心霊写真
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https://youtu.be/Ppc1Kt-rH24?si=o-WB_MYH47OOY9bT
「懐かしいなあ、おばあちゃんの家」
私はそう呟きながら、家の中に足を踏み入れた。
一か月前、おばあちゃんが亡くなった。
突然のことだった。
病気もなかったし、最後に会ったお正月も、台所と居間をシャキシャキと動き回っていた。
お母さんにバレないように、もう高校生だからねといつもより多いお年玉をくれた姿を思い出す。
ふとした瞬間に張りのある声で、おばあちゃんが私の名前を呼んでくれるんじゃないか。
そんな考えが頭から離れない。
「本当にこの家売っちゃうの?」
まだおばあちゃんがいるかもよ。
その言葉を飲みこんで、私は母に聞いた。
この家は、おばあちゃんが亡くなってから、お母さんのものになったらしい。
「そうね。古い家だし、もう誰も住まないだろうからね」
お母さんが、少し寂し気な表情で居間のちゃぶ台を撫でた。
私が生まれた時に、おじいちゃんがダイニングテーブルの足を切って作ったちゃぶ台だ。
子供がいるなら、なんでも背が低い方がいいと言って、作ってくれたらしい。
そのおじいちゃんは、私が生まれてすぐに亡くなってしまった。
こんなに準備してくれたのに、私は写真の中のおじいちゃんしか知らない。
私たちはそれぞれ分かれて、家の中の片付け始めた。
さすがおばあちゃんの住んでいた家だ。
家の中はきちんと整理整頓されていて、想像よりずっと早く片付けは終わりそうだった。
私が小学三年生になるまでは、この家に三人で暮らしていた。
あの時の楽しい日々が思い起こされて、視界が歪んだ。
あんなにお世話になったのに、おばあちゃんに何もしてあげられなかった。
そんな後悔が、私の胸を押しつぶす。
おばあちゃんが亡くなる直前、私たちの家に電話がかかってきていた。
その時に私が電話に出ていたら、おばあちゃんはまだ生きていたんじゃないか。
私がおばあちゃんを殺したんじゃないか。
「あら見て。懐かしい」
押入れを片付けていたお母さんが、私を呼んだ。
はっと思考の渦から顔を上げて、平静を装って答える。
「どうしたの?」
「写真とかアルバムとかあったの。押入れの奥に隠すように入れられてたのよ」
そう言ってお母さんは、ちゃぶ台にアルバムを広げた。
古びた木箱は、紐でぐるぐる巻きにされていたようで、解かれた紐がちゃぶ台の下に散らばっている。
まるで最近買ったような、新しい紐だった。
「見て、これ。おばあちゃんが子供の頃の写真」
私の前に一枚の写真が差し出された。白黒写真だ。
劣化で汚れてはいるが、写真自体にはなんの問題もない。
昔の家族写真だ。
両親と母親に抱かれた赤ん坊。
それから、一番前でにっこり笑う女の子。
みんな綺麗な洋服を着ている。
写真のために着飾ったのかもしれない。
「これがおばあちゃん?」
私は真ん中に立つ小さな女の子を指差す。
一番前で幸せそうに笑う女の子は、なんとなく祖母の面影がある気がした。
「そうそう。よくわかったわね」
お母さんが少し驚いたように笑う。
「なんかもう一枚同じ写真ない?」
私が指差す先には、たくさんの写真の束がある。
その中に似たような風景の写真がはみ出ていた。
お母さんがその写真を引き出すと、予想通り同じ写真が現れる。
「二枚持っておいてたのかしら」
「そうかもね。今みたいにデータとかじゃないし、予備じゃない?」
「いや、これ違う写真だわ」
お母さんが、二枚の写真を見比べて言った。
「誰かが写り込んじゃったのね」
後から見つけた写真には、玄関から小さな男の子の頭が覗いていた。
「この子何で一緒に映ってないんだろう? おじさんじゃないの?」
家族であれば、一緒に写るはずだ。
こうして覗いているだけなんておかしい。
「違うと思うわよ。おばあちゃんの年齢的に、この抱っこされてるのがおばさんでしょ? おじさんは末っ子だから、まだ生まれてないはずよ」
そうなると、一体どこの誰なのだろう。
まさか――。
「心霊写真とかじゃないよね?」
「そんなわけないでしょ。きっと近所の子とかなんじゃないかしら?」
お母さんは興味なさそうに、もう別の写真を懐かしそうに眺めていた。
しかし私の意識は、さっきの写真のことを考えている。
お母さんの言う通り、たまたま遊びに来ていた友達なのかもしれない。
そういえば、私にもそんな友達がいた。
まだ私がこの家に住んでいたころ、よく同い年くらいの男の子と遊んでいたのだ。
