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誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。  作者: 堂樹
【Case0】絶望が運命を変える――始まりのカフェ
2/36

【2】



「私、事故を起こしたのは初めてで……本当にすみません。こういうときってまず警察に電話すればいいんですか?」


「立ち話もなんですから、ひとまずこちらへどうぞ」


 男性は穏やかに微笑み、入口から一番近いテーブル席へ案内してくれた。彼と向かい合って腰掛ける。改めて先ほどの質問に戻ろうとしたところで、男性が私の顔をじっと見ていることに気付いた。


「――なるほど。あなたの内に秘められた〝霊力(れいりょく)〟、僅かに感じられます」


「え? 何の話ですか?」


「混乱させてしまって申し訳ありません。当店は通常、俗に言う幽霊しか入店できないんですよ」


 ……あぁそうか。

 私、あの事故で死んでしまったのか。

 きっとここは死後の世界。

 現世と大差ないようだ。


「痛みも苦しみも全然なかったな。これはこれで良かったのかも」


「あなたは霊でなく、間違いなく生きています。人間である僕が保証しますよ」


「でも店員さん、『このお店は幽霊しか入店できない』って言いましたよね?」


「通常は、そうですね」


「……私は異常事態に巻き込まれたと?」


「そのようなものですね。まずはお互い自己紹介しませんか? 僕は瑞月蒼唯(みずきあおい)、この店のマスターです。あなたのお名前は?」


中村璃乃(なかむらりの)です」


「璃乃さん、ですね。あなたは霊の姿を見たことも、声を聞いたこともないですか?」


「ないですけど……」


「しかし当店に張っている〝結界〟を潜り抜ける素養はある……と。素敵な出会いができて嬉しいです」


 まるで話が見えない。

 作り物のような男性の――瑞月さんの営業スマイルが、だんだん腹立たしく思えてきた。


「もう、何がどうなってるんですか? 新手の詐欺か何か?」


「そう興奮なさらずに。当店のドアに掲げている看板はご覧になりましたか?」


「確か《川のほとりのドリンクに幸せを添えて》みたいな長い名前が――ってまさか。あそこに書いてあった〝川のほとり〟って三途の川のことですか? もう少しで天国が見えちゃうかもしれないような……」


「えぇ。当店は霊にとって〝現世(うつしよ)とあの世を繋ぐ場所〟と言えるでしょう。とはいえ僕たち人間が天国行きになることはまずありませんのでご安心を」


 ……もう駄目だ。

 こんな夢を見ている場合じゃない。

 早く目を覚まして。

 そんなことを考えながら自分の頬を思いきりつねってみる。鋭い痛みを感じると同時に、「夢ではなく現実ですよ」という声が聞こえた。


「璃乃さんが当店の結界を潜り抜けた経緯、お聞きしてもよろしいですか?」


「経緯と言われても……結界なんて見えませんでした」


「璃乃さんの心理状態に影響しているのでしょうか。近頃、何か辛いことはありませんでしたか? (せい)を投げ出したくなるほどに苦しい出来事が」


 返事に詰まってしまった私の反応で瑞月さんには伝わったらしい。彼は笑顔を引っ込めた。


現世(うつしよ)に不満があるのでしたら、全て僕にぶつけてみませんか?」


「ぶつけるって……」


「ご友人に愚痴をこぼす感覚で構いません。もちろん他言もしません」


 ……こうなったら自棄(やけ)だ。

 愚痴を聞いてくれると言うのなら、がっつり聞いてもらおう。


「私、彼氏に裏切られたんですよ。二ヶ月くらいの付き合いだったけど大事にしてきたし、一途に想ってました。それなのに二股されてて、しかも本命は私じゃなくて、一瞬でゴミみたいにポイッて捨てられたんです」


「最低な人ですね」


「それだけじゃないんです。捨てられた直後に会社が破産・解雇ですよ? 就活に失敗してしばらくフリーターをしてて、やっとの思いで就職した会社だったのに。補償はたったの十八万。一ヶ月分程度の給料だけもらったところで、就活をやり直す労力を考えたら割に合わないです。二十八歳で突然のニート……すぐ再就職できるとも思えません。私は何も悪いことなんかしてないのに、何でこんな理不尽な目に遭わなきゃいけないんでしょうね」


