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誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。  作者: 堂樹
【Case0】絶望が運命を変える――始まりのカフェ
3/36

【3】



「僕のもとで働くのは不安ですか?」


「瑞月さんのせいじゃなくて、ちょっと未知の世界すぎて……夢を見ているような気分が抜けないんです」


 生きるのが嫌になるほど落ち込んだのは事実だが、「幽霊相手に接客しちゃいまーす」などと開き直れるものではない。第一、まだ幽霊の存在を信じたわけでもない。


「強引なお願いになってしまい恐縮ですが、僕は璃乃さんのことをもっと知りたい。ここは〝新たな就職先を探すまでの繋ぎ〟として当店を利用してみませんか? 嫌になったら即日辞めていただいて構いません」


 繋ぎ……か。

 どのみち私には何の予定もない。このお店の駐車場を一部破損してしまった負い目もある。そして瑞月さんが何者なのかということも気になる。思い切って足を踏み入れてみよう。


 まさかこんな展開が待ち受けているとは。

 失恋・失職による精神的ダメージから一転、幽霊専門のカフェに辿り着くことになるなんて誰が想像できただろう。


「ちなみに、瑞月さん以外の従業員の方は?」


「僕と友人の二人で経営しています」


「たった二人で? 大変そうですね」


「いえ、とても楽しいですよ。今日は店じまいとしましょうか」


 瑞月さんは席を立ち、窓際のテーブルに向かって「お騒がせしてすみません」と告げた。私も立ち上がり、瑞月さんの視線の先に目を凝らしてみる。相変わらず何も見えない。怪しい気配のようなものも感じられない。


「私、本当に霊感があるんですか?」


「そうですね……何の実感もないままでは困りますよね。璃乃さんにちょっとした〝おまじない〟をかけてあげましょう」


「何ですか、それ」


「僕の前に立っていただけますか?」


 指示に従い、瑞月さんの正面へ移動する。

 身長百五十五センチの私よりも、彼の方が頭ひとつ分くらい大きい――おそらく百八十センチ程度だろう。そんなことを考えているうちに、瑞月さんの左手が私の頭の上に乗った。


「中村璃乃

 我が血の呼び声に応えたまえ

霊魂宿力解れいこんしゅくりきかい〟――」


 淡々としたお経のような囁き声。

 頭に乗っている瑞月さんの手が、じんわりと熱を帯びていくのを感じる。


 身体の芯がむず痒いような。

 心臓が震えているような。

 違和感はあるものの痛みはない。

 数秒の沈黙のあと、手を下ろした瑞月さんは微笑んだ。


 一体何だったのか。

 ――いや、おかしい。

 明らかな変化がある。

 カフェスペースの奥から重々しい気配が流れてきた。気配の先に目を向けるのが恐ろしく、瑞月さんの顔をじっと見上げる。


「璃乃さんにも伝わりましたか?」


「瑞月さん……こんな重苦しい気配をずっと感じてたんですか?」


「僕は慣れているので平気ですが、璃乃さんにはまだ刺激が強いかもしれませんね。一生解放されることのなかったかもしれない力を、一部とはいえ無理やり呼び覚ましてしまいましたから。――あぁもちろん、不快感に耐えられないようであれば元に戻しますのでご安心を」


