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星影ロンリーハート  作者: CoconaKid
第二章 頭上の星が輝いたから笑みを浮かべてみた
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10

 意識がどこかへ飛んだようにケムヨが玄関で突っ立っていると、後ろからシズが心配して声を掛けてきた。


「お嬢様、どうかなされましたか」

「いえ、なんでもありません」

「あの方とはいつからお付き合いを?」

「だから、付き合ってるとかそういうのじゃないんです。どうかおじいちゃんには何も言わないで下さい。ゲンジさんにもそう伝えていただけますか」

「それは構いませんが、それではあの篠沢将之さんという方はお嬢様のことは何も知らないということですね。顔を合わせた時どう対処していいものか判断しかねまして、あれでよかったのかわからなかったものですから」

「あれでよかったです」


「しかし、初めての出来事ですよね。ここに笑美子お嬢様が男性の方を連れてくるのは。もしかしてなんてつい期待してしまいました。お顔も中々よろしゅうございましたし」

「シズさん、私は顔なんかで男を判断しません」

「それはもちろんでございます。笑美子お嬢様とお付き合いされる方は全てを理解し、相当の覚悟をもって、命がけで来てもらわないと務まりませんからね」

「だから、それはもういいの。だけどもしまたアイツが現れたら、くれぐれも笑美子の名前は言わないで下さいね。私はナサケムヨなんですから」

「はい、分かっております。ケムヨ様」

「だから、様もつけなくていいですから」

「は、はい。気をつけます」


 ケムヨは自分の部屋に戻る。


 管理人とは名ばかりでシズはケムヨの世話係だった。そしてゲンジもこのアパートと呼ばれてる屋敷のメンテナンスをしたり運転手という仕事を与えられていた。

 夫婦で住み込みで雇われている。詳しく言えばケムヨの祖父が雇っている。


 ケムヨは訳ありのお嬢様だった。

 名前も偽名を使い、身分も隠して生活している。

 なぜそこまでしなければいけないのか。

 それが人に言えないケムヨの秘密だった。

 ケムヨの秘密を知っているのは極一部の人間だけ。

 よほどの信頼できるものにしか打ち明けられない。それはケムヨの祖父も関与している理由からだった。


 翔と付き合っていたときも、ケムヨは自分のことを言えなかった。

 祖父の存在が大きなもの過ぎて、なんとなく身分を明かしたくないという気持ちがあった。

 そのままの自分をまず見て欲しい。

 それこそ祖父の言う『本質を見極めたかったら、爪を隠す鷹になれ』を実行していた。


 しかし、ケムヨは翔を心から愛してしまい、これ以上身分を偽って翔と接することを心苦しく思うようになってしまった。

 そこで何もかも打ち明けようと覚悟して翔のマンションを訪れたとき、そこに見知らぬ女性がいた。

 その時、翔が浮気をしていると知ってしまった。

 若くして出世し、会社の社長からも期待され、社長の息が掛かった力を与えられた。将来を約束されたところで、翔はすっかり変わってしまった。


 ケムヨはまたビールを飲みなおす。

 缶はすでにぬるくなっており、喉越しにキレがなく、また過去の記憶が苦味を引き立たせてしまった。


 翔は表からこの建物を見たことはあったが、ケムヨが誘っても中に入ろうとはしなかった。

 始めて見たとき、そのボロさに驚いて中も汚いと勝手に想像していたのかもしれない。

 そんなところに住んでるケムヨを見て幻滅しないようにと目を逸らしたのだろうか。それとも見切られたのか。

 翔は結局のところ本当のケムヨを知ろうとしなかったのではないか。

 ケムヨも自分の正体を隠して付き合うのは騙しているみたいで嫌で仕方がなかった。

 かといって、正直に何もかも話していたら翔はやっぱり見る目を変えていたと何もかも終わったときにケムヨは気がついた。


 人生は不公平。

 自分に付きまとうものが運命を左右する。


 でもこの年になればそれも悪くないとケムヨは思う。

 すでにこの世がどういうものか分かっている。そしてケムヨは色んなものを排除してただそれに従って生きていく。

 そうすれば傷つくことも振り回されることもない。

 平坦に適当に自分に与えられたものを受け入れてケムヨは生きていける。

「それって恵まれてるからできるんじゃない」


 ぐっと生ぬるいビールを喉に流し込んだ。

 恵まれていると言い切ってもなんだか虚しくなってくる。

 将之が飲んだビールの空き缶が何か言いたげに床に座っていた。


『ケムヨも寂しげな瞳になるときがあるんだな』


 将之の言葉を思い出す。


「将之なら今の私の気持ちを理解してくれるかもしれない」


 穴の中から無理やり引きずり出すほど強引で無茶なところがあるが、中々鋭い目つきを持って物事を見ている。

 そんな目で見つめて気にかけてくれていると思えば悪い気はしない。


 ケムヨは窓際に立ち窓を開けて外を眺めた。

 暗い夜の空に瞬く小さな星が口元を上げてニコッと笑っているように見えた。

 将之の笑顔と重ねてしまう。生意気なあの笑顔。

「今度はどんな風に近づいてくるつもり?」

 期待しているわけではないが、とことん受けてやるよとケムヨは暫く、その星の光を見つめていた。

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