表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五万七千円の安息香(あんそくこう)  作者: 水前寺鯉太郎
シーズン1

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/15

新しい手帳と、春を待つ常備菜

「……りっちゃん、字が綺麗すぎて、なんだか『判決文』みたいだけど」

 愛の笑い声が、キッチンの湯気に溶ける。律子の手帳に並ぶのは、かつてのような『赤字・黒字』の二元論ではない。

『一月:鰤の照り焼き。宮脇さんへの内祝い。糸島の宿、予約すること』

 律子の整然とした筆跡は、もはや自分を守るための武装ではなく、愛を未来へ誘うための招待状だった。

「……これからは、一円単位で自分たちを縛るのはやめにするわ」

 律子は小松菜の根元を、迷いのない包丁さばきで切り落とした。ザク、という小気味よい音が響く。それは、彼女が「独り」で背負ってきた正しさとの、決別の音だった。

「愛。あなたが楽をできるように、今日は常備菜をたくさん作りましょう。私が法廷で戦っている間、あなたがこの部屋で、独りじゃないと感じられるように」

 二人は並んでキッチンに立った。

 かつて「五万円」で震えていた食卓は、「七万円」の厚みを経て、今、名前のない豊かさへと変質している。

 窓の外、福岡の夜空を舞う雪は、二人の窓に触れる前に溶けて消えた。

 

 愛が、律子の手帳の余白に、こっそりと書き足す。

『一月末:あまおうを二パック。りっちゃんと食べる』

 律子はそれに気づき、少しだけ口角を上げた。

 ――けれど、律子のバッグの奥。

 音を消したスマホが、暗闇の中で一度だけ、毒蛇の目のような光を放った。

 未読通知一件。

 それは、二人が書き始めた美しいライフログを、無残に引き裂くための序曲かもしれない。

 

 それでも、今、この部屋を満たしている出汁の香りが、二人の「現在」を繋ぎ止めていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