと濡れてしまった服を靡かせるために初めて手を止めた。麦藁帽子を脱ぎ、持っていたタオルで身体を拭いて、自暴自棄になって熱くなっていた頭を冷やそうと初めて顔を上げた。
その時だった。涼しい風に汗で濡れた額の熱をそっと奪われた。木々が揺らめく音、葉と葉が擦れ合う音に私は気付かされた。
そこは初めて見た光景。ロクに舗装されていない小川。水は酷く綺麗で太陽の光を浴びてキラキラと光りながらせせらいでいる。ゴツゴツとした石が川の周りに転がっていて、それらが余計にこの風景を映えさせた。
風が吹けば、木の葉は靡かれ黄昏の光はあちこちへと拡散されて行く。ひぐらしの鳴き声と水のせせらぎだけに支配された世界。そんな閉塞感に満たされた世界に酷く落ち着く事が出来た。
今までずっと車椅子を漕いでいただけなので周りの風景を見ることなんてなかったから気にもしなかったけれど。
この風景は。綺麗な場所だと、素直に認められた。
2
小川が流れる綺麗な場所。そこは私にとっての憩いの場になっていて、だからあの場所を見付けてからと言うもの、毎日そこへ訪れるようになった。
もちろん足をなくした絶望が払拭出来るわけはない。ただ、気持ちを和らげるためにあの場所は必要不可欠だった。
だから私は今日もあの場所へと進む。自分の気持ちを和らげるために、自分の絶望から逃げるために。
もう車椅子も手慣れたものだった。最初の内は一漕ぎするだけに相当の力を込めていて、次の日には両腕が筋肉痛になっていたと言うのに、今では一定の速度で進むなんて事は苦でもなかった。車椅子が自由に扱えるようになる度に、足がないという絶望もどんどんと増えていった。
私はもう歩く事は出来ない。そんな自虐的な思いはどんどんと膨らんではちきれんばかり。荒んだ心を握りしめて、目的地へと向かった。
新緑に囲まれた静かな場所。聞こえるのは蝉の声音、風の音、木の葉同士が擦れ合う音、水のせせらぎ。
太陽の光がさんさんと降り注ぐ川はあまりにも綺麗に輝いていた。ガラス玉を散りばめたみたいに綺麗で、涼しげな風景。
不格好な石がゴロゴロとしているから川のすぐ側まで行って、水の冷たさを感じる事は出来ないけれど、こうやって見るだけでも私の棘だらけの心が滑らかになっていく気がした。
だけれど毎日変わらない風景に一部だけ異なった物が追加されていた。人。それが小川に向かって何かをしていた。
本当ならば別段気にする事でもなかった。だってここは人通りが少ない場所であって、無人ではないのだから。
そう解釈すれば簡単に済んだはずなのに、その時はなぜだか自分だけの場所が汚されているような気がして我慢が出来なかった。
その人が何をしているのかが気になる。幾重にも連なる好奇心はやがて太い線となり、私の心のわだかまりを徐々に広げていった。
本当なら側まで行って、何をしているのかを確認したい。しかしそんな事すらも今の私には叶わない。今の私には足がないから。足のない私は歩く事が出来ないから。
小川の側は小石ばかりだから、車椅子で行ってもしバランスを崩して倒れてしまったら、起き上がる事が出来ないから。だから諦めた。
興味を持たない振りをして、自分に嘘をついた。
小川のそばで何かをしている人は女のように見えた。黒の髪の毛には白い帽子を深く被っていた。
白いワンピース姿の彼女。遠くから見ても綺麗だと分かる肌。透き通るくらいの白。桃色のサンダルを履いているみたいで、その足の曲線はとても美しく見えた。
足のない私からしてみれば、嫉妬を覚え、気さえ狂いそうなほどにその足は美しい。
こみ上げる負の感情に無意識の内に握り拳を作っていた。
じっと見つめていると、彼女は思い立ったように側に置いてあった鞄の蓋を開けて何か色々と取り出した。バケツに透明の空き瓶、チューブのような物に筆、そして白い板に画用紙。
そこまで彼女が取り出して私はようやくはっとした。彼女はあそこで絵を描くつもりなのだろうと。
絵に関しては無縁な私。だから私は絵の良さなんてちっとも理解していない。でも、昔の友達で絵描きを目指していた子がいた。だから彼女の行動が何となく分かる。
私はもともと外に出て体を動かすのが好きな女だ。今では体を動かす事は出来なくても、頭の中では体を動かしたいと言う欲求は増えていくわけで。だから自分の好きな事をしているであろう彼女に嫉妬した。
それは当たり前の感情論で、それは当たり前の観念論で、それは当たり前の唯心論だから。
小川の側で絵を描く女、ちらりちらりと顔を上げて、景色をその筆におさめていく。様々な絵の具をパレットに乗せて、色を組み合わせながら配色を繰り返していく。
ここからだと彼女の描く絵は見えないが、絵の具を沢山使用しているところから、随分と明るい絵なのだろうという予測が付いた。