 一旦話し始めてしまうと、自分でも驚くほど流暢に言葉が並んだ。それと同時に「あぁ、私は誰かに愚痴を聞いてほしかったんだな」という本音に気付かされた。こんな情けない話、友達にも親にもできずにいたが。少しだけ胸の(つか)えが和らいだ。とはいえ――。


「すみません。不満をぶつけていいと言われましたけど、初対面の人間からこんな話をされても困るし鬱陶しいですよね」


「いえ。苦しい感情を吐き出すことができるなら、可能な限り吐き出してしまった方が良いものです。そうすることで状況が好転する可能性もあるのですから」


「……そういうものですか?」


「たとえば僕は今、あなたが仕事を失って困っていると知りました。当店で働きませんか、とお誘いすることができるわけです」


 唐突な申し出に戸惑った。

 仕事をいただけるならありがたいが、失礼ながらこのカフェは繁盛しているように見えず、人を雇う余裕はあるのかと心配になる。現在地がどこなのかという疑問もまだ解消していない。


「ここって何県何市ですか?」


「岐阜県の川辺町(かわべちょう)ですよ」


「県外に出ちゃってたんだ。しかも聞いたこともない町……」


「璃乃さんはどちらから?」


「愛知県小牧市(こまきし)です」


「小牧ですか。車で片道一時間くらいですね。通えそうですか?」


 話を進めようとする瑞月さんには悪いが、通勤距離だけの問題でない。彼はおそらくアルバイトとして誘ってくれているはずだ。今は気力ゼロでも、この先の将来を思えばまた正社員として働きたい。丁重にお断りしよう。


「ありがたいお話ではありますが――」


「璃乃さんが会社勤めしていたときと同じお給料を出しましょう」


「……はい?」


「ケーキ付きの昼食は無料。休みは不規則になりますが、週休二日は保証しますよ」


「ぜひ詳細を聞かせてください」


 条件に釣られ、思わず乗っかってしまった。しかし会社にいた頃と同じお給料をいただけるなら、話を聞かせてもらうに越したことはない。



「最初にお伝えしたとおり、当店は霊しか入店できないカフェとなっています。つまり、お客様=幽霊です」


「……まさかとは思いますけど。今この店内にも〝お客様〟が?」


「えぇ、男性が一人」


 瑞月さんはカフェスペースの奥に目を向けた。窓際のテーブルにはティーカップがひとつ置いてある。中身が入っているかどうかは見えない。


「ほ、ほんとに、いるんですか、幽霊が」


「はい。僕たちに向かって手を振ってくれていますよ」


 と言われてもそれらしき姿はない。私に見えるのは、誰もいない空間に向かってにこやかに右手を振る瑞月さんだけだ。寒いわけでもないのに鳥肌が立った。


 やっぱり無理だ。

 幽霊が集まるカフェなんて不気味すぎる――と言うより、得体の知れない瑞月さんが恐ろしい。本当は幽霊などどこにもおらず、私を騙すために演技している可能性もある。いつの間にか怪しい商売の片棒を担がされていた、なんてことになりかねない。上手い話には落とし穴があるものだ。


「僕は特異体質なんです。分かりやすい表現をするなら〝霊感〟でしょうか。霊を感じ取り、受け入れる素質。それが璃乃さんにもあります」


「でも私……二十八年間生きてきて、幽霊にも怪奇現象にも遭遇したことないですから。こんな怪し――風変りなカフェで働くのは無理かなって」


「混乱は承知の上ですが、僕はぜひ一緒に働きたいです。あなたに一目惚れしてしまいましたので」


 思いがけない発言に面食らった。

 自分が美女でないことは痛いほど自覚している。しかし社交辞令にしては仰々しく、そこまで嘘を盛る必要があるとも思えない。


「当店は人間が踏み込めないよう結界を張っています。璃乃さんはそれを潜り抜け、僕の目の前に現れた。しかもあなたの宿す霊力は、僕が信頼している人物の霊力とよく似ています」


「……それはつまり、私の持つ霊感に一目惚れしたと?」


「えぇ。ぜひあなたの力に触れてみたいです」


 恋愛とはまるで関係のない感情だった。

 自意識過剰な勘違いをする前に確認しておいてよかった。



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