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誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。  作者: 堂樹
【Case2】仕入れの謎と、お客様の謎
13/36

【2】



「苦しんでる奴を放っておけない性分なんだよ、あの人は。だから蒼唯さんなりに、あんたにも手を差し伸べようと思って店に誘ったんじゃない?」


「……私?」


「霊と関わるなんて一般人には考えられないことだろ? 蒼唯さんはそれを、さも当たり前のことのように打ち明けた。あんたが店の結界を潜り抜けた珍客とはいえ、出会ったばかりの人間に対して大盤振る舞いすぎると思わない?」


「……そう、だよね。私が悪意を持って結界を抜けたわけじゃないと分かれば、幽霊の件は話すことなくