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星影ロンリーハート  作者: CoconaKid
第四章 いつも目の前に現れ心惑わされてしまった
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 夜も益々深まり、将之が家路に向かい暗い夜道を歩いている時、背広のポケットに入れていた携帯の音楽が鳴った。

 画面を見れば番号と共に『篠沢修二』と名前が出ている。

 将之の兄だった。


「なんか用か、修ちゃん」

「将之、今何してる?」

「何してるって、自宅のマンションに戻る途中」

「こんな時間にか? 最近仕事終わってもまっすぐ家に帰ってないみたいだな。もしかして久しぶりに新しい彼女できたか」

「まだそこまではいってない。今はアタック中」

「なんだやっぱり女か」

「そんなことわざわざ訊くために電話してきたのか?」

「違う、仕事の件だ。あのイベントのことなんだが」

「もしかして今週の土曜日開催のイベントのことか?」

「そうだ。時間がなくてちょっと手伝って欲しいんだ」


「はいはい。兄さんの頼みだ。お安い御用ですよ」

「そっか、恩に着るよ。それから、母さんがたまには実家に帰って食事しに来いだって。一人暮らしで栄養偏ってないか心配してたぞ。たまには母さんに甘えてやってくれ。俺よりも将之が甘えた方があの人は喜ぶ。お前の方がだんぜんかっこよくハンサムだからな。俺よりも愛されてるぞ」

「何言ってんだ。修ちゃん」

「でも本当のことだ。特に俺は訳ありの息子だからな。将之の方が母さんは好きなんだよ。それに父さんもな。会社が大きくなったのはお前のお陰だ。俺も将之のお陰で好きなことができるってもんだ。できのいい弟を持って本当に感謝してるよ」

「将来は長男の修ちゃんが後を継ぐんだぜ」

「俺は辞退させてもらう。将之が継げ。篠沢家の跡取りはお前だ」

「修ちゃん! それは……」

 将之の言葉をかき消すように修二は話を締めくくる。

「とにかくイベントのことはよろしく頼む。それじゃまたな」

 音を繋ぐパイプがスパッと切れたように電話は反応をなくした。


 兄の修二は事あることに跡取りや両親のことを持ち出してくる。

 まるで将之が何も気にしてないと思うかのように。

 いや、気にしてるのを分かっているから気を遣って言ってくるのかもしれなかった。

 兄の修二のことを将之は物心ついたときから大好きだった。

 父や母も優しくこの上ない両親に恵まれたと心の底から思っている。

 目立った言い争いも、喧嘩もしたことがない。

 常に理想を絵に描いたような家族であることは間違いない。

 だけど将之はため息を吐いていた。


 そして夜の闇に寂しさを植え付けられそうになるのを必死に堪えて自分のマンションに早足で向かう。

 まるで迷子になって心細さにべそをかいた子供のように。

 26歳という若さで父親が経営する会社の重役クラスにつき、同じ年代の者と比べれば、そこそこ稼げて地位もある。

 将之のことを知らないものがその事実だけを見れば、親の元で決められたレールをただ歩む恵まれた奴とでも言われそうだが、実際将之は汗と血を滲ませたくらいの努力をしてここまで来たのかもしれない。

 もちろんそんなこと自分では口に出しては言わない。

 ただ常に妥協を許さず、無理をしてでも登りつめてきた。

 本当は負けそうになるくらいの寂しさを胸に潜め、孤独を感じないように演じているに過ぎなかった。

 すれ違う車のライトを時折眩しいと目を細めて見つめ、将之は自宅前まで来ていた。


 街の中心からも近く、都会にふさわしい高いビルが建ち並ぶ景色が見回せる高層マンションの一角に将之は住んでいた。

 一人で住むには広い間取りだが、仕事もできるオフィスの役割も果たしている。

 その部屋に戻り、帰るなり早速冷蔵庫から冷えたビールの缶を取り出す。

 それをもってベランダに続く窓を開けて外に出た。


 周りのビルから漏れる明かりが夜の暗さをはじけ飛ばしている。

 空には見えにくくなった星が点々とおぼつかない光を出していた。

 缶のプルトップを引き、一口で飲めるくらいの量を口に含んでごくりと飲み込んだ。


「またあいつと一緒に飲んでみたい」

 夜の冷気に冷やされた風を受け、将之はケムヨのことを考える。


 ケムヨを追いかけているときは、ゲームに夢中になって遊んでいる子供のような純粋な気持ちになれる。

 子供の時はそんな風に遊んでいたもんだと自分を振り返る。

 あの時は無邪気に何も深く考えずに、好きなことをしていた。

 その先も暫く子供のままの心でいられたらどんなによかっただろうか。

 将之はほんの少ししかそんな時間を過ごせなかった。

 また缶ビールを口元に持っていき、今度は一気に飲めるところまで喉に流し込む。

 酔えるなら酔いたい。

 少しでも今の自分を忘れてしまいたい。そんな願望を持っている。


「ケムヨと飲んだら、我を忘れてしょうもないことで意地を張っても楽しく勝負できそうだ。俺に振り向かない女。即ち同情も情けもかけずに対等で付き合えるってことだ。名前もナサケムヨ(情け無用)だしな。だから俺、あいつのこと気に入ったのかもしれない」

 ケムヨのことを考えると急におかしくなってきてくすっと笑っていた。


 そしてビールを飲みきると、軽くくしゃっと缶を潰していた。

「さて、明日もプリンセスに会いに行くか」

 将之がそう呟いたが、このときのプリンセスは猫よりもケムヨのことを意味していたかもしれない。

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