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誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。  作者: 堂樹
【Case2】仕入れの謎と、お客様の謎
16/36

【5】



 朔也の部屋を出て一階へ。床掃除を終わらせた頃、勝手口から瑞月さんが入ってきた。これまでウェイター姿しか見たことがなかったが、今朝は黒いTシャツにジャージというラフな格好だ。両手にレジ袋を携えている。


「待たせちゃってごめんね。新装開店の広告を見て、これから植える野菜の苗を買ってきたんだ」


「たくさん買われたんですね」


「うん。朝イチでお店に入ったから好きなものを悠々選べたよ。お昼までに庭仕事を終えたいところだね」


「すみません。実はさっき朔也と話して――」


「仕入れに同行するんでしょ? 朔也からLINEをもらってるよ」


 瑞月さんはビニール袋を床に下ろし、「ちょっとついてきて」と歩き出した。彼が向かったのは二階の私室。広さは朔也の部屋と同じくらいだろうが、本棚が三つもあるせいで狭く感じられる。


 瑞月さんはシンプルな木製チェストの引き出しを開けた。そこから取り出したものを私の手のひらへ――五センチくらいの小さな巾着袋。中にはビー玉のような石が入っていた。星ひとつない夜空のように真っ黒で、ずっしりと重厚感がある。


「それはオニキスというパワーストーンだよ。強い力で邪気を撥ね退()けてくれる。キミにあげるね」


「いいんですか?」


「うん。僕とお揃い」


 瑞月さんは自分の左耳を指さした。小さな黒いピアスが光っている。彼が毎日このピアスをしていることは気付いていた。ただのお洒落でなく厄除け効果があったらしい。


「それと、昨日のお客様の件で早速情報が入ったよ。彼女、自宅で首を吊っていたんだ」


「えっ――」


 お姉さんが亡くなったのは、妹さんの死から約一ヶ月後。遺書の類いは残されていなかったが、妹さんと同じく事件性はなかったのだとか。


「昨日『記憶の一部が欠落している浮遊霊もいる』と話したよね。お姉さんには自死を選んだ記憶がない――つまり彼女の話には〝自殺に至るまでの経緯が含まれていない〟ということ。本人も自覚していない何か(・・)が必ずある」


「妹さんの死からお姉さんの死まで約一ヶ月……。後追い自殺でしょうか」


「一旦原点に帰って、警察の捜査結果は事実と仮定して考えてみようか。妹が死を選ぶほどの苦悩を抱えていることに、お姉さんは気付いていたと思う?」


 別々の場所に住んでいたとはいえ連絡を取り合う仲だったら、妹さんの異変に全く気付かないということはないのでは――と考えかけたが、おそらく違う。妹の異変や苦悩に少しでも心当たりがあれば、捜査結果を真っ向から否定すると思えないからだ。


「キミの言うとおり、お姉さんには何の心当たりもなかったんじゃないかな。だから妹さんの自殺を否定し、事件性を疑った――というストーリーを僕たちが勝手に作ってしまっているだけで、どこかに誤りがあるんだろうね」


「……誤り?」


「探偵の話を持ちかけたときにお姉さんが見せた動揺――本当は彼女も、捜査結果は正しいと分かっているのかもしれない。その上で、事件性を指摘せざるを得ない事情があるのかな」


「警察に断固として異議を唱えるなんて、生半可な気持ちじゃできませんよね? そこまでしなきゃいけない事情って一体……」


「昨日の様子だと、単刀直入に訊ねたところで隠そうとするだろうなぁ。上手く話を引き出すことができればいいけど」


「私にできることは何もないですか?」


 瑞月さんは神妙な面持ちで黙り込んだ。新人が出しゃばるべきでなかったと後悔したが、口にしてしまったものは戻らない。視線を横に流して考え込む瑞月さんの答えをじっと待つ。


「……ごめんね。今は何とも言えない」


「そう、ですよね。余計なことを言ってすみません」


「余計なことなんてとんでもない。お姉さんの力になりたいと思ってくれたんでしょ?」


「はい。瑞月さんの口からですが、私も悩みを聞かせてもらった立場なので」


「お客様に寄り添おうとするその気持ちが何より嬉しいよ。今は目の前に迫っていること――死魂の仕入れを頑張ってね。辛くなったらちゃんと朔也に言うんだよ?」


「分かりました」と答え廊下に出る。朔也の部屋をノックしたものの返事はなく、一階へ下りた。キッチン内でショートケーキを立ち食いする朔也を発見――朝食中とのこと。私も甘いものは好きだが、朝から生クリームたっぷりのショートケーキは胸焼けがしそうだ。


