吐き溜め
「ね、ピエロさん。私をどこに連れて行くつもりなの?」
あどけない顔をした少女は道化師に手を引かれながら暗くなる遊園地の中を早歩き。
道化師は笑顔を絶やさないまま少女の方を振り向いて答えた。
「君のお母さんの所へ連れて行くんだよ。さっき迷子センターで君の事を探していたからね」
赤いフサフサの髪が少女に当たる。なんだかくすぐったくなって少女は道化師から顔を背けた。
だけれど、と少女はついでに反論をする。
「お母さんは私の事をいらない子だからここでずっと遊んでいていいよって言っていたんだよ?」
少女は母親に捨てられたのだった。その証拠に少女の目の下は赤く腫れていた。
しかし道化師は人差し指を一本突き立てると左右に振る。
「そんな事を言っても君のお母さんなのさ、君の事が心配だから探しに来たに決まっているじゃないか」
道化師は少女を励ますように僅かに強く引っ張る。躓きそうになりながらも、少女はそれについて行く、
少女は内心不安であった。もしかしたら自分はまた母親に捨てられてしまうかもしれないと思ったからだ。
「そうかな?」
少女は確かめるように道化師に尋ねた。答えなどあるはずもないのに。
「そうだよ」
道化師は笑った。
それから道化師と少女は小走りで人ごみの中をぬって進んで行った。道行く人が誰も二人の事を変だと思わずに、遊園地に来た女子高生は二人の姿を写真におさめてすらいる。
しばらくして人ごみを抜けて僅かに人気が少なくなると道化師は両手を膝につけながら、ぜいぜいと荒い息で少女に話しかけた。
「少し、ここで、休憩をしないかい? 美味しいプリンを作る屋台が近くにあるんだよ」
プリン。その言葉に少女は目を爛々に輝かせた。なぜなら少女はプリンが大好きだったからだ。
「本当に? ピエロさんありがとう!」
思わず少女は道化師に抱き付いてしまった。抱きつかれた道化師は白粉からでも分かるくらいに頬を赤く染めている。
「そ、それじゃあ買ってくるから、ここのベンチで座って待っていてね!」
道化師は少女がどこかに行ってしまうのか不安で仕方がなかった。だから何度も後ろを振り向いては少女がベンチに座っている事を確認する。
暗くなる空の中で、道化師は一つくしゃみをしていた。
1
プリンを買ってきた道化師は少女にそのプリンを手渡した。ビニール袋を破いて、取り出したプラスチックのスプーンを丁寧に少女に受け渡す。
少女はプリンをひとすくい。そうして口へと含む。
道化師にとってその一連の動作が、少女の喜びが至福の瞬間だった。
「美味しいよこのプリン! ピエロさんは食べないの?」
プリンは二つあるのに残りのプリンに手をつけない道化師に少女は不審に思った。しかしとっさに道化師は両手をぶんぶんと振って「今は食べられない」とだけ告げた。
そうして少女がプリンを完食しきると、再び手を繋いで遊園地の中を歩き出した。迷子センターへと向かって。
そこへ向かう途中で様々なアトラクションが少女を魅了した。
メリーゴーランド、ジェットコースター、観覧車などなど。一つのアトラクションを通りかかる度に少女は目を輝かせてそれらを見つめていた。
道化師はその姿をみるのがやはり堪らなく好きで、迷子センターへと早く連れていかなければとも思っていた。
2
そうしてようやく迷子センターへと到着した。
その頃には人気はまるでなくなっていて、何だか遊園地に灯るネオンも小さくなっていた。
迷子センターと書かれた看板。しかしその建物はトタンを張り合わせただけの小さな小屋。
建て付けの悪いドアを開けると道化師は少女を中に通した。少女はまるで疑う事もなく、その中へと入っていく。
プリンを食べさせてくれた優しいピエロ。だからきっと嘘なんて吐く筈がない。
灯りのスイッチを入れると途端に真っ暗だった空間がパっと明るくなって見えた。
道化師は手を擦り合わせながら笑顔で少女の両肩を優しく掴んで、壁際のベンチへと座らせる。
「今からお母さんを呼んでくるからね、少し待っていて」
そう言って道化師は部屋の奥へと消えて行った。
少女はこれから母親と何を話すべきか迷っていた。だが同時に嬉しくも思っていた。なぜなら実は自分の事を心配していてくれたのだと分かったから。
「だけれど、何かなこの臭い?」
思わず少女は首を傾げた。何かが漂ってこちらまで迫ってきている。
非常に身近な臭いだというのに、その正体がはっきりしない。
やがて部屋の奥から車輪の音と共に道化師が現れてきた。
少女は今まで言えなかった謝罪を母親に述べようと、ベンチから立ち上がり道化師の方向に向かって行った。
そして、停止した。
そこには少女の予想した他の母親の姿があったからだ。
母親は車椅子に座って道化師に引かれてきた。足が不自由な訳でもない母親が車椅子に座っているのもおかしな話だ。
母親の顔面は真っ赤に染まっていた。二つのまぶたは真っ黒な空洞が生まれていて、元あったはずの歯と舌はどこにも存在しなくなっていた。
「お母、さん?」
少女は震えた。そしてゆるりと涙が目からあふれ出てきて、ようやく理解した。
いつの間にか道化師は少女の後ろに立っていた。
そうしていつの間にか持っていた手錠で、少女の両手を縛り付ける。
「君の会いたかったお母さんだよ? だけれど君のお母さんは悪い子だったからお仕置きを受けてしまったんだ。彼女はボクの言う事を聞いてくれなかった。だから試しに“食べて”みたのだけれど、やっぱり大人のお肉は固いんだよね」
少女は恐怖のあまりに何も言えずにいた。その表情を見ただけで、道化師は興奮する。
「いいね、その顔。幸せだったあの時の顔が一瞬の内に恐怖に変わるのが堪らなく好きなんだよ」
少女の頭をガッシリと掴んでギラギラの目を少女に向ける道化師。
「君は子どもだからお肉が柔らかそうだよね。実はボク、プリンなんていう甘いもの大っ嫌いなんだ」
少女が聞いた最期の言葉はあまりにも残酷で。
3
迷子になった少年が道化師の前に現れていた。
「どうしたのかな?」
道化師はつとめて優しく少年に語りかけた。
「お母さんと、はぐれちゃって」
ぐしゃぐしゃの顔を道化師に向ける少年。
道化師は小さく微笑みながら答えた。
「君のお母さんが迷子センターで待っているよ、途中でプリンも買ってあげる。一緒に行こう?」