あの子も今では、高校生くらい。
もう名前も、彼の家も思い出せない。
元気でやっていたらいいな。
気付けば先ほどの写真のことは忘れて、懐かしい気持ちに浸っていた。
家に帰ると、お母さんはクローゼットから昔のアルバムを数冊持ってきた。
黄ばんで年季の入ったものから、まだ新品の装いをしたものもある。
お母さんはアルバムをダイニングテーブルに置くと、すぐにキッチンへと向かった。
リビングに、コーヒーのいい香りが広がる。
これは長話確定だな。
私はそう思いながらも、椅子に座った。
「見てよ。これ、お母さんの子供の頃」
アルバムの中に、純真な笑みを浮かべたお母さんがいた。
きっと三、四歳くらいだろう。
おばあちゃんの家で、おもちゃを持って一人で遊んでいる。
「お母さんにも、こんな頃があったんだね」
「そうよ。かわいいでしょ。近所でもかわいいって評判だったんだから」
「はいはい」
私は投げやりに答える。
お母さんのいつもの盛りに盛った自慢話だ。
話半分で、コーヒーへと手を伸ばしたその時、お母さんの自慢の写真も目に入った。
「え……?」
思わず声が出た。
写真を手に取って、問題の箇所を見る。
見間違いじゃない。
楽しそうに遊ぶお母さんの後ろに襖がある。
その襖が大きく開いていて、男の子が写っていた。
少しだけ顔を出して様子を伺っている。
「お母さん、これ誰なの?」
「誰かしらねぇ。お友達とかだったんじゃないかしら」
お母さんはまた呑気な返事をしているが、私にはそうは思えなかった。
おばあちゃんの写真の男の子と、瓜二つだからだ。
「おばあちゃんの家に幽霊とかいるの?」
「そんなものいるわけないでしょ。あんた怖がりすぎよ」
お母さんの呆れたような言い方に、私は内心むっとする。
それでも言い返したりはしない。怖がっているなんて、思われたくない。
「あんたの小さい頃の写真も出てきた」
次に開いたアルバムには、私の子供の頃の写真が貼られている。
それぞれの写真に小さくメモが書かれていて、丁寧に管理されている。
ペラペラと捲られていくページの中、私はまたあの男の子を見つけた。
私が遊んでいる背後で、隙間から覗き込んでいる。
でも私は、それを口には出さなかった。
また呆れられてしまう。
私のお母さんは、幽霊なんて非科学的なものを信じてくれない。
それに写真は、全ておばあちゃんの家での出来事だ。
その家が無くなるなら、もう出てくることはない。気にする必要はないはずだった。
あれから数日が経った。
お風呂にも入って、自分の部屋のベッドでスマホを見ていた時のことだ。
今日は、友人と二人で学校の帰りにショッピングモールに遊びに行った。
たくさん写真を撮ったので、それを見返す。
今日の楽しかったことが思い起こされて、思わず笑顔になってしまう。
スワイプしていく指が止まった。
一瞬、それがどういうことなのか理解できなかった。
表示された写真には、あの男の子が写っている。
今までとは違う。
明らかにそこに子供がいるようなはっきりとした姿だ。
左にいる友人にしがみつくようにして立っている。
この写真は、ショッピングモールの女子トイレで撮ったものだ。
今日買ったシールで顔を隠した私と友達を鏡越しに写したものだ。
これを撮ったときには、女子トイレには誰もいなかった。
写真を撮る前に、友人とその話をしたから間違いない。
それに撮影したときに、必ず写りを確認する。
こんなに大きく写る男の子を見逃すはずがない。
私は慌てて、この写真を削除した。
フォルダの中に、平穏が訪れる。
友人に写真の話をしてしまったから、出てきてしまったのだろうか。
自分の存在に気付いてもらえたと、喜んでいるのだとしたら――。
私はこの日、眠ることができなかった。
次の日。昨日遊んだ友人がまだ登校していなかった。
いつもは、私よりも先にいるのに珍しい。
昨日あまりにもはしゃぎすぎて、風邪でも引いてしまったのだろうか。
先生が教室に来ると、クラスのみんなは自然と静かになった。
先生が、目元をハンカチで抑えていたからだ。
「みんなに悲しいお知らせがあります」
そうやって始まった先生の話を私は信じられなかった。
何かの嘘であってほしかった。
友人が死んだ。
帰り道で、車に轢かれたそうだ。
教室を見渡すと、何人かが泣いていた。
友人の死を純粋に悲しんでいる。
私も、本来はそっち側のはずだった。
でも私には、どうしてもあの写真のことが頭をよぎって、離れない。
あの写真の男の子、彼は友人のそばに立っていた。
