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星影ロンリーハート  作者: CoconaKid
第八章 流星が降りそそぎそれに当たってしまった
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「笑美子さん、昨日の無礼をお詫びしたいと思い、やってきました」

「ハルトさん、そ、その格好は」


 目の前に居たのはホテルのボーイの服を着た松岡ハルトだった。

 赤いバラの花束を抱え、背筋を伸ばしてキリリと立っている。


 そしてケムヨの好きなあの制服を強調するかのように、ビジネス用の洗練されたスマイルで爽やかにケムヨを見つめていた。


 ケムヨが圧倒されている間に、バラの花束を押し付けられ、条件反射で知らずと無言で受け取っていた。


「本当にすみませんでした。あの後深く反省し、どうしたら許してもらえるかと考えた末、本日仕事場を抜け出してこのままの姿でやって来たわけです」


 まさかここでこの制服を見られるとはケムヨは思いもしなかったが、だからといってそれに惑わされるという訳ではない。

 ケムヨは落ち着いて対処した。


「いいえ、もう済んだことです。それに一番悪いのはうちの祖父です。ハルトさんを巻き込むようなことになってしまって、こちらこそ申し訳ございません」


 ケムヨも頭を下げた。


「ケムヨさんどうか私のこともう一度考えていただけませんか? 幸造さんが私にお声を掛けて下さったのはそれなりに私が適していたと判断されたからだと思うのです。私ならきっちりと役目を果たすことができます」


「例えそうであっても、私は祖父の言いなりにはなりたくありません。ハルトさんには色々とお世話になっておきながら、失礼な態度とは思いますが、これだけははっきりとお断りさせて頂きます」


 ハルトはここでため息を一つ吐いた。


「この制服を着て来てもダメなんですね」

「はい。私はその制服は好きですが、その外見だけで物事を決めることは致しません。だけどハルトさんが私に興味を持たれたのは、まず最初に、私のバックグラウンドではないのでしょうか? 私は二の次のような気がします」


「そうですね。確かに、最初に幸造さんの立場を考えて判断したところがあります。笑美子さんと初めてお会いしたとき、もちろんその美しさも気に入りましたが、結婚したいと思ったのは前者が勝っていたと思います」


「どこまでも正直なお方なんですね。却ってそれが好意的に感じ取れるくらいです」

「お褒め頂き光栄です」


 ハルトはホテルのお客を扱うように丁寧なお辞儀を返した。


 ケムヨはその姿を素直に楽しみ、くすっと笑った。

 ハルトも釣られて笑みを返す。


「それでは、まだ仕事が残っておりますので、私は潔く去ろうと思います。これに懲りずに、笑美子さんのご家族と末永いお付き合いできますこと切に願います」

「ご丁寧にありがとうございます」


 ハルトはどこまでもホテルで育った人間だった。

 礼儀正しくする事が体に染み付いて、それ以上強引に自分の我を押し付けることはなかった。


 正々堂々として、権力を持ちたいと欲を持っていても爽やかに見えるから不思議だった。

 やはり祖父が見立てたとおり、芯のある野心家で、まっすぐと信念を持って突き進む男だとケムヨは感じていた。


 オタクな気質なためまだその制服を見ていたかったが、交際を迫られて断っているのに引き止めてはおかしいと、あっさりとそこで別れを告げた。


 ドアを閉めふーと息が漏れた。

 手に持っていた赤いバラから微かに漂ういい香りが、一時的にほっとした気持ちにさせてくれた。



 ハルトはドアを閉めた後、残念そうに屋敷を眺めていた。

 見掛けはおんぼろで汚いが、その中にあるものの価値を知っているだけに、とてもがっかりしてしまう。


 制服を着てきてもやはりだめだったかと、肩を落としてその場を去ろうとしたとき、門の前でばったりと将之と出会ってしまった。


「あんた、そんな格好でここで何してるんだ」


 将之はじろじろと制服を見つめながら、驚きを隠せないでいた。


「先日の無礼を謝りに来ただけさ。制服なのは仕事の途中を抜け出したのと、彼女が制服好きなのを知っててさ」

「えっ? 制服好き?」


「そう、こういう正装した服に萌えるそうだ。この姿を見たら、私との交際を受けてくれるかもと浅はかに思ってね」

「で、受けたのか?」


「まさか。そんなに簡単に行く訳がないだろ」


 将之はそれを聞いて少し安心した。


「まあ、私がこの状態だから、きっと君も同じことだろう」


 その言葉を聞くと将之の胸にぐっと鋭いものが刺さった。


「あの、昨日教えてくれた話だけど、俺は絶対に逃げないことにした」

「そうですか、勝手にされたらいいことでしょう。でもきっと君は認められない。そういう器じゃない」


「そういう器…… ってやはり相当修羅場をくぐるような人間ってことなのか」

「そんなの当たり前じゃないですか。時には命を張るくらいの覚悟じゃないと務まりません。ああいう世界は常に食うか食われるかの戦いでしょ。おっと、こんなところで油を売ってられない。それじゃ失礼します」


 ハルトは制服を着ていたのでホテルの顔として見られるため、失礼な態度は絶対取れなかった。

 ハルトも自分の立場をよく分かっていた。


 最後は癖で、将之に丁寧にお辞儀をして、そしてその先に停めてあった車に乗って行ってしまった。


 将之はまたハルトから聞いた言葉に心臓をバクバクさせていた。


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