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星影ロンリーハート  作者: CoconaKid
第五章 二人寄り添い夜空の星を素直に眺めてみた
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「えーっと、ナサ…… ケムヨさんでしたね?」

 修二は恐る恐る声を掛けた。

 ケムヨはそろそろ名前のことを聞かれるだろうと慣れた態度で、笑顔を修二に向ける。


「はい、変わった名前で、皆からいつも驚かれるのは慣れてますので、変に思って下さって結構ですよ」

「いえ、違うんです。そのお名前を聞いたことがあったので、もしかして絵のお仕事なさってませんか?」

 ケムヨは息を飲んだ。


「ナサケムヨさんのお名前はペンネームですよね」

「あ、あの……」

 ケムヨがうろたえた姿を見せたので、修二は気を遣う。


「何かご事情がおありみたいですね。別に困らそうとか思ってる訳じゃないんです。実は私もその道をかじってまして、ケムヨさんの作品を以前お見かけしたことがあったものですから。それにこのイベントをご覧になれば、大体の事情を分かってもらえるかと。これに私も関与しているんです」

 ケムヨも実はこの状況が気になっていた。


 周りの絵はイラストやアニメっぽい作風で、見に来る客もそれに興味を持つオタクっぽい雰囲気が漂っている。

 展示されてるオブジェも、フィギュアやロボットなど、周りにはコスプレをしたような人たちも見受けられた。

 ケムヨは修二に親しみを感じてにこっと微笑み、隠しても仕方がないと潔く話し出した。


「ええ、かつては私もこういう世界が大好きでした。今は少し遠ざかってますけど、当時の気持ちを呼び起こされていたところです。その名残で、知り合いから時々イラストを描くことを頼まれるので、たまに描いてますが、仕事にしてるほどでもありません。ほとんどボランティアみたいなものです」

「そうですか。私はお恥ずかしながらまだ現役でどっぷり浸かってます。30にもなるのにこんな状態で頼りないですから、将之の方が兄のような気分です」


「まあ、確かにしっかりしてるようですが、少し強引すぎるところも…… あっ、すみませんつい」

「いいんですよ。兄がこんな状態ですから、将之はそうせざるを得なかった。いえ、本当は自分でもそのような役を演じているってわかってやってるんです」


「演じてる?」

「はい、将之は本当はもっと優しくて繊細で寂しがりやな奴なんです。本心は弱音を吐きたいのにそれができない。真の自分を押し殺して頑張ろうと立ち向かう奴なんです。本来なら年上の私がしっかりして将之を支えてやりたいんですけど、あいつは私には遠慮して本音をぶつけてこないんです」


「兄弟にも色々とありそうですね」

「そうですね。色々な兄弟がいますから」

 修二は誤魔化すようにヘラヘラと笑っていた。


「どうか弟を宜しくお願いします。今日は仕事にお付き合いさせているようですが、将之がここへあなたを連れてきたのはきっと本音で語り合えると思ったからでしょう。実は将之もこういう世界は好きなんですよ。それとなく本当の自分を見せようとしてるんだと思います。私にはそんな気がします」