私は遂にその女に一度も話しかけないまま、夕暮れになるまで、そこに佇んでいた。彼女も比例して、そこを動こうとはせずに、何枚も何枚も絵を完成させている様子。
何時間も筆を握ったまま、画用紙とにらめっこをして、休憩すら取らずに。彼女の異常なまでの執着心はどこか自分を見ているような気がして随分ともどかしくなった。
何時間も経過し、蝉の鳴き声がひぐらしの鳴き声に変わる頃。その情景に見飽きた私は診療所に戻ろうと思っていた。戻ろうと、車椅子を動かし来た道を戻ろうとしていた。
ふと、涼しい風が吹く。私はこの涼しい風が大好きだから、本当は昼間に来るよりも夕方にここに来る方が好きだったり。
優しい風に麦藁帽子を掴まれた気がして、必死に両手で帽子を取られまいと抵抗した。
頭を垂れて、まるで自分の身を庇うみたいに、体を丸めた。
ようやく風が止み、私が再び後ろを振り向いた時には、さっきまで絵を描いていた女はもういなくなっていた。そこに存在していたのは、私だけになっていた。
3
私は事故を起こす前まではランナーだった。そこそこ有名な人間で、走ることは私が存在出来る唯一の武器だった。
小さい頃から走る事が好きだった私は職業も必然とアスリートへと導かれていった。努力を重ねて、そうこうしている内に知名度の高い大会にも出場し、何回か勝利を重ね、いつの間にか私は一人前のアスリートとして認められていた。
それは当然の結果で、だから私はもっと早く走れるようにと、周りの人間の期待を裏切らないようにと、努力を惜しまなかった。挫折した事も何度もあったし、夢から逃げようと思う事はしょっちゅうだった。だけど私は逃げないで、ただひたすらに走り続けた。
思えば、その時の私は酷く有頂天だった。努力をすればその分だけ誰かに認められる、だから私は努力を惜しまなかった。
周りが見えていなかったから、自分は偉い人間だと履き違えていたから。
こんな悲惨な目にあったのかもしれない。
轢かれた足は見る影もなく、原型すら留めていなかった。自分のなくなった足を、血溜まりを見て、私は泣いた。
診療所での生活が続いてどれくらいが経つのだろう。診療所の庭に咲いている背の高い向日葵の花に囲まれながら、私は水色のジョウロをぶら下げて濁った目でそれらを見ていた。
水は向日葵へと向けられる事はなく、乾いた地面の中へと入り、咀嚼されていく。
日に増す絶望に心は崩壊寸前。駆逐されていく心の柱に私は自身の弱さを身に染みて理解していた。滲む汗を拭う事すら面倒に感じて、何も考える事が出来なくなって、日にちが過ぎて私がいつか死ぬまでの生き地獄を体感するのに絶望していた。
その時、ポタリ、と。鼻先で冷たい液体が弾けた。
今度は頭皮に手の甲に肩に。ポツリポツリと天から降り注ぐ雫に、自然と空を仰いだ。
見上げれば曇天の空。眼球に忍び込む雨粒によって視界が歪む。
診療所の中へと戻ろうとした時に、不意に思い出してしまった。小川で絵を描いていた女は今日も絵を描いているのだろうかと。
私は女を初めて見かけた日から、あそこに欠かさず足を運んでいた。その度に彼女はいて、昼間から日がどっぷり暮れるまで絵を描いている。
私自身にどことなく似ている彼女に、いつしか違和感を感じなくなり、それどころか安心感すら感じるようになっていった。
こんな夕立の中、彼女は今日も絵を描いているのだろうか。
気にしだしたら止まらなくなり、看護婦達の制止を振り切って小川の方へと向かった。
雨は次第に強くなり、体はずぶ濡れになりながらも、車輪を漕ぐ腕を休めない。いつもよりも素早い速度で、周りの事なんか一切気にしないで、小川へと向かった。だから小川へたどり着いた時に彼女が相変わらず絵を描いているのを見て、安堵と同時に焦りも同じくらい出てきた。
例え流れの緩い小川とはいえ、雨の日は川の流れは豹変している。もし足を滑らせて流されでもすれば助かる事はない。
今まで会話なんてした事がなかったが、今はそんな事どうでもいい。彼女に警告するために私は声を張り上げた。
しかしその努力は虚しく、何度叫んでも声は雨の音にかき消され彼女の耳まで届かない。
黒い傘を差しながら、彼女はひたすら絵を描いていた。いつまでも、いつまでも。
叫び疲れた私は肩で息をしながら彼女の無事を祈った。本当なら側まで行って無理矢理でも彼女を非難させたい。しかし今の自分にはそんな単純作業すら出来ない。足がないから。
これほどまでに自分の運命を呪った瞬間はなかった。
息を整えて、再び彼女に警告しようと息を吸い顔を上げた時。
彼女はいなくなっていた。早々とそこから避難したのか、それとも川に飲み込まれてしまったのか。
何が何だか分からなくなって私は泣いた。
4
