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星影ロンリーハート  作者: CoconaKid
第十三章 夜空の輝く星に願わずにはいられなかった
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「とにかくじゃ、二人ともそこに座って酒を飲め」


 幸造が将之と翔に酒を勧める。


「いえ、私は車を運転してきたので遠慮します」


 そう言ったのは将之だった。


「何だと、わしの勧める酒が飲めんだと」


 幸造が睨みをきかして脅した。また小さい頃のトラウマがフラッシュする。


「はい、遠慮なく頂きます」


 シャーの格好をした将之はしょぼんとなって杯を受け取り幸造から酒を注がれた。

 ケムヨはそれを見て、シャーのイメージ壊すなよと余計なところで突っ込みたくなった。


「酔っ払ったら、泊まっていけばいい。寝るところならここには沢山ある」


 幸造の言葉を聞いて破れかぶれになり、将之はぐいっと勢いよく酒を飲み干した。


「それにしても、喜美子の命日が賑やかになった。酒も美味いわい」


 特別な日ということもあり、幸造は気がよくなって、珍しく上機嫌だった。

 革張りの長椅子のソファーに将之と翔が並んで座り、その向かい側にケムヨと幸造は座っていた。

 その四人の周りで、シズとゲンジは料理の用意と酒の振る舞いに忙しく部屋を出たり入ったりしていた。


 暫く酒と料理に手をつけ、話も飛び交わずにとても静かだったが、それは穏やかな空間ではなかった。


 インテリアとして隅に置かれていた大きな古時計のカチカチとする音が耳につくたび、この静けさが居心地の悪いものへと変えていく。


 将之と翔を目の前にしてケムヨは落ち着かず、幸造を時折一瞥しながら、話を進めて欲しいと願っていた。


 将之は場違いな格好とどえらい勘違いをしていたことを恥、穴があったらいつでも入り込みたい気分でおどおどしている。


 翔は将之と対照的に背筋を伸ばして貫禄を見せ付け、どのようにすれば自分に有利に事が運ぶのか頭の中で電卓を打っているようだったが、これといった対策が浮かばず落ち着かなかった。


 幸造はどっしりと座り、これからどのようになっていくのか高みの見物でもするように、目の前の将之と翔を鋭い鷹の目つきで見ていた。

 時折酒を口に含んでは、この状況を楽しむようにふーっと鼻から息が漏れて笑っている。

 特に将之を見つめ、全てを知ろうと念入りに観察していた。


 幸造が将之を見つめると翔はどこか焦るようになってくる。

 ふてぶてしく杯を手に取り酒を喉に流し込みながら、将之を横目に嫌悪感を抱いていた。


 ただでさえふざけた格好をしているのに、幸造が心なしか将之を見つめて楽しんでいる様子が気に入らない。

 ここは自分の流れを作らなければと自ら動くことを決心した。


「社長、私とこの男ですが、どちらが笑美子さんにふさわしいとお思いですか?」


 幸造は翔の質問にニヤリと笑い、そして手に持っていた杯を口元に持ってまたぐいっと飲み干す。


「篠沢」


 いきなり幸造に呼び捨てられて、将之はどきっとした。


「あんた、さっきは後を継ぎたくないといってたが、わしが誰だか分かった今はどうなんじゃ」

「えっ、その、私はただ笑美子さんが好きなだけで」


「なら、勝元、お前はわしの後を継ぎたいか?」

「はい、私なら社長の信念をそのまま受け継いで保科コーポレーションを担っていける自信があります。今までの私の仕事振りを見ていただけたら、それは社長も納得されるかと思いますが」


