かまってちゃん
灰色に染め上げられた空を仰いでみた。湿った空気が充満した世界はあとわずかで雨が降り始めると私に予告していた。
だらしなく垂れ下がった前髪が邪魔で視界がはっきりと開けない。黒い線が視界に何本も映って向こう側のビルの看板が真っ二つに切れて見えた。
どんよりとした天候を眺めて、すぐに下を眺める。砂利だらけのグラウンドはやっぱりグレーで、でも太陽に照らされていない分汚れて見える。
地面も、空も、今私が立っている屋上も全ての色が統一されていて、立っている感覚さえ失ってしまいそうで。
小さく覗く俯瞰背景にずいと吸い込まれてしまいそうで、胸の上に鉄策を当てて落ちないように工夫しているというのに、今にも自ら落ちてしまいそうだ。
「どうせなら落ちてもいいかもね。首の骨を折って、目と口と鼻から血を流したら、一緒に私の悪い物が流れるかも」
随分と長い独り言はビルの向こう側から鳴り響く鐘の音によってほとんど聞こえる事は無かった。
死んだ瞳の黒には、今眺めている街並みがありありと刻みつけられている。別に綺麗だとは思わないし、汚いとも思わない。
無意味な感傷に身を任せるほどに今の私に余裕は無い。果て無く続く負の感情、自虐の精神。
体中の血液がどす黒く粘ついたヘドロに変わったみたいで気持ちが悪い。
怖いというよりも不安に近い。そして不安というよりも惨めにより近い。そんな感情が1:2:7の割合で体中を渦巻いている。
涙はすっかり枯れ果てた。もちろん嗚咽なんてとうの昔に枯渇した。代わりに口から飛び出すのは耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言。
心の中で留めておいたはずの感情が、堤防を破壊して流れ込んできた。
脳髄でも、心臓でもどこでもない正体不明の機関にこんなに困惑されるなんて。
「もう死んじゃおうかな」なんて呟けば、どこかの誰かの無責任さんが助けてくれるんだろうか。そのたびに私はきっとそれを嘲笑う。「チョロいね」って。
馬鹿ばっかのアホ、ドジ、マヌケの種族だから騙すなんて本当にチョロいよね。
でも、「死んじゃおうかな」って気持ちは割と本気で、だからそんな事を考える私はきっとかまってちゃんなんだよね。
グラウンドから鳴り響く雛鳥のようなうざったい金切り声でふと我に返る。見知った顔の女子2人。見ているだけでもどす黒い感情が沸々と湧き上がってきて、今にも殺してしまいそう。
想像する。
今の私の両手にはダイナマイトが握られていて、それはもうすでに着火されている。目撃者は誰もおらず、だから私はそれを振り上げた。
私の手から硬い感触が消えて行く。着火した爆薬が放物線を描いて女子2人に目掛けて落ちていく。
頭からぶつかったそれ。悪態をついて、ぶつかった物が何なのか探ろうとした瞬間にその表情は豹変する。
涙と鼻水が飛び出て、瞬間に爆炎がほとばしる。轟音と共に真っ赤な雨が辺りに飛び散って、飛散した脳髄が悪臭を漂わせる。残った下半身からはだらしなく排泄物を垂らして、ブルブルと痙攣する。
それを見て乾いた笑いをあげる私、人を殺すってこんなにも簡単なんだって改めて理解。
我に戻った。女子2人は相変わらず金切り声を上げて下品な言葉を並べ立てていて、いつまで経っても爆発する気配は無い。
私の手に握られていたダイナマイトはどこにも無くなっていて、想像が終わった途端虚しい感情に襲われてしまった。
一体何度目の行為の果ての虚無感だろう。こんな風に感じるのはもう嫌なのに、こうしないと気がすまない私がいる。
こんな想像と、私がすっかり満身創痍になった原因を追想する。3ヶ月以上も前の事でも、出来事の真実は彼らの記憶に永遠に刻まれ続けるのだろう。
【1】
その日も曇天の空だった。新学期が始まって早々に委員会の担当決め。
誰もかれも不満を唱えていて、一向に進行する気配が無い。
この世に生を受けて15年目、友達は多い方ではなくてむしろ少ない。本の虫だとか不名誉なあだ名を付けられても、内気な私は言い返す事が出来ずにいた。
反論が出来ない内気な私に委員会の担当が押し付けられるのは割と自然な流れで、仕方なしに飼育委員なんて任されてしまった。
ウサギの世話。正直動物は好きじゃない、というか自分以外のほとんどが好きじゃない。
そもそも学校のウサギは生徒と動物とのふれあいなんてふざけた為にあるわけじゃない。
学校のウサギは殺す為に存在している。殺して、命の大切さだとかを金八先生みたいに言って終わりにする為に存在する。
だから飼育委員っていうのはある意味貧乏くじ。飼育の意味を理解していない馬鹿が増えてきたから、ただの雑用係っていう認識なんだけれど。
餌の与え方もろくに知らないクセに、存在価値を知っている私にとってそれは完全に貧乏くじだった。
でも下手な事をして逃がしたりすれば、それこそ大問題だ。周りの顔色を伺って自分の言いたい事も言えない。
そんな自分自身に段々と腹が立ってきた時期。
ウサギの名前は「チチル」って言う。殺す為の動物なのに、名前を付けて可愛がるなんて随分と身勝手な連中なんだと嘲笑う。
真っ白い体毛は顔の斜め半分と背中の辺り、それから腹部にあって、それ以外は黒いブチに覆われている。
膨らんだ頬袋はいつもせわしなく動いていて、そのたびに中途半端なヒゲがヒクヒクとしている。
