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星影ロンリーハート  作者: CoconaKid
第九章 輝く星になるために戦いに挑んでしまった
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 ケムヨの部屋のドアがノックされ、シズが様子を伺いに入ってくる。


「お嬢様、どちらもお帰りになられましたけど、あの、大丈夫でしょうか。私が事をややこしくしたんじゃないかと思うと心配で」

「シズさんのせいではありません。大丈夫ですから心配しないで下さい」


「そうですか。お嬢様にそう仰って頂けるんでしたら、安心しました。でももし何かありましたら、すぐに仰って下さい。私もあのお二人にどう接すればいいかもご指導頂けると幸いです」


 シズはかつてない出来事に困惑しているようだった。

 それもそのはずである。

 ケムヨの不利益になるようなことをしたくないためにケムヨに接する人物にはシズも注意しなければならい節があった。


「シズさん、ご迷惑お掛けしてごめんなさい。あの二人とは普段通りに接してくれればいいです。あとは私がなんとかしますので」


 無理にケムヨが微笑むとシズはその気持ちを察してその後は何も言わず、ただ礼だけをしてその場を去っていった。


 ケムヨは深いため息を一つ吐き、放心状態となってしまう。

 描こうとしていた絵のことを思い出し、デスクに向かって座った。


 スケッチブックを開け、鉛筆を握るが頭に浮かぶのは翔の事だった。

 翔はケムヨと別れたことを後悔し、全てを許して欲しいと謝罪してきた。


 そしてケムヨのことをこの時も思い続けていた。

 そんな翔の気持ちを思うとケムヨは息苦しくなる。


「だったらなぜあのとき浮気なんかしたのよ」

 当時抱いた気持ちが蘇り、そう言わずにはいられなかった。


 

 全てを打ち明けようと覚悟を決めて、翔のマンションへ向かったあの日。

 その日は休日だったが翔に仕事があるからと会えなかった日だった。

 だから夕食の支度も兼ねようと食材も抱えていた。


 留守だと思ったから、持っていた合鍵を使って翔の部屋へ入ったら、翔は上半身裸で他の女性とソファーの上で抱き合っていた。


 ただ抱き合っていただけならまだ許せたかもしれない。

 だが女性は翔のシャツ一枚だけを身に着けていた。


 寝室のドアが開いていたので何気にそこに視線が行く。

 シーツが乱れた状態で床に女性の服が散乱しているのを見れば、この日はずっと彼女と過ごしてたと知るのには充分過ぎる光景だった。


「私はあの時どうしたんだっけ」


 ふと自分の行動を振り返る。

 本来なら取り乱して動揺するのだろうが、ケムヨはもちろん衝撃を受けていたとはいえ、一般の女性が取る行動よりは幾分落ち着いていたかもしれない。

 冷めた悲哀の目つきで暫く二人を見ていた。


 周りの様子もはっきりと思い出せ、かなりの酒の缶やグラスも散らかっていたのも覚えていた。

 翔も突然のケムヨの訪問に驚いていたが、いい訳は一切せずに見たままだと自分がやったことを認めていた。


 女性の方も恥ずかしさをおくびにも出さず、堂々としていたものだった。


 もしあの時、翔がケムヨに許しを請うように焦った態度でいい訳していたらケムヨもただの遊びだったと思ったことだろう。だが翔は弁解するどころか、あっさりと非を認める形で開き直った。


 だからケムヨはその空気の流れを一瞬で読んだ。

 悲しみよりも、まるで自分に非があるように感じ、こうなったことは自業自得とすら思えてしまった。

 実際は浮気する男の方が悪いと言うのに。


 衝撃が強すぎて放心状態で感情がプツリと遮断されてしまったのかもしれない。

 その状態で出た言葉はこれだった。


「翔、これで終わりね。さよなら」

「ああ」


 翔は目を伏せて小さく相槌を打った。

 翔もまた突然の出来事にアルコール付けの脳では思考能力が低下して適した言葉が出なかったのかもしれない。


 その時、二人の間にははっきりと切れた絆が目に見えて、取り返しのつかない状況とスマートに悟り、途切れた音声の後の静寂さを持続させようとできるだけ静かにことを運んだ。


 そうする事が一番この時にふさわしいとどちらも思ってしまった。


 その背景にケムヨはどこかでこうなることをいつも感じていたところがあった。

 翔に釣り合おうと無理をして、必要以上に翔のサポート、いわゆる『つくす』といったことをしていた。


 ケムヨの方が翔に惚れ込んでいたということだった。

 翔にとったらただの都合のいい女に映ったのかもしれない。

 それにすぐに気がつけたから、あっさりと手が引けたと思った。


 でもそれはただのいい訳で、精一杯の矜持に過ぎないと、誰かに突っ込まれたら一瞬で発狂に変わる恐れもあった。

 だから刺激を与えないように極力静かに振舞っていた。


 翔も威厳を持ち過ぎて自分の過ちであっても取り乱さずに、ケムヨの態度を尊重して大人しくしていた。

 二人ともそれはまるでビジネスの一環のような扱い方だった。


 

「もしあの時、取り乱して翔に感情をぶつけていたらどうなっていたのだろう」


 ケムヨは考えてしまう。

 スケッチブックの上にいつしかぽたぽたと涙がこぼれる。


 紙は一度濡れると乾いても染みを作り元の状態には戻れない。

 ケムヨはその涙の後を見つめ、過去のことはどうあがいても元の状態には戻れないと言うことを見せ付けられた。


「やっぱり元には戻れない」


 口ではそういい切っても、まだ涙は止まらない。

 スケッチブックの上に落ちる涙の後はくっきりと残る。


 またそれは消えない自分の思いのようにも見えてしまい、ケムヨはどうしていいのか分からなくなっていった。


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