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星影ロンリーハート  作者: CoconaKid
第十二章 冷たい雨は容赦なく頭上に降り注いでいた
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 幸造の側について家業を本格的に継ぐ準備をする話が出ている以上、パートの仕事をそろそろ辞めなくてはならなくなったとケムヨは思っていた。


 その話はすでに須賀にも話してあった。

 特に混乱もなく須賀は納得を示し、労う言葉をかけてくれた。


 だが、翔や他の人たちにはまだ伝えていない。

 ケムヨはなんだか伝えるのが憂鬱だった。


 この仕事も悪くはなかった。楽しい仲間に恵まれ、優香や多恵子のような少し棘があった女性達とも打ち解けられて、今では慕われるほどになった。


 園田睦子に関しては残念だったが、それもまたいい勉強になったとケムヨは思っている。

 仕事には私情を挟んではいけない。


 翔のことを考えたら思いっきり私情が絡んでいたと気がつくが、それも臨機応変なのかもしれないと柔らかく考えることにした。


 少しは成長したということにして、ここでの仕事を振り返っていた。

 ここを去ると決意しても、最後まで気を引き締めて、ケムヨは与えられたことはしっかりとこなす。


 その様子を翔は遠くから観察していた。

 何かを考えるように、タイミングを見計らって計画を練っている。

 まだ自分にはチャンスがあるとばかりに、寄りを戻せるその時が来るまで、翔は辛抱強く待っている様子だった。


 だが、ケムヨの気持ちはすでに固まっている。

 プロポーズは受けられないと翔にはっきりと伝えなければと思っていた。


「翔、話があるの。あのさ……」


 ケムヨが将之のことをこれから考えたいと言い出そうとする度に、翔はその後を話させない。

 いつもはぐらかされて先延ばしになっていく。


 ケムヨが話し辛いことを持ちかけるとき、必ず片耳に髪の毛を引っ掛けながら話すことを翔は知っていた。


 それは自分にとっていい話でないことが示唆されているので、簡単に避けられるのだった。


 翔はケムヨの祖父に会って直接結婚の話をしようと計画しているために、自分に不利な言葉を掛けられては困る。


 ケムヨの祖父に会えば必ず自分の有利に事が運ぶと信じている節があった。

 自分なら絶対に気に入られると自信満々な気持ちを抱いていた。


「ケムヨの家業を俺が手に入れるのさ。これで金も権力も全て手に入れられる」


 ケムヨとよりを戻したいもう一つの理由がそこにあった。



 そして金曜日、喜美子の命日。

 朝からシズがバタバタと忙しく家を走り回っている。

 喜美子が好きだったとされるラベンダーの花束もあちこちに飾り、仄かにいい香りが漂っていた。


「お嬢様、みたらし団子はどうしましょう」


 これも喜美子の好物だった。


「またおじいちゃんが買ってくるかも。去年はそれで被っちゃったから、食べるの苦労したわ」

「そうなんですよ。旦那様が用意されるのでしたら、それに越したことないんですけど、もしもってこともありますし。やっぱり買ってきます。一杯あっても食べたらいいだけですから、買い忘れよりはいいです」


 こうやって、喜美子の命日の時はこの家に喜美子の好きなものを沢山用意する。


 この家の見掛けが古臭いのは、喜美子がここで暮らしていた当時のままを幸造は変えたくなかったからだった。


 外に置いてある完全に枯れた棒が刺さってるだけの植木鉢も、喜美子が育てていたものだったためにあのままずっと置いてある。

 見かけだけは当時の面影をそのままの形で保存していた。


 だが、中だけは住むものの気持ちを考えてとケムヨが訴えたので、きれいにすることにした。

 幸造にとってここは喜美子の思い出が沢山詰まる場所だった。


 一年に一度だけ、幸造はここに戻り喜美子の思い出に浸るのだった。

 そうする事が神聖でいつもときめくからだと、年を取っても幸造はその気持ちを大切にしていた。

 七夕の日に織姫と彦星が一年に一度会える事が、世間のロマンスのように感じられるのと一緒だった。


「それじゃ私は仕事に行ってきます」


 後はシズに任せケムヨは仕事に出かけた。この日はパートの仕事の方だった。



 この日、もう一人緊張していた輩がいた。

 将之だった。

 いい背広を着て、ネクタイも朝からどれにしようか悩んでいた。


「手土産もいるかな」


 朝早く起きたが、時計を見れば会社の出勤の時間が迫っていた。


「やべー」


 慌てて家を飛び出した。

 仕事も落ち着かず、そわそわしているときに限って走りまわされる仕事が入ってくる。

 定時に終わらないといけなかったので、必死でこなしていた。

 夕方が近づくにつれてなんだか胃がキリキリしてくるようだった。


「将之、確か今日、ケムヨさんのおじいさんと会うんだったな。時間大丈夫か?」


 修二には一部始終話してあった。


「ああ、大丈夫だ。これでもう終わる。そしたらすぐにあっちに向かうよ」


 将之はコンピューターに向かってデーターを打ち込んでいた。


 そこに修二の趣味仲間の知り合いが訪ねてきた。

 時々イベントの仕事でも必要な小物を作ってくれるクリエイターだった。


「お世話になってます。修二さん、頼まれてたものできたので持って来ました」


 元気よくオフィスに入って来た声を聞いて修二が振り返る。


「おおー、できたかできたか。わざわざ持ってきてもらって悪いね」


 紙袋を受け取り修二は嬉しそうにする。


「修ちゃん、何頼んだんだ?」

「お前のだよ。ほら、あの時、絵を描くことの他に、ケムヨさんの気を引くために俺がアイデア出した奴。お前もその後サイズ測りに行っただろ」


 修二が袋から取り出して、それを将之の前に広げた。


「おー、よくできてるね。イメージそのまんまじゃない」

「修二さんはディーテイルにうるさいから、誤魔化しがきかないと思って丁寧に作りましたよ」


 二人が笑顔で語らってるときに、将之はその物体を見て少し青ざめた。


「こ、これを俺が着るってことか? 見る人がみたらバレバレじゃないのか」

「何を今更、これでケムヨさんのハートはばっちり。早速今日着ていったら?」

「今日はまずいよ、修ちゃん」


 と、ここまでは和気藹々だったが、時計を見て将之は焦った。


「うわぁ、もうこんな時間だ」


 突然椅子から立ち上がり慌てた動きをしたので、すぐ側を歩いていた人にぶつかってしまい、その時背中に何か液体が掛かった気がした。


 後ろで「ああー」と悲鳴も聞こえた。


 将之が振り返ると、背広の背中から黒い液体が流れてポタポタと裾からズボンに向かって垂れている。


「あ、あああああ。これは」

「すみません。墨汁です。今からイベント関係の告知を手書きで書こうと思っていて蓋を開けながら歩いてたら、突然将之さんがぶつかってきたから」


 社員が恐る恐るいい訳していた。


「どうしよう。家に帰って着替えしている時間がない。修ちゃんの今着ている背広貸して」


 将之が涙目で懇願する。


「いいけど……」


 修二は渋々承諾していた。

 将之はすでにパニックに陥ってしまい、その場で服を脱ぎ出した。


「将之、落ち着け! ここで着替えたら恥ずかしいだろうが」


 周りの女性達がチラチラと気にして見ていた。

 将之は気が動転してなんだか訳がわからなくなっている。


 礼儀にうるさいと聞いているだけに、遅れることだけは避けたい。

 目の前の時計を見ると、どうしても落ち着いていられなかった。


次の第十三章で最終話となります。

最後まで宜しくお願いします。

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