 全身にのしかかってくる気配以上に、瑞月蒼唯という存在が(おぞ)ましい。


 彼のかけた〝おまじない〟とは何なのか。

 霊感があるとかないとか、そういう次元の問題なのか。

 それどころではない、もっと人間離れした何かを、彼は持っているのではないか。


 詳しい説明を求めようとしたところで、瑞月さんがカフェスペースの奥へ顔を傾けた。「あちらがお客様ですよ」と紹介される。私も恐る恐る目線を移動させた。


「嘘……」


 無意識のうちにこぼれていた呟き。

 先ほどまで誰もいなかったテーブル席に、五十代くらいの男性がぽつんと座っていた。


 と言っても、明らかに人間(・・)ではない。

 透き通った身体――3D映像のようだ。

 瑞月さんは「常連さんなんです」と説明してくれたが、声が出なかった。代わりに冷や汗が噴き出すのを感じる。自分の目に映るものを受け入れるのが恐ろしい。


「璃乃さん? 大丈夫ですか?」


「わ、私にも、オバケが見えるなんて――」


 ふっと冷たい風が肌を刺した。

 エアコンの風とは明らかに違う。

 背筋が凍るほどの冷気だった。

 瑞月さんが呆れたように笑み、私の肩に手を乗せる。


「突然のことで恐怖心があるのは分かりますが、彼はお客様ですよ? オバケなんて言ったら失礼です」


「すみません、でも私――」


 半透明の男性が音もなく立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。ぐらぐらと揺らめいている――彼の足元がおぼつかないのではなく、彼の姿そのものが、ロードに失敗した動画のように安定しない。それが不気味さに拍車をかけている。


 男性は水色のパジャマを着ており、何故か裸足。痩せ細った身体は蒼白で、表情は〝無〟といった様子。唇がもごもごと動いているが、何を喋っているのか分からない。声も聞こえない。


 初めて対峙する幽霊から目をそらすこともできず固まっていると、隣から「すみません」という瑞月さんの声がした。


「璃乃さんは霊力が弱いので渡辺(わたなべ)さんの声は届かないんです。でもいずれ、意思疎通できるようになるといいですね」


 幽霊の口角がふっと上がる。

 目に生気は感じられないが、微笑んでいるように見えた。


 瑞月さんが「またのお越しを」と告げる。

 幽霊は私たちの横を通り過ぎ、カフェの入口へと移動した。その姿がドアの手前でぷつっと消える。


「今のは一体……」


「渡辺さん。五年前に病気で亡くなられたそうで、当店の数少ない常連さんです。ほぼ毎日いらっしゃるんですよ」


「そういうことではなく。瑞月さん、あの幽霊と会話できるんですか?」


「もちろん。僕はあなたと違って、彼らの声が鮮明に聞こえています」


「そう、なんですか」


「驚いているみたいですね。今はそれで構いませんよ。徐々に慣れるでしょうから」


「瑞月さん……一体何者なんですか?」


 真面目に訊ねたのだが、彼は「あははっ」と少年のような笑い声を上げた。優雅で妖艶なオーラを纏う人だと感じていたが、無邪気な一面もあるようだ。


「璃乃さんは僕のこと、何者だと思います?」


「実は瑞月さんも幽霊、なんてオチじゃないですよね?」


「そうですねぇ……。ただの(・・・)カフェ経営者ではないかもしれませんね」


「教えてくれないんですか?」


「今はまだ」


 瑞月さんはレジカウンターへと歩み寄った。カウンターの裏側から《close》という札を取り出し、カフェの入口へ向かっていく。腕時計に目を落として時間を確認すると、午後三時を回ったところだった。


「いつもこの時間にお店を閉めるんですか?」


「今日はあなたがいらっしゃいますので」


 もしかして、先ほどの幽霊――渡辺さんという方を追い出す形になってしまっただろうか。不安になり訊ねると「大丈夫です」と返ってきた。瑞月さんいわく、渡辺さん自ら「帰るよ」と発言したそうだ。



「ところで璃乃さん、今日の夕食のご予定は?」


「特に決まってませんけど……」


「では当店で食べていきませんか? もう一人の従業員もそのうち戻るので、双方の紹介も兼ねて」


「……分かりました。そうさせていただきます」


「食事は僕が作ります。準備ができたらお知らせしますね。おやすみなさい」


 ……おやすみなさい?

 寝ろと言うこと?

 考えがそこに至った途端、激しい眠気が襲ってきた。

 寝不足でもないのに何故――。


「今は身体を休めておいてください」


 瑞月さんにエスコートされ、ソファへと腰掛ける。強烈な眠気に抗うことができず、テーブルに突っ伏した。




+ + +




 ――奇妙なほどリアルな夢だった。

 私に霊感があるとか。

 幽霊が見えるとか。

 怪しさたっぷりのイケメン店主とか。

 あんなものは全て夢。

 そう、間違いなく絶対に百パーセント確実に夢……だと思いたかった。


 周囲に広がる、アンティークな雰囲気のカフェスペース。目の前に立つ、爽やか美麗スマイルの瑞月さん。



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