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星影ロンリーハート  作者: CoconaKid
第四章 いつも目の前に現れ心惑わされてしまった
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「お帰りなさいませ、笑美子お嬢様」

 シズが背筋を伸ばし旅館の女将のような気品さを添えて玄関で出迎えてくれた。


「あの、お嬢様。先日ここに来られた男性ですが、確か篠沢さんでしたね。あの方ずっとこの辺りをうろついておられましたが」

「ああ、気にしないで。構うとややこしくなりそうだから放っておいてあげて。猫を手懐けようとしてるだけ」

「はぁ、猫ですか……」

 ケムヨは廊下を歩き部屋の前まで来たとき、シズは思い出したかの様にまた声を掛けた。


「あっ、忘れるところでした。近日中に平日でお休みが取れる日はございますか?」

「平日で休みが取れる日? どうして?」

「いえ、その、たまにはお嬢様とお買い物にでもと思いまして」

「買い物? シズさんと? 平日に?」

「は、はい。だめでしょうか?」

「別にいいけど。どうしたの? なんか珍しい」

「いえ、そ、その。どうしてもお嬢様に見立ててもらいたいものがありまして、それが平日じゃないと都合が悪くて、その……」

 シズは言い難そうにいつになくどもっていた。


 ケムヨは首をかしげながらも、シズからの頼みとあれば邪険にできないと快く承諾する。

 後でスケジュールを調整すると言って部屋に入って行った。


 部屋の閉まる音がすると、シズは胸に手を当てふーっと息を吐いていた。

 何か企んでいるのは明らかだった。



 そんなことも微塵も知らずケムヨがこの日の一日の疲れを取りたいと部屋で一息ついたとき、携帯電話が鳴り響く。

 携帯電話の画面を見れば、夏生からだった。


「もしもし、どうしたの?」

「あっ、ケムヨちゃん。この間はごめんね」

「何度も謝らないでよ。あれから何回同じこと言ってくるのよ。もういいから」

「でもなんか気になっちゃって言わずにはいられない」

「だったらなんであんなことしたのよ」

「ほら、やっぱりまだ怒ってる」


「だから怒ってないって。それでそんなこと言うためにまたわざわざ電話してきたの?」

「あっ、違うのよ。真理絵から聞いたわ。優香さん合コンのことで怒ってるって。それでケムヨちゃんにもなんか被害行ってないかなと思って」

「えっ、別に何もないけど、確かに優香さんは取り乱すくらいショック大きかったみたいね」

「やっぱり」

「でも夏生は気にすることなんてないよ。それに合コンしたからってすぐにカップルになれる訳でもなし、優香さんがあの場所にいても上手く行かなかったと思う。結局は皆発展なしでしょ」


「それが、真理絵と義和さんなんだかいい雰囲気なのよ」

「えー、そうなの。それはすごい」

「まだ知り合ったばかりだから、友達になった程度だけど、この先わからないよね。そういえばケムヨちゃん、将之さんとはどうなったの? 将之さんはなんだかケムヨちゃんのこと気に入ってたみたいだったけど」

「えっ、それは、その……」

 ケムヨはなんだか慌ててしまった。

 

 向こうから来るとは言え、将之とは合コンの後も会っている。

 望んでないのに偶然出会ったりもしている。

 それを夏生に話すべきか迷っていた。


「ケムヨちゃん? どうしたの?」

「ううん、なんでもない。私の趣味じゃないし、どうでもいい存在」

「そっか。別に無理強いをしているわけじゃないんだけど、あのさ、ケムヨちゃんはまだ翔さんのこと引きずってるんでしょ」


 突然『翔』という名前を聞いてケムヨは条件反射のように息が詰まってしまった。


「おせっかいかもしれないけど、ケムヨちゃん、そろそろ他の男の人と付き合ってもいいんじゃないかな。そうした方が翔さんのことも忘れられると思うんだ」

「夏生が心配してくれる気持ちは有難いと思うよ。でも夏生だって私の立場わかってるでしょ。うちのおじいちゃんがどういう人かも知ってるでしょ」

「それは分かってるけど、でもケムヨちゃん、あれから変わっちゃたから、なんか見てられなくて。それにもうすぐ翔さんも海外から帰ってくるから、その前になんとかしたかったの」


 夏生は気まずい思いを抱えながら小さな声で言った。

 ケムヨはなぜ夏生が騙してまであんなことをしたのか大体の道筋が分かってきた。


「夏生はそのこと早くから知ってたんだ。誰がその事を話したかなんとなく想像できるわ」

「うん、ちょっと偶然に小耳にはさんじゃった」

 誤魔化せないと夏生は素直に認める。


「でも、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。それにね、実は正直に話すと、将之とはあの後も会ったりしてる」

 夏生の気持ちも汲み取り、翔の話題が出てしまったことで自分の動揺を隠すためにもケムヨは将之の話題を自然に口にしていた。


「えっ、それほんとなの?」

「うん。友達になっただけ。でも少しは進展してるでしょ」

「すごい。そんなに仲良くなったんだ」


 そこまで仲がいい訳じゃないといいたくなったが夏生を安心させるためにぐっと体に力を入れて「うん」と答える。

 その時、将之のニタついた顔が頭に浮かび、ケムヨは思わず宙でパンチを食らわしていた。


 その後は夏生と暫く他愛もないことを少し話し、携帯電話を切った。

 大きなため息が漏れ、部屋の中が篭ったようになる。

 ベッドの上にゴロンと横になり、寂しい気持ちを抱きながら翔のことを思い出してしまう。


 大丈夫と言っても、心の中と口先は一致していない。

 翔が戻ってきたとき、自分はどうなってしまうのだろうとケムヨは枕を手に取り体を横向けに九の字にしながらぎゅっと抱きかかえていた。


『猫だって体を撫でられるのは好きだと思う』


 ふと将之の言葉が蘇り、そして事故ながらも将之の胸にもたれ掛かったことを思い出す。

 この時、不意に誰かに抱きしめて欲しいと思ったが、突然下唇をキュッと噛むことでそう思ったことに反抗しているようだった。

 力を込めて枕を抱きしめる。

 強くなろうと必死に耐えながらも、翔との想い出がフラッシュバックしてケムヨの胸は締め付けられていた。

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