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5-2:『不純物(ゴミ)が多い』という断罪

バルトは、自信満々だった。彼が持参した砂糖は、王都の富裕層でも最上級とされ、一袋で辺境の村の一年分の食糧に匹敵する価値がある。エリアーナが、その砂糖を見て感動し、取引に応じるだろうと確信していた。

しかし、エリアーナは、その麻袋に触れることすらしない。

「セバス。天秤と、鑑定用のガラス皿を」

エリアーナは、バルトの砂糖が入った麻袋の横に、0.1グラム単位まで計測できる高精度な魔導天秤と、滅菌された小さなガラスの皿を置かせた。その厳密な準備に、バルトは不審に思った。彼女の視線は、バルトではなく、麻袋に集中していた。

エリアーナは、アンナに指示し、麻袋の口を指先で少しだけ開けさせ、ごく少量の砂糖をスプーンで掬い上げさせた。アンナは師匠の冷たい視線に緊張しながらも、正確な動作でそれを天秤に載せられたガラス皿の上に、静かに振り落とした。

その瞬間――エリアーナの視界に、青白い『食材図鑑』の情報がオーバーレイされる。

『素材:砂糖(王都最高級品)』

『純度:88%』

『状態:不純物(塩化ナトリウム、微細な塵)含有』

『結晶化温度:不安定』

『推奨:タルト生地(Lv.2)、シロップ(Lv.1)』

エリアーナは、そのデータを見て、深く、深く、ため息をついた。その溜息には、深い失望と、純粋な怒りが込められていた。彼女の感情は、「せっかく最高の素材(桃)を生み出したのに、王都の連中が提供できるのはこの程度の『ノイズ』なのか」という、科学者としての苛立ちだった。

「バルト殿。貴方がこれを『最高級』と呼ぶのでしたら、貴方は、真の砂糖の味を知らないのね」

エリアーナは、天秤の数字を読み上げることなく、冷たい声でバルトを断罪した。その声は、アトリエの清涼な空気に響き渡り、バルトの耳に、まるで王都からの勅命のように厳しく突き刺さった。

「この砂糖の純度は、88パーセントよ。残りの12パーセントは、不純物、そのほとんどが、シロップの不完全な精製過程で混入した、塩化ナトリウム(塩気)と、粉砕時の微細な塵ね」

バルトは、その言葉に、思わず絶句した。彼の額に、じわりと嫌な汗が滲む。彼は、自分の人生において、商品の品質をここまで厳密に、しかも一目で指摘された経験がなかった。

「な、何を根拠に……! 貴方が使っているその魔道具の天秤で、塩化ナトリウムまで分かるというのか!?」

バルトは、魔導天秤を指差して声を荒げた。魔導天秤はあくまで重量を測る道具だ。成分を分析できるわけがない。彼は、エリアーナがハッタリをかけているのだと、最後の抵抗を試みた。

「いいえ。私の舌がそう言っているのよ」

エリアーナは、ガラス皿から、指先でごく微量の砂糖を掬い上げると、そのまま舌に乗せた。その一連の動作は、まるで毒味師のそれのように厳粛だった。彼女の瞳は、砂糖の粒子を顕微鏡で覗くかのように見つめていた。

(くっ……舌に乗せた瞬間、その清涼な甘さに、微かな塩気が後追いしてくる。この塩気が、クリームの乳化や、キャラメルの結晶化を妨げる最大の敵よ。王都の貴族は、この『ノイズ』を、素材の『個性』と勘違いしている)

エリアーナは、バルトを真っ直ぐに見据えた。彼女の瞳は、純粋な探求者として、一切の曖昧さを許さない、冷たい光を放っている。その視線は、バルトの商業的な虚栄心を、容赦なく突き破った。

「パティスリーにおいて、砂糖は『化学物質』よ。この不純物は、私の『作品』の全てを台無しにするわ。この砂糖は、私のアトリエでは、廃棄寸前の小麦粉と同等の『ゴミ』よ」

「な……!」

バルトの心臓が、ドクン、と大きく脈打った。彼にとって、「ゴミ」という言葉は、己の商会、そして自身の人生の品質を否定されたに等しい。彼は、エリアーナの言葉に、反論の余地がないことを、自身の経験と直感で悟り始めていた。王都で最高級とされる砂糖でも、微かな潮の香りや、舌に残るザラつきがあることは、彼自身、長年気づいていた。だが、誰もそれを『不純物』として指摘しなかった。それは「上質な証拠」だと、誰もが信じてきたのだ。

(まさか、この辺境の地で……王都の常識が、すべて『誤り』だと断罪されるとは……! このお嬢様は、一体何者だ? 彼女の基準で王都の全ての素材を鑑定すれば、全てが『ゴミ』になってしまう!)

バルトは、頭の中で、自分の商会が扱う全ての最高級品が、エリアーナの冷徹な科学的な瞳によって、『廃棄』の烙印を押されていく光景を想像し、戦慄した。この令嬢は、王都の貴族の権威ではなく、『真の品質』だけを基準に世界を見ている。

「そ、そこまで言われるのであれば……貴方様の求める『最高純度』とは、一体、どのようなものか、このバルトにお示しいただきたい」

バルトは、もはや傲慢さを捨て、挑戦的な、しかしどこか切実な興味を込めて、エリアーナに問い返した。彼の商魂が、この辺境の地に、想像を絶する『宝』が眠っていることを察知したのだ。その瞳には、一世一代の『大勝負』に臨む、商人の火が灯り始めていた。


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