友人もあの写真に気付かないわけがない。
気付いたことで、殺されたのだとしたら……。
その後、私が学校でどう過ごしていたのか記憶がない。
どうしても、確かめなければならないことがある。
学校から帰ってすぐに、おばあちゃんの家から持ってきた荷物の元へ向かった。
積んだだけの段ボールが道をふさいでいるが、そんなことは気にせずに中身を確認する。
やっと、目的のものを見つけた。
おばあちゃんの家で見つけた写真が入った段ボールだ。
私は中身を床に乱雑にぶちまけた。
目を皿のようにして、ある写真を探す。
ないかもしれない。
いや、ない方がいい。
お願い。
私の考えが間違いだったって、言わせて。
祈るような気持ちで写真を見る私の手は、ぴたりと止まった。
ぞわりと全身に、怖気が走る。
ああ、当たってしまった。
写真には、おばあちゃんが写っている。
お正月に会った時に撮った写真だ。
細かいことは覚えていないが、これ以上になく大笑いしているいい写真だった。
当時は「これを遺影にしてね」なんて不謹慎なことを言っていたが、まさかそれが本当になってしまうとは思わなかった。
そしてこの写真にも、あの子はいた。
おばあちゃんの背後にある襖から、こっそり顔を出している。
あってはならないことだ。
この写真は、私が撮ったものだ。
現像して、おばあちゃんに渡しておいてとお母さんに頼んだのも私だ。
気付かないわけがない。
何回もこの写真は見ている。
おばあちゃんは、これを見たから殺されたのではないか。
友人のことも、これで筋は通る。
私は、自分のスマホの写真フォルダを探した。
ここに元データがある。
それも確認しておこう。
写真はすぐに見つかった。
「嘘……」
お気に入りフォルダの中に、全く同じ写真があった。
大事なおばあちゃんの写真に、あの男の子が写っている。
――それだけではない。写真の男の子の顔が動いている。
「ひっ……」
思わずスマホを投げる。
床に落ちて、ゴトンと大きな音を立てた。
画面は私の方を向いたまま、くるくると回っている。
それに合わせるように、あの男の子の顔もぐにゃりと歪んでいくのが見えた。
顔の中心から、渦まいて周囲の空間まで歪んでいく。
力が抜けて、地面にぺたりと座り込んでしまった。
逃げたい。
今すぐに視線を逸らして、この状況から抜け出したい。
それなのに、体は動かない。
スマホから目を逸せない。
誰も触っていないのに、スマホの画面が勝手に変わり始めた。
写真がどんどんスクロールされていく。
パッと表示された写真は、私が昨日削除したはずの写真だった。
「なんで……」
その写真も、昨日と同じものではない。
友人の隣にいたはずの男の子は、私の横に立っていた。
そして、また男の子の顔が渦を巻いていく。
それと一緒に、友人も一緒に歪んでいく。
「やめて! やめてよ!」
私がそう叫んでも、写真は止まらない。
ついに友人の姿が、もう判別できないぐらいに歪んでしまった。
こいつのせいだ。
おばあちゃんが亡くなったのも、友人が亡くなったのも。
この子に殺されたんだ。
この存在に気付いてしまったから。
その時、スマホから着信音が鳴り響いた。
私の肩が大きく跳ねる。
これは、電話だ。
画面には、名前も番号表示もない。
少しの間着信音が鳴ったあと、誰も操作していないのに勝手に電話が繋がれた。
ザーッと大きなノイズの音が聞こえる。
次第にその音の中に、女性の声が混じるようになった。
「……て……げて」
ほとんどノイズに邪魔されて、何を言っているのか聞き取れない。
ずっと同じリズムの言葉を話している。
「あなたは誰? 何を言っているの?」
声が震えているのがわかった。
進んでいく一秒一秒が恐ろしい。
それでも声は、同じ言葉を繰り返している。
段々ノイズも激しくなり始めた。
いよいよ声がノイズにかき消されたとき、突然ブツっといって音が途切れた。
やっと収まった。
ほっと一息ついたその時――。
「おねえちゃん」
はっきりとした声が聞こえた。
先ほどとは違う子供の声だった。
スマホの画面は、まだ通話中になっている。
「おねえちゃん。また会ったね」
私が返事をできずにいると、声の主は楽しそうな声色で続けた。
なぜだろう。
この声を聞いたことがある。
「また僕を見つけてくれてありがとう。かくれんぼしようよ」
かくれんぼ。
子供の頃によくやっていた遊びだ。
やらない方がいい。
断ろうと口を開いたとき、まるで時間でも止まったかのような感覚に陥った。
今の私にできるのは、呼吸だけだった。
体も銅像になったように動かない。