いつも身震いしているように見えるその姿は、きっと大衆から見たら可愛らしいと想定させるのだろうけれど、私からしてみたら馬鹿みたい。人間に媚びを売って、数ヶ月後には勝手に死んでいくのに。
それでも人間に従属する姿はまるでかまってちゃん。
ムカムカした感情でウサギを見つめる。クリっとした2つの眼球は確かに私の姿を捉えていて、そこに映った私は酷く貧しく見えた。
ぞっとする感覚。私はその瞳を消し去りたくて、わざと乱暴に柵を閉めてウサギの近くで強く足踏みをした。
【2】
飼育委員に任命されて、一体何日が経過しただろう。今日もウサギの「チチル」の世話の為に貴重な時間が使われる。
どうやら一昨日と昨日の別クラスの飼育係はサボったらしい。飼育日誌には何も書かれておらず、だから私がウサギの世話をしないと餓死してしまう。
舌打ちとため息が混じった何かを吐き出して、同時に図書室で借りていた本を返却しなければと思い出した。
貸し出し期間は今日の17時までで、それを早く返却しなければならない。
私はウサギの世話よりも本の返却を優先するために図書室へと足を運んだ。まだ時刻は16時40分、全然間に合うって。
その日の夕焼けはやけに赤く輝いていて、まるで血のように世界が映って見えた。肌寒い春風に吹かれて、すっかり散った桜の並木道を歩く。
自分を含めた全てが真っ赤な陽光に当てられて、真っ黒に焼け焦げた物に見えていた筈だ。
本を返却してウサギの飼育小屋にたどり着いた時、私は唖然とした。
ウサギ小屋の扉は開け放たれていて、いつもなら縮こまって人間にかまってちゃんを振りまいているウサギが横たわっていたからだ。
ブルブルとした身震いはまったくしておらず、頬袋の震えもすっかり止まっていた。
胸の奥に響き渡る重しで殴られたような感覚。血の気が一瞬で引いて、思わずウサギの体を抱きかかえた。
すると、両手に感じる不快感。見るとウサギの頸動脈は見事に切り裂かれていて、未だにドクドクと赤い液体を体外に排出している。
真っ赤な陽光で同系色となって見えていなかったが、ここは惨状と化している。
零れた液体が私の体にかかる。両手と身体を真っ赤に染めた私は一体どういう風に見えたのだろうか。
それからの事はあまり覚えていない。いつの間にか教師が駆けつけていて、何だかよく分からない言葉を叫んでいる。
私は虚ろな瞳で曖昧な答えを述べるだけで、まったく要領を得ていない。
結果として、今回のウサギが殺されたのは野犬にかみ殺されたという嘘だらけの真実として幕を下ろした。
【3】
ウサギの騒動があったのが今から丁度3ヶ月前。
ウサギが殺された次の日、クラスの担任が私達を飼育小屋まで集めてお決まりの「命の尊さ」について熱弁していた。
集められたほとんどは面倒臭そうに担任の話を聞いたり、その日のウサギ小屋の担当が誰だったのかを聞いていた。
後者が聞かれるたびに視線は私に向かう。言い訳の出来ない状況に黙って担任の声を聞いている事しか出来ない自分にもどかしさを感じた。
それからだった。私に対する「報復」が始まったのは。
ウサギに対する「報復」なのか、クラスに対する「報復」なのかは分からない。要はいじめを少しでも正当にする人材が欲しかったのだろう。
教室に入ると、鼻を摘みたくなる悪臭。その正体は殺されたウサギの死骸。
土の中で落ち着いて眠っていた所を無理やり掘り起こされ、私のいじめの材料にされている。
腐って窪んだ目元、一部の毛が落ちて鬱血した肉が露わになっていた。
クラスの連中はウサギを殺したのは私だと思っているようだった。野犬の可能性を度外視して、カッターナイフでウサギの首を切り裂いたって。
どこかの馬鹿がその時の私を見ていたらしい。その馬鹿っていうのは女子2人なんだけど。
抱き上げたウサギは血だらけになっていて、私の体も血だらけになっていたとか。
でもそうなるんじゃないかって、少し予想していた私がいる。ウサギを殺したのが私なんじゃないかって。
そんな陰湿な嫌がらせが3ヶ月も続いた。元々友達が少なかった私は、遂に友達が0になり、さらにその行為はエスカレートしていく。
最初は平気だった行為にも、段々と限界が近づく。心のキャパシティが決壊する音が確かに聞こえた気がした。
【4】
曇天の空を再び眺めてみた。自分の心と重ね合わせるつもりじゃなかったんだけれど、やっぱり曇天と私の心の色は重なって。
ウサギの騒動について、誤解だって主張すれば今でもまだ間に合うのだろうか。いや、間に合う訳がない。
元から間に合わせる必要も無かったんだ。
動物が嫌いだ、人間が嫌いだって喚いている私は誰かに相手にされたい裏返しで、今沸き上がっている「死にたい」願望だってかまってちゃんの典型。
散々ウサギの事をかまってちゃんだって貶してきたけれど、本当にかまってちゃんなのは私なんだって、今更だけど何となく分かった。
他人を見下して、馬鹿にして、でも他人に傷つけられたり、認められない事が途方もなく惨めに思えて。
馬鹿だのアホだのドジだのマヌケだの。吐いてきた言葉はまるで私自身を貶しているみたいで。
嫌になった。もう今日は目を閉じよう。そしていつもと同じ明日を迎えよう。
繋がる未来に光は無い、闇も無いけど。薄暗がりの永遠を落とし穴に落ちないように必死になっていくだけ。
私というかまってちゃんに架せられた周りからのかまいはどうにも楽しい物ではないみたいだ。