 翔は自分が選ばれて当然という顔だった。

 一方将之は、シャーの服を着ているというのになんとも頼りない。

 背中を丸めて縮こまっていた。

 幸造は笑美子を一瞥してから言った。


「わしの意見など聞いても、仕方がないだろう。笑美子が決めればいい」


 肝心のケムヨはこの話をどう終わらせていいのか分からなかった。

 この雰囲気の居心地の悪さと、将之と翔に同時に見つめられて、言葉に詰まっていた。

 そんな時にまたドアベルが鳴り響いた。


「また、笑美子の知り合いなのか?」


 ケムヨは幸造に向けて首を横に振っていた。

 玄関先でシズの驚いた声が聞こえた。それに混じって陽気な声もする。

 ドタドタと騒がしく廊下を歩く音が聞こえ、その人物はそこへ入って来た。


「ボンジュール。お父さん、元気してた? あれ、なんか大勢いるな」

「お義父様、どうもご無沙汰しております」


 中年のカップルが若々しい格好で現れた。


「お父さん! お母さん!」


 ケムヨが驚きのあまり、はずみで立ち上がった。


「おお、笑美子」

「笑美ちゃん。久しぶりね」


 幸助と百合子。ケムヨの両親だった。

 一体どうなっているんだと目を白黒させながら、ケムヨは自分の両親に抱きつかれる。

 幸助が将之に気がつき指で示す。


「あっ、あなたはあの時に会った人…… なんと、シャーだったんですか」


 幸助の年代でもシャーは認識できた。

 将之はまた恥ずかしくなってきたが、軽く会釈して適当に合わせる。

 幸助は陽気なノリでその場を騒がしくしていた。


「今頃、何しに帰ってきた」


 幸造がその騒がしさを牽制するように不機嫌に問う。


「そうよ、ずっと連絡もなしに娘を放っておいて、今まで何してたのよ」


 ケムヨも便乗して責めていた。


「何って、百合子とフランスでワイン造ってた。それである程度の実績を得たから、やっと日本に戻って来れました。母さんの命日に上手いこと二人で帰れてよかった」


 幸助が気を付けをして、報告すると、百合子も幸助と並んで背筋をのばした。


「私を捨てて勝手にそんなところに行って、好きなことして遊んでたんでしょ」

「笑美ちゃん、今まで一人にしておいてごめんね。でも仕方がなかったの。それがお義父様との約束だったから」

「そうだぞ、笑美子。お父さん達は笑美子を捨てたわけじゃないぞ」

「ちょっとどういうことよ」


 ケムヨは答えを教えて欲しくて幸造を見た。

 幸造は酒をゴクリと飲んでから口を開いた。


「どこまで一からできるかを幸助に試させたのじゃ。幸助は頼りなさすぎて、会社の跡継ぎの話にもならなかった」


 幸造がここまで言うと今度は幸助自身が語りだした。


「お父さんは、偉大すぎて、俺は常にコンプレックスを抱いていた。死んだ母さんはお父さんの跡を継いで立派になるのよと口癖だった。だが俺は情けない放蕩息子だったから、お父さんの会社を継いだら潰してしまうと思ったんだ。そんな時に母さんが死んでしまって、俺は気持ちを奮い立たせた。好きな分野で何か一つやり遂げたら自信がつくかもしれないって。ワインの味だけはソムリエ並に判断できるから、それを生かしてフランスの農場でワイン造りに励んだ。その時のお父さんとの約束が、何か実績をあげるまで日本に戻ってくるなだった。そして、俺が戻ってこなかったら、笑美子を跡継ぎにするって言って、笑美子はそれからそのように育てられたという訳。これでも必死に頑張ってたんだぞ」


「それならどうして本当のこと言ってくれなかったのよ」

「それはお義父様が許してくれなかったのよ。笑美ちゃんにはそれなりの覚悟をもって、自分が跡取りだって思わせる意図があったの。お母さんだって辛かったわ」


 ケムヨは幸造を渋い顔で見ていた。


「この間のあのワインが金賞を取ったということか」


 幸造が呟くように言った。


「そうでーす。俺の自信作だったから、笑美子が子供の頃に描いてくれた絵をラベルに使ったんだ」


 ケムヨが小さいときに幸助と百合子の結婚記念日に贈った絵だった。

 その絵を二人はずっと大切に持っていた。


「ちょっと待って、それじゃお父さん達が戻ってきたってことは、次の跡取りはお父さんってこと?」


 嬉しそうな顔をしながらケムヨは幸造を見て期待する。


「笑美子には悪いが、お父さんな、会社の跡を継ぐよりも、ワインを造りたいんだ。悪いけどやっぱり笑美子が継げ」


 そんな簡単に言ってすませられる問題かとケムヨは苛つく。


「そんなの嫌よ、お父さんが継いでよ」


 ケムヨもギャーギャー騒ぎ出した。


「ケムヨ、だったら俺と結婚して一緒に継ごう」


 ドサクサに紛れて翔が声を掛ける。


「ん? この人、笑美子の彼氏なのか?」

「あら、まあ、いい男。でもこちらのシャー・アズナブルさんもいい男。笑美ちゃん隅におけないわね」

「だから、その話は今はちょっとおいといて」

「翔さんが、変なこというから、話ややこしくなってますよ。だけどケムヨは翔さんとは結婚しませんから」

「将之とも結婚するかっ!」


 誰が何を話してるか分からなくなって、部屋の中は大賑わいになってしまった。

 好き勝手にそれぞれ話して、収拾がつかなくなっていく。

 それを見ていた幸造の癇癪が突然爆発した。


「いい加減にしないか!」


 ありったけの大きな声を出したが、興奮すると同時に幸造は胸を抑えて突然苦しみだしてしまった。


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