「蒼唯さんと何してたの?」


「お守りをいただいたの。オニキス」


「そ。良かったじゃん」


 ケーキを食べ終えた朔也とともにお店を出る。今日の空はどんよりと灰色に染まっていた。夏らしい乾燥した暑さでなく、肌にまとわりつくような熱気。一雨あるかもしれない。


 朔也の運転する車で走ること約一時間。

 目的の廃民宿に到着した。


 三台分しかない駐車場のアスファルトにはひび割れが目立ち、その隙間から雑草が伸びている。入口はガラス戸になっているものの、大胆に破壊されていた。長年放置されている間に、興味半分で侵入した者が大勢いるのだろう。


 朔也は五百ミリリットルサイズの空きペットボトルを持ち、「行くよ」と歩き出した。その背中を追う。地面に散らばるガラス片を避けつつ廃民宿の入口に足を踏み入れた途端、内部からどす黒い煙が押し寄せてきた――感覚がしただけで、実際は何が出てきているわけでもない。仄暗い玄関が広がっているだけだ。


 しかし「近付くな」と警告された気分。

 思わず立ち止まってしまった。

 前を歩いていた朔也が振り返る。


「大丈夫か?」


「……うん。なんだか毒々しい空気みたいなものを感じて、ちょっと気持ち悪かっただけ」


「悪霊の持つ邪気だよ」


「仕入れが危険だと言っていた理由?」


「そ。店に来る霊と違って、これから対峙するのは人間に害をなす悪霊だ。それを(はら)い、なおかつ死魂をいただくのが俺の仕事」


 多少慣れた気もするが、ねっとりと全身を蝕むような不気味さは消えない。こんな場所で平然としている朔也は、自身が宿す強い霊力に守られているのだろうか。私には刺激が強すぎる。


「どうすんの? 外で待ってる?」


「……ううん。せっかくここまで来たんだもん、ついてくよ」


 よし、と気合を入れて朔也に歩み寄る。彼は周囲を見渡し始めた。玄関の左側にはスリッパの入った下駄箱がある。備品の一部は残されたままのようだ。他に目立つものと言えば壁の落書き。卑猥な単語や数字の羅列、日付に名前まで様々なものがある。


 床には飲食物のゴミが散乱しており、その中には真新しいものもあった。マッチで火をおこした形跡もある。誰かが寝泊まりでもしているのだろうか。


「私には絶対無理だな、こんな場所で食事なんて」


「俺だって無理。でもこの中で過ごす奴が存在するなら尚更、悪霊を祓っておかないと。被害が出てからじゃ遅い」


「悪霊を祓って死魂も手に入って、一石二鳥ってこと?」


「そ。あんたは俺の後ろで見ていればいい。絶対前に出ようとするなよ?」


 言われなくても、足がすくんで動けなくなると思う。


 ぎしぎしと歪な音を立てながら、薄暗く埃臭い廊下を進んでいく。さほど大きな建物でなく、あっという間に最奥へ到着した。行き止まりにぽつんと佇んでいたドアを朔也が開ける。


 黒ずんだ畳張りの部屋に、ボロボロの布団とジャージが残されていた。その近くにはビールの空き缶やコンビニ弁当の食べ散らかしが放置されている。夏場にこんな状態ではハエがたかりそうだが、ただの一匹すら舞っている気配がない。


「ものすごい生活感が漂ってるね」


「だな。そしてこういう汚いところは、悪霊にとって居心地のいい場所でもある」


 突然、朔也が左手を前に突き出した。

 彼の正面、部屋の奥に黒い塊が浮かび上がる。高さ二メートルほどあるそれは、まるで漆黒の雨雲だ。


 背筋を這う不気味さが急激に膨れ上がり、一瞬眩暈がした。倒れないよう両足に力を入れる。


 どこからともなく風が吹いてきた。

 身体の芯を刺すような、不自然なほど冷たい風。

 それは朔也の全身を取り巻いていた。

 はっきりと風の流れが見える。


「狭間の世界を彷徨い足掻(あが)

 (なんじ)へ告ぐ

 我が血は汝の魂を(えぐ)

 永劫(えいごう)の闇に閉鎖すことを

憎苦世堕怯無出ぞうくせだきょうむしゅつ〟――」


 お経のような言葉の羅列が終わった途端、正面から爆風が襲いかかってきた。野太い絶叫が響き渡り、毒々しい色の光が周囲を覆い尽くす。


 堪えきれず目をつむった。

 たとえるなら〝紫色の光の爆弾が爆発した〟といったところか。


 ――しかし。

 それはほんの一瞬の出来事で。

 恐る恐る瞼を持ち上げたときには、元の散らかった客室に戻っていた。



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