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星影ロンリーハート  作者: CoconaKid
第三章 星の下逃げればどこまでも追いかけられた
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 ケムヨが角を曲がったとき、偶然そこに居合わせたボーイに勢いよく突っ込んでぶつかってしまった。

「あっ、笑美子様、どうなされましたか」

 それはケムヨをパーティ会場まで案内して来たボーイだった。


 ケムヨは気が動転し、追いかけられて切羽詰った感情がパニックを引き起こす。

 将之がもうすぐそこまで来ている。

 前方を見れば行き止まりだった。これでは追いかけてこられるともう隠れようがない。


 ケムヨはうろたえ、涙が溜まった瞳を向けてそのボーイにすがった。

「すみません。助けて下さい」

 涙目で訴えられてボーイは何かを悟り、そして関係者以外立ち入り禁止の部屋へとケムヨをすばやく押し込んだ。

 


「なんであの女俺をあそこまで避けて逃げるんだ」

 その理由が知りたいだけで将之はついいつもの悪い癖が出て原因を突き止めようと意地になっていた。

 なんとなくだが、どこかで会った気もしてそれがある人物を想起させる。

 そのせいもあってか、ここまでされたら顔を見ないと気がすまないようになっていた。

 そして角を曲がると立ち止まり、目の前の行き止まりに驚いた。振袖を着た女も消えている。


「どうなってんだ。どこかの部屋に入って隠れたのか?」

 ドアを一つ一つ勝手に開けて確かめる訳にも行かず、とにかく出てくるのではと様子を見ていた。


 その時、一室からボーイが使用済みのタオルやシーツを入れる清掃カートを押しながら出てきたので、将之はじっとその様子を見ていた。

 ボーイは将之に礼をしてすれ違おうとしたとき、将之は咄嗟に呼び止めた。


「すみません、ここに青っぽい振袖を着た女性が来ませんでしたか?」

「いえ、気がつきませんでした」

 ボーイは表情を変えることなく、お客様に誠意を尽くすように応対する。

 プロフェッショナルで全く隙のない身のこなしは却ってわざとらしく見え、将之はどことなく清掃カートの中が怪しいと訝しげに見つめる。

 人間が一人、沢山の布に紛れてその中に隠れられそうな大きさだった。

 そう思うと自然と言葉を発していた。


「その中には何が入っているのでしょうか」

「えっ、使用済みのテーブルクロスですが」

「ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「はいどうぞ」


 その時、頭に三角巾を被り、大きなマスクをした清掃係のメイドが三名部屋から出てきた。そのうちの一人が清掃道具を積み込んだカートを押していた。チラリと将之に視線を向ける。


 そして何食わぬ顔でメイドたちは将之の後ろをすれ違った。

 将之は一度そちらを見ようとしたが、ボーイが「少し急いでいるのですが」と言ったので慌ててテーブルクロスが入っているカートの中を調べる。だが何も怪しいものなど見当たらなかった。


「どうもご迷惑お掛けしました」

 丁寧に将之が挨拶をすると、ボーイも清掃係のメイドの後をつけるように去って行った。


 そして従業員専用のエレベーターに乗り込み行ってしまった。

 将之は腑に落ちないと暫くそこで振袖の女が現れるのを待っていた。

 まさかその振袖を脱いで違う服を着て堂々と将之の側をすり抜けていったとはこの時考えられなかった。



 エレベーターの中でケムヨがマスクを外し、ほっと息を吐いた。

 ケムヨはメイドの服を借りて難を逃れていた。


「大変助かりました。本当にありがとうございました」

 皆に礼を言うと、ボーイはにこやかに笑い、スリリングだったと感想を述べた。


「なんとか誤魔化せましたね。足元見たら一人だけ素足でスリッパだったから、ヒヤヒヤしましたよ」

「さすがに足袋を履いて草履というわけには行きませんでしたから、これの方がましかと思いまして」

「あの方は私のカートに気を取られてそちらまで詳しく見てなかったみたいですね。しかし、なんで追われてたんですか?」

「私も分かりません。あの人とにかくしつこい性格なんです」

「お知り合いなんですか?」

「まあ、そうなんですけど、何せ自分のこと何も言ってないもんで、ここで顔を合わせると都合が悪かったんです」

「なるほどわかりました」


 事情を察したと物分り良くボーイは笑顔で対応した。

 カート二台に数人が乗り込むエレベーターは地下まで降りていく。

 清掃カートから振袖を詰め込んだ袋を取り出してケムヨに手渡し、その後メイドたちは笑顔を向けてそれぞれの持ち場へと散らばっていった。

 ケムヨはその後ろで何度も頭を下げてお礼を言っていた。


「ボーイさん、本当にありがとうございました。この服は少しお借りして、また返しに参ります。あの、もしよろしければお名前伺ってもいいですか。このご恩もお返ししたいですし」

「いえ、お気になさらないで下さい。名乗るようなものではございません。でもまたいつかお会いできると嬉しいです。また当ホテルをご利用下さいね。これからもご贔屓にと幸造様にもお伝え下さい」

 幸造とはケムヨの祖父のことだった。


 あの制服で礼儀正しい姿勢を見せられるとケムヨは弱かった。

 やはりうっとりと見とれていた。

 ボーイも最後はケムヨの制服好きを理解して楽しそうに笑っていた。



 その後ケムヨはメイド服を着たままタクシーで家に帰ったが、こうなったのも将之のせいだと腹の虫が治まらない。

 後部座席でふんぞり返って座っていた。

「あいつとかかわると碌な事がない」

 ケムヨは将之の名刺を手にとって睨むように眺めていた。



 一方で将之は暫くその場で振袖の女が出てくるのを待っていたが、仕事をすっぽかすことも出来ずに諦めて持ち場に戻っていく。


 あの振袖の女が露骨に逃げたのは自分が失礼な態度を取って怖がらせたのかもしれないと反省しつつ、なぜ自分もそこまで自棄になって追いかけてしまったのか、考えたらバカバカしくなってしまった。


 だが、ムキになってしまったのは雰囲気がケムヨっぽいとどこか感じるところがあり、それで引き寄せられたのかもしれないとその行動の発端を自分なりに分析する。


「だけどまさか本人ってことないよな」

 半信半疑になりながら、首を傾げてパーティ会場に入っていった。

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