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星影ロンリーハート  作者: CoconaKid
第一章 それは合コンというゲームのつもりだった
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 将之が店を出て辺りを見回したとき、ケムヨは賑やかな繁華街と溢れかえった人ごみの中に溶け込む寸前の先を歩いていた。


 将之は人にぶつかりそうになりながらも、人と人の間をすり抜けて走る。


 ケムヨは将之が追いかけてきているとも知らず突然立ち止まり、鞄の中から腕時計を取り出しそれを身につけようとしていた。


 そんなときに将之に追いつかれて後ろから肩を叩かれたものだから、びっくりして腕時計を左手首に着ける前に落としてしまった。


「あっ」


 ケムヨが声を上げると同時に無残にも時計はアスファルトの地面に勢いよくぶつかっていた。


「ごめん、脅かすつもりはなかったんだ。もしかして壊しちゃったかな」


 将之はこれは悪かったと思い、すばやく屈んで腕時計を拾った。


 女性用だが、どこかずっしりとした重みがあり銀色の淵がピカピカして豪華さがある。壊れてないか確認しようとする前にケムヨが腕時計を引ったくった。


 将之は咄嗟のことだったが、その時王冠マークを見たような気がした。


「もし壊れていたら弁償するよ、だけどその時計まさかロレックス?」

「いいえ、大丈夫です。落としたくらいで壊れるような時計じゃないし、もし壊れていても別に気にしません。では失礼します」


 時計は鞄の中にしまいこみ、関わりたくないといそいそとケムヨは先を進む。


「おい、だからちょっと待ってくれ。さっきの話だがまだ返事を聞いてない」


 将之に腕を引っ張られケムヨは何のことを言っているのか把握できず、困惑した表情で振り向いた。


「えっ? 一体なんの話?」

「だから、おれが呪いから救ってやるっていうことだよ。俺は呪いなんて気にしないから、友達くらいなってもいいじゃないか」


「まだそんなこと鵜呑みにして言ってるの? だから私に構わないで欲しいだけ。なんでそうしつこいのよ。あなただったらどんな女も手に入れられるでしょう」

「いや、それがそうじゃないことが分かったよ。ケムヨがそのいい例だ。俺は君みたいな女を待っていたんだ。俺に簡単になびかない女。まさに理想だ」


「はぁ? いい加減にしてよ。まるで私はクレーンゲームの商品みたいな扱いね。自分が手に入れるまで意地になってついコインを投じてしまう。私はそんなのに付き合ってる暇はありません」

「面白い例えだ。苦労してそんな女を手に入れたら楽しいだろうな」


「あなたが楽しくても私は楽しくない。私一生結婚しないつもりだし、男には全く興味ないの」

「へぇ、かなり強気なんだな。でも益々気に入っちまった」


「じゃあ、どうすれば気に入られなくなるの。気に入らない女ってどんな人なのよ」

「そうだな、気軽に俺と寝たいというような女は嫌だな」 

「わかった」


 ケムヨは将之の腕を引っ張り、スタスタと歩き出した。


「おい、どこへ行くんだよ」

「ラブホテル。あなたと寝たいのよ」

 

 将之は手を引かれながらケムヨの後ろ姿を唖然と見つめていた。

 暫くケムヨにされるがままになっている。


 そして怪しげな路地にさしかかり、その先には派手な風貌のホテルが連なる光景が目に入った。


「まじかよ」


 将之は子供が遊園地に来たようなわくわくした声で言った。


「もちろん避妊は怠らないでね。それと私は体を提供するから、ホテル代はそっちもちで」

「おいおい、細かいんだな。わかった。その要求のんでやろう」

「その後はもう付きまとったりしないよね」

「いや、それは約束できない。もし想像以上に体の相性がよかったら、俺はもっと求めてしまう」


 その回答にはケムヨはたじたじとなり、体が怯んでしまう。

 安易に対策として軽い女を演じてみたが、やはり通じる相手ではなかった。

 ここで初めて将之はケムヨを負かせたと思って嬉しくなった。


「さあ、それじゃ行こうか」


 今度は将之が調子づいてケムヨの腕を引っ張った。

 だが、ケムヨは咄嗟に抵抗する。


「ん? どうした怖気ついたのか」

「話が違うじゃないの。誘う女は嫌いだってそう言ったから私は……」

「だから君は特別なんだよ。そう、例外。君から誘われたら喜んでホイホイついていくよ」


 ケムヨは肩をがっくりと落とした。


「はぁ…… 悔しいけど負けたわ。わかった。友達になればいいんでしょ。もうそれで勘弁してよ」

「おっ、こんなに早く敗北宣言? なんか光栄だな。という言うことはこの先もまだ可能性があるということだ。ケムヨの弱点を知れば君は俺に従う。面白い。これは楽しいくらいだ」


 将之が面白がっているとは対照的に、ケムヨは腹が立ってきてブルブルと体が震えだした。


「何が面白いよ。こっちは迷惑してるってわからないの。言ったでしょ私はゲームセンターにあるゲームじゃないの」

「恋の駆け引きというのがゲームみたいなものだから、一概に否定はできないかもな」

「どこまでも話が通じない人ね。これじゃ埒があかないから。今日はもう帰るね。さようなら」


 ケムヨは疲れてしまった。相手になればなるほど将之はムキになっていく。変なものと知り合ってしまったと後悔していた。


 無視することが一番の対策だと踵を返した。


「あーあ、俺をその気にさせといて置き去りか。俺も低く見られたもんだ。まあ、いっか」


 ケムヨは一刻も早く将之から離れたいと、早足で歩く。


 大通りに差し掛かるとタクシーを探し出した。空車のサインを出しているタクシーを見つけ手を挙げる。


 タクシーが止まると同時に将之がケムヨの前に飛び出した。


「本当なら俺が家まで送ってあげたいんだけど」

「ちょっとそこをどけてよ。まさか横取りしようってんじゃないでしょうね」

「違うって。だけどちょっと待って」


 将之は開いたドアから顔を突っ込み、何やら運転手と話をしてそして何かを渡した。


「一体何をしてるのよ。早くどけて」

「はいはい、今日のところはこれで引き下がるよ。あまりしつこくして嫌われても困るからね」

「もう充分しつこくて嫌ってるわよ」


 将之を押しのけケムヨはタクシーに乗り込む。


「やれやれ、まあいい。とにかく連絡先教えてくれ。また連絡する」

「誰が教えるものですか。運転手さん、ドア閉めて下さい」


 ドアが締まりだすと将之は後ろに仰け反っていた。


 ケムヨは窓に顔を寄せ舌を出してベーと威嚇する。


 そしてタクシーは川に流した葉っぱの小船が川面をすべるようにその場を去って行った。行き先などまるでわからないとでも言うように。


 将之は暫くタクシーを見つめていたが、見えなくなると空を仰ぐ。


 街明かりで闇は少し薄まっているように見え、夜の訪れによっていつも感じる寂しさまでもが弱まっているようだった。


 将之はズボンのポケットに手を突っ込み、少し前屈みに静かに歩き出す。

 先ほどバカ騒ぎしてケムヨと言い争った余韻を楽しむように口元が少し微笑んでいた。

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