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星影ロンリーハート  作者: CoconaKid
第十二章 冷たい雨は容赦なく頭上に降り注いでいた
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「ああーやっと対等にケムヨと向き合える」


 ワイングラスを片手に、夜景が見下ろせるレストランで翔は微笑む。


 園田睦子の一件で助けを求めた代償がこれだった。


「とにかく事件を解決してくれてありがとう。こればかりは翔のお陰だと思ってる。それは素直に感謝している」


 乾杯を求めてグラスを持ち上げている翔を無視して、ケムヨはぐいっとワインを飲んだ。


「おいおい、それはないだろう。そんなにまだ俺が憎いか?」

「憎いとか、そういう感情は持ち合わせてないわ」

「だったら、俺のことまだどこかで好きか」


 ケムヨはすぐに答えられない。時間を稼ぐようにまたワインをぐっと飲んだ。


「翔、確かに私はあの時あなたを愛しました。その気持ちは否定できません。でももう私達は終わったのよ。あなたが先に終わらせた」

「また痛いところ突かれたよ。そうだ俺が悪かったのさ」

「分かってるんだったらもうこれ以上……」


 ケムヨが言い切る前に翔は言葉を重ねる。


「ケムヨ、俺と結婚して欲しい」


 ケムヨはその言葉でポーズボタンを押されたように静止した。

 いきなりこうくるとは思わなかった。

 それをいいことに翔は続ける。


「俺は確かに酷いことをしてしまった。もう一度いい訳させてもらうなら、酒に溺れて思考力も低下して本能だけがむき出しになってしまった。理性がなくなってた状態だ。だがあれから毎日後悔して、今もそれはずっと続いている。俺はもう二度とそういう間違いは起こさないと誓う。この先はケムヨと二人で生きていきたいんだ」


 翔は年を重ねて熟成するワインのように以前よりも格がにじみ出ている。

 部署内で起こった問題も解決してくれて、頼もしく頼りがいがある。


 こういう部分を見ていれば、翔が言ったことは本心からだということも、この先は間違いを犯さないということも本気さが窺える。


 そして、海外転勤から戻って真っ先に自分に会いに来てくれた。

 年月が経っても、素敵な部分はそのままで、男らしくなって戻ってきた。


 そんな翔がまだケムヨのことを好きでいてくれる。

 もう許すときが来たのだろうか。


 ここまで頑なに拒絶するのは、意地を張っただけの仕返しのつもりなのだろうか。

 一度の浮気は今までの翔を潰すほどに否定しなければならないのだろうか。


 ケムヨは困惑の真っ只中にいた。


「わからない。わからないの。そのわからないってことが、またわからないの」

「ケムヨ。今すぐに返事をくれとは言わない。ゆっくり考えてみてくれ。俺は必ずお前を幸せにする。絶対もう浮気なんかしない。約束する」


 翔の言葉は浮気をした男の常套句のようにも聞こえる。

 ケムヨはもうそれ以上言葉が続かなかった。

 運んでこられた料理を静かに食べだした。



 食事を済ませた後ケムヨが支払おうと請求書を手に取ろうとしたが、先に翔に取られてしまった。


「ここは私が払う。事件を解決してくれたお礼だから」

「そんなの要らない。俺の方が一緒に食事してくれて嬉しかったよ。その感謝の気持ちさ」


 ケムヨは素直に言うことを聞いた。


「ありがとう」


 お礼が笑顔と共に出てきた。


 二人はまた暫く夜の街を歩いていた。

 公園のような大きな広場に差し掛かかり、ベンチを見つけて翔が腰を掛けた。


 その隣にケムヨも腰を掛ける。

 辺りは暗いが街灯がぼんやりと小さな範囲を照らしていた。時々人影がすーっと動いていく。


「なんだかじめじめして雨になりそうだな。そういえば梅雨もそろそろだな」

「梅雨……」


 ふとプリンセスの事がケムヨの頭に浮かぶ。


『梅雨に入るまでには引き取れそうだ』


 将之が言っていた言葉だった。


「どうした、ケムヨ。なんかまた心配事か? もしかしてアイツのこと考えて……」


 将之の話を持ちかけたときケムヨは翔の言葉を畳み掛けた。


「どうして、その話題になる訳? 将之とはただの友達だっただけ。この間あんなこと言われたからって別に何もないんだけど」

「そっか、それならいんだけど。アイツだけは止めといた方がいいからな」


 翔はどこか不安を感じていた。

 ケムヨはバカバカしいと呆れたように笑っていた。


 ──そう、将之とは何でもない。


 将之がプリンセスを引き取りにくれば、もう将之と頻繁に会うこともなくなる。

 将之のゲームもそこで終わり。

 後は梅雨が始まれば、雨が全てを洗ってくれる。


 しかしふと思えば、何でもないといいながら、なぜ今将之のことを考えているのだろう。

 ケムヨは忘れようと軽くため息を吐いた。


 そのせいで、ぼーっとしていたために翔が近づいて唇を突然重ねてきて避ける事ができなかった。

 はっと気がついたとき、すでに翔とキスをしていた。


「久し振りだな、ケムヨとキスをしたのは」

「ちょ、ちょっと、それはないでしょ。反則よ」

「いいじゃないか。俺たち初めてでもないんだから」


 初めてじゃない。

 そうだった。それ以上のことも──。


 ケムヨの中で過去の翔との事が湧き出てくる。


「今日は俺のところに泊まっていくか?」

「バカ! そんなことするわけないでしょ」


「あーやっぱりだめか」

「ちょっとキスしたからって開き直らないでくれる。私まだ完全に許したわけじゃないんだから」


「はいはい。すみませんでした。でも気持ちはまた俺に傾いてきてるだろ」

「翔、何度も言うけど、私は結婚しないって決めたの」


「どうしてだい? ケムヨは一人っ子だろ。だったら親御さんたちが悲しむだろうに。そういえば、ケムヨは一体誰と暮らしてるんだ? どうも親と暮らしているようには見えなかった」

「それは、そのちょっと事情があって、親とは離れているの」


「そういえば、以前におじいちゃんがいるっていってたけど、相変わらず怖いのかい?」

「えっ、ええ、まあね」


「どんな怖いおじいちゃんなんだろう。会ってみたい。もちろんケムヨのご両親にも」

「うちのおじいちゃんに会ったら翔はびっくりすると思う」


 翔の目の色が少し変化する。


「いや、俺は絶対驚かないよ。どんな事があっても。だから安心して紹介してくれ」

「そうね、翔ほど肝が据わって大胆な人ならおじいちゃんも気に入るのかもしれない。だけど会わない方がいいわ」


「どうしてだい?」

「どうしても」


 翔は鼻から息を漏らした。


「参ったな。俺のことがそんなに許せないってことか。でもケムヨは必ず俺を許してくれる。少なくとも俺はそう信じてるから」


 ケムヨはその後うやむやに言葉を濁した。


 上を見上げれば曇り空で星など全く見えない。

 スケッチブックに自分で乱暴に黒く塗りつぶしたような空だった。


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