「何も言わないってことはかくれんぼしてくれるんだね」
子供の声がより一層明るく弾んだ。
どれだけ断ろうと声を出そうとしても、半開きの口からはヒューヒューとした音しか出ない。
「じゃあ僕が鬼。三十数えるからね。今度こそ負けないよ」
男の子が、嬉しそうに数をかぞえ始めた。
その瞬間から、私の体は急に自由を取り戻した。
自分の手も、体も動く。
「二十八、二十七……」
私はすぐに立ち上がった。
そして、自分の部屋へと向かう。
時間がない。
この間に逃げるには、家の中で息をひそめて隠れることしかできない。
私の部屋にある隠れられそうな場所は、クローゼット、押入、机の下、ベッドの下。
このどこかに隠れるしかない。
「二十、十九……」
迷っている時間はない。
刻一刻と時間は進んでいる。
私は、素早くベッドの下に身を隠した。
暗闇の中で、呼吸を整える。
緊張から、呼吸が余計に早くなっている。
「十、九……」
あれ。昔、同じことをしたような気がする。
突然懐かしい気持ちに襲われた。
かくれんぼで私は身を潜めて、じっとその子の様子を伺っていて――。
「もういいかい?」
その言葉が、私の思考を終わらせた。
ついに始まってしまう。
この地獄のかくれんぼが。
最後の抵抗とばかりに、私は返事をしなかった。
その時、廊下からギシッと足音が聞こえた。
びくりと肩を震わせる。
今この家には、私しかいないはず。
つまりこの足音は、あの男の子のものだ。
足音は、ゆっくりと進んでいた。
音の大きさからして、こちらには向かってきていない。
きっと、玄関の方に向かっている。
あそこには、お風呂やトイレがある。
だから少しの間、私の所には来ないだろう。
息を殺して、可能な限り縮こまった。
どうかここに来ないで。誰か助けて。
またデジャヴを感じた。
昔、家の中でかくれんぼをしたことがある。
こうした緊張感のあるかくれんぼを。
そして同じことを思った。
ここに来ないで、誰か助けて。
ギシ。ギシ。
気付けば足音は、私のそばに向かってきていた。
大きく心臓が脈打ち始める。
呼吸が荒くなり始めて、私は自分の口を手で塞いだ。
足音はついに、部屋の前まで来た。
もし見つかったら、どうなってしまうのだろう。
私も同じように殺されるのだろうか。
そう思うと、体中の震えが止まらなかった。
ドアノブがゆっくりと下がっていく。
そして、ギィと不穏な音を立てて扉が開く。
そこに現れたのは、血色の悪い小さな足だった。
「……!」
悲鳴を上げそうになって指を噛む。
先ほどよりもうるさくなった心臓の音が聞こえてしまうのではないか。
足はゆっくりと押入の方へと向かった。
スーッと静かな音を立てて、襖が開かれる。
すぐに足は、クローゼットの方へと向かった。
ガラリ。
少しの間があって、また足は動き始める。
そのまま足は、扉の方へと向かっていった。
よかった、バレなかった。
ほっと一息ついた時、突然子供の頃の記憶が蘇ってきた。
私はこの男の子と、昔遊んだことがある。
いや、遊んだことがあるどころではない。
おばあちゃんの家に住んでいるとき、ほとんど毎日遊んでいた。
かくれんぼだ。
一度、近所に佇んでいるこの子に声をかけてから、毎日電話がかかってくるようになった。
当時の私は、かくれんぼしようよと電話が来る度泣きながら隠れていた。
なんとなく見つかってはいけないと思っていたからだ。
おばあちゃんから見れば、急にどうしたのだろうと心配だっただろう。
私の後を追う形で、すぐに見つけられていた。
あまりにも毎日電話しているので、おばあちゃんに「どうして鳴ってもいない電話で話しているの」と聞かれたことがあった。
その言葉があってから、電話が来なくなった。
おばあちゃんが助けてくれたのに。
私が今回、それを思い出してしまったから――。
「きゃああああ!」
不意に訪れた衝撃に、大きな悲鳴をあげてしまった。
体がものすごい力で引きずられる。
ベッドのフレームに、腕や顔をぶつけて痛みが走る。
急に視界が開けて、部屋の様子がよく見えた。
押入もクローゼットも扉が開かれたままだ。
まだ冷たいものに両足を掴まれている感覚がある。
恐る恐る足の方向へ顔を向けた。
「みーつけた! やっとぼくの勝ちだね」
人間の顔とは思えないほどに大きな口が弧を描いていた。
ごめんなさい。
みんな、ごめんなさい。
私の頬に一筋の涙が伝った。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
そんなあなたに幸せが訪れますように。