もうなくなってしまった体の一部をようやく直視出来るようになった。だけれど傷の一部を直視出来るようになってしまったという事は自分の夢を諦めてしまった事でもあった。
絶望は募るばかり。それでも時間は残酷にも体に刻まれた傷を塞ごうとする。
心は崩壊してしまった。何も感じる事が出来なくなってしまい、あの小川に訪れても心が癒されなくなってしまった。
だからほんの軽い気持ちだった。夢がない自分に存在意義はない。自分を捨てようと思い至った。
診療所で自分を捨てる事なんて到底無理だろうから、今まで頻繁に訪れていた小川で自分を捨てようと考えた。あそこならば人に見られる事はまずない。川に顔を沈めて死んでしまえばいい。
カラカラと車輪は音を立てて回る。夕暮れのひぐらしの声に見事に一致して、雰囲気を醸し出していた。空も壁も地面も、全てがオレンジ色に染められた空間を鈍く進んで行く。
車輪の跡が舗装されていない土の道路にくっきりと残り、私の軌跡を作り上げていた。
長い道のりを超えて、いつもの場所へ。夕暮れの小川は泣きたくなるほど綺麗で、枯れ果てた心でなければとっくに泣いていたに違いない。
今日はあの女はいなかった。結局、最後まで話しかける事はなくなってしまったのか。小石だらけの場所に車椅子を動かした。凸凹の道はガタガタと揺れ、遂にはバランスを崩して、私ごと倒れてしまった。
倒れた拍子に頭を打ち、額から血が流れる。それを拭う事もしないで、這いずって川を目指す。自分を捨てるため、自分を殺すため、絶望から逃げるために。
這いずる度に服は汚れ、両腕の皮が擦り剥ける。こんな苦しい思いをするのもこれが最後だから。ほら、あと少しだけ頑張れ。
そして水に体を沈めて、二度と浮き上がらないようにすればいい。
そうすれば、絶望から逃げきれるから。足をなくした私に残っている物は何もない。だから、死なんて何も怖くない。
それなのに、どうして両腕はこんなにも生にすがり付いているのだろう?
この先はどんなに努力しても絶望しかないのは分かっているのに、どうして。
その時。手に不思議な感触が走った。
今までの乾いた石とは違い、表面が滑らかな薄い布地のような。
顔を上げるとビニール袋だった。
ゴミ一つ無いこの綺麗な小川にビニール袋とは随分と相応しくないと思った。それに袋の中には何やら紙の束が入っているみたいだった。気になり、ビニール袋から紙の束を取り出す。
何十枚、何百枚もの画用紙を糸で縫い付けた本。表紙、裏表紙共に何も描かれていない本に不気味さを持ちながらも私は表紙を開いた。
開いて、画用紙に描かれている絵を見た時に驚愕した。
だってそこには私の姿が描かれていたから。私の走っている姿が描かれた絵が何枚も何枚も。
何でこんなにも私が描かれている絵が大量にあるのか、そう疑問に思った時にはっと気が付く。
私が足をなくした時に初めて訪れたこの場所で、私は素直にこの場所を綺麗だと思った。何日かして、一人の女が小川で絵を描くようになった。女はずっと絵を描いていて、だけれど夕方になって私が目を離すと女は決まっていなくなっていた。
彼女はずっと私を描いていたんじゃないのだろうか? 足をなくす前の、絶望に打ちひしがれる前の私をずっと描いていた。
何のために? 答えは簡単、彼女は私のためにずっと私を描き続けていた。絶望に打ちひしがれないでほしい、死を受け入れないでほしいって。
晴れの日も風の日も雨の日も嵐の日も、私のためにひたすら絵を描いていた。例え私に絵の事が気付かれなくても、ずっとずっと。
私は何度も彼女に話しかけよう思った。だけれど出来なかった。理由は容易い。後ろ姿でも分かるほどに楽しく絵を描いていた彼女を羨み、嫉妬していたから。
勝手に私とは場違いな人間だと思い込んでいたから。
だけれど、彼女は私のために絵を描いていると必死に伝えようとした。それは言葉で伝えるんじゃなくて、絵で。私はそのメッセージに気付かなくて、今まで生きてきた。あまつさえ、ここで死のうと彼女の行為を踏みにじろうとしていた。
私に酷く似ていた彼女に嫉妬した私はいつの間にか、彼女を傷付けていた。酷く後悔した。自分の事ばかり考えて、他人の事なんて考えようとしなかった浅はかさに。
いつの間にか出来上がっていた私と彼女の関係はわずかに相違していた事を呪った。
彼女はもう来ない。そんな気がする。もう二度とここに来て絵を描かないからこの絵を置いていった。せめてもの存在表明として。
後悔の念にむせび泣く私。犯した過ちは、二度と修復が出来ない。
本当の絶望は、私が足をなくした事じゃなくて、必死に私を励まそうとしてくれた彼女の行為に気付けなかった事だった。
私とは不釣り合いなほどに優しく美しい風景に、一つ寂しく嗚咽だけが響いていた。