釣書と、苦いがめ煮
レターパックの厚みは、そのまま「親の執念」の重さだった。
天神の事務所。律子は、中から滑り落ちた見知らぬ男の釣書を、忌まわしい証拠物件のようにデスクの端へ追いやった。高貴な紺のスーツ、隙のない経歴。それは、律子がこの十年かけて積み上げてきたキャリアを、「女の幸せ」という物差しで測り直し、一方的に「欠陥あり」と宣告する無言の圧力だった。
その夜、西新のマンションの食卓には、不吉な白い封筒が置かれていた。
「……あ、それ。今度の『刺客』はなかなかのイケメンだね」
愛の軽口が、今はひどく耳に障る。
「……週末、筑後に帰るわ。父さんも母さんも、もう限界みたい」
律子は逃げるようにスマホを手に取り、実家の番号を叩いた。スピーカーから溢れ出したのは、故郷の湿り気を帯びた筑後弁だ。
『……あんたは昔から強がりばっかり言うて。病気した時、誰が看病してくれるとね? 誰が「おかえり」って言うてくれるとね?』
「一人で、生きていけるから」
その言葉を口にした瞬間、律子の視界の端で、キッチンに立つ愛の背中がびくりと震えた。
今、この部屋に、愛の「おかえり」が満ちている。
それなのに、律子の論理は愛を存在しないものとして処理した。社会的な「正解」を守るために、愛を透明人間に仕立て上げた。その偽証の味が、舌の付け根で苦く残る。
「……今日の夕飯、私が作っていいかな」
愛の声は、いつもより低く、そしてどこか挑戦的だった。
並べられたのは、がめ煮だった。だが、それは律子の記憶にある実家のものとは似ても似つかない。
里芋、蓮根、鶏肉。それらがすべて、一辺一センチの精密な立方体に切り揃えられている。
「……何、これ。がめ煮でしょう?」
「そうだよ。でも、お母さんのとは違う。これは『私と、りっちゃん』のがめ煮」
愛は笑っていなかった。
一つ一つの具材を小さく刻む作業。それは、律子を縛り付ける「家族」という巨大な概念を、愛がバラバラに解体しようとした執念の跡に見えた。
律子は、その整然とした根菜を口に運ぶ。
甘い。そして、ひどく切実な味がした。
筑後の母が「血」で繋ごうとするなら、愛は「意思」で繋ごうとしている。この極小に切り揃えられた具材は、律子の偽証に対する、愛なりの静かな抗議だった。
(私は、ここにいる。一人で生きていけるなんて、二度と言わせない)
そう突きつけられているようだった。
「……美味しいわ。お母さんのより、ずっと好き」
「……本当? よかった」
愛の表情が、ようやく少しだけ綻ぶ。
律子は手帳を開き、週末の欄に「帰省」と書き込んだ。これは単なる里帰りではない。弁護士として、一人の女として、自分たちの「筏」を守るための境界線を引きに行く戦いだ。
「愛、お土産は何がいい?」
「梅ヶ枝餅。それも、冷凍じゃなくて、参道で売ってる一番熱いやつがいいな」
「……わがままね。冷めないうちに帰ってこいってこと?」
「当たり前でしょ。七万円の食卓には、冷めたデザートなんて似合わないよ」
律子は小さく笑い、「+20,000」と書かれた数字の隣に、自分と愛のイニシャルを書き加えた。
外は、春の嵐が近づいている。
だが、胃の奥に収まった「愛のがめ煮」だけは