「あの人、そんな趣味があったんですか」

 ケムヨは寝耳に水だというように目を丸くした。


「絵も描かせたら上手いですよ。小学生の時はコンクールで賞を取ったこともありますから」

「えっ、将之、絵を描くんですか?」

 趣味の話をしてケムヨが絵を描くのかと聞いたとき将之は『描かない』と答えたことを思い出す。


「イケメンでスポーツマンタイプなだけに少し意外でしょ。私の影響もあると思うんですけど、親も揃って美大を出ましたのでその才能を受け継いでると思います」


 だから将之は興味深い目でケムヨの画材道具を見ていた。

 しかしなぜ『描かない』と言い切ったのかケムヨはつい訝しげな顔つきになりながら考え込んでしまった。


 だができないという意味の『描けない』とは言ってなかったと気がつく。

 『描かない』と『描けない』では微妙に意味が違ってくる。


 ケムヨが黙り込んでいると修二はそわそわし出した。


「あっ、すみません。こんな話退屈でしたね」

「いえ、違うんです。あのちょっと思うことがあって」


 ケムヨは必死に弁解していると修二も取り繕うように提案する。


「将之も中々帰ってきませんし、宜しければ中へ私がご案内します」

 ケムヨも「はい」と返事して修二の後を着いていった。


 中は混雑していたが、学生時代の文化祭を思わせる賑わいぶりだった。

 同じ趣味を持つものが集まり、好きなものの前で楽しそうに語らっている。

 好きなものにしか分からない話に花を咲かせる。


 修二も専門分野で詳しく知っているために説明がマニアックになっていく。

 だけとケムヨも理解できるだけに楽しくなっていた。


 そこにコスプレをしている人が目の前をよぎるとケムヨはじっと見てしまう。そういう衣装には弱いところがあった。

 オタクっ気が入ってるためについ刺激されて萌えの部分が露呈する。


 修二に「お好きですか?」と聞かれ素直に「はい」と答えると和んでしまい、意気投合したかのようにお互い笑顔で色々な話を語りだした。


 時には壷を突かれて大笑いまでしている。

 普段話すことのないオタクネタはこの時とばかりケムヨも本音でつい語ってしまった。


 修二が話しやすい雰囲気を持ち、共通の話題が濃く現れたのですっかり安心しきっていた。

 暫く展示物を見ながら、ケムヨも自分の想像力を発揮していた。



 その頃、将之はケムヨを探していた。

 人ごみを掻き分け、やっとケムヨを見つけたとき、自分には見せたことのない表情で初対面の修二と話しているのを見てなんだか取り残された気持ちになってしまった。

 ケムヨがお腹を抱えて笑っている姿に少しショックを受けてしまう。

 近づいてついケムヨの腕を引っ張って修二から引き離してしまった。


「ちょっと痛いじゃない」

 ケムヨが声を上げた。


 将之に文句の一つでもいいたいと顔を歪ませているとそれ以上に将之が不機嫌になっていた。


「なんで修ちゃんがケムヨと仲良くしてんだよ」

「将之が中々戻ってこないから退屈しないように案内してたんだよ。落ち着けよ。ケムヨさんみたいな美人が私のようなデブのオタクなんか相手にするわけないだろう」

「いや、わからん。ケムヨは普通と違う奴だから、案外修ちゃんのようなのがタイプなのかもしれない」


 『もしかしてヤキモチ焼いてるの?』と聞きたくなるような顔をしてケムヨは唖然と見ていた。

 あまりにも分かりやすい将之の行動が子供じみておかしくなってくる。

 まるで自分の玩具を取られるような不安さを抱いているようにも見えた。


「将之、ケムヨさんにかなりぞっこんみたいだな」

 修二は心配するなと将之の肩を叩き、軽く笑っていた。


「ああ、その通りだ。ケムヨは俺のものだ」

「ちょっと、私、いつからあんたのものになったのよ。勝手に決めないでよ」

「いずれそうなる。安心しろ」


 気がつけば、周りは取り囲んで三角関係になった様子を窺っていた。

 急に恥ずかしくなり、ケムヨは修二に軽くお辞儀をしてそそくさと身を隠すように去ってしまう。


「将之、あまり無理はするなよ。強引すぎると身を滅ぼすぞ」

「俺はとっくに身を滅ぼしてるよ。失ったものが多すぎるから俺は力づくでも欲しいものは手に入れたくなるのさ。そして一度手に入れたら今度は失うことに恐怖を感じてしまう。修ちゃんだったら理解してくれるだろ」

「将之……」


 修二は兄として弟を助けてやれないことに負い目を感じてしまい、その後は何も言えなくなっていた。

 将之は修二に寂しげな笑みを残し、ケムヨの後を追いかけていった。


 

「ケムヨ、勝手にちょろちょろするなよ」

 会場の外でやっとの思いで将之はケムヨに追いついた。


「あんたがあんなところでバカなことを言うからでしょうが。目立って恥ずかしかったのよ」

「だけどなんで、兄貴とあんなに意気投合してたんだよ。合コンでもあんな態度見せなかったくせに」

「えっ、そ、それは、修二さんの話が面白かったから」

「一体何を話してたんだよ」


 ケムヨは将之の前では弱みを見せるみたいで自分の趣味のことは詳しく話せない。

「絵についてに決まってるじゃない。将之もどうして私をここに連れてきたのよ。本当はこういう世界が好きなんでしょ」

「いや、別に。俺、絵を描かないもん。興味ないよ……」

「えっ?」


 修二が言ってたこととやっぱり矛盾する。

 そこを突っ込もうとしたがその前に急に将之がすまなげな表情になって話し辛い雰囲気になってしまった。


「昨晩、夜遅くまでここの準備してたから、様子を見に来ただけなんだ。仕事の付き合いをさせてすまなかった」


 素直に謝る態度にケムヨは意表をつかれた表情をしていると、将之は優しい瞳を向けてニコッと微笑んだ。

 それは引きつけられるようにリードを握られ、ケムヨはすっかり将之の調子に合わせられてしまう。


「それじゃ行こうか」

「行くってどこへ?」

 将之は自分に従えと言わんばかりにすでに先を歩いていた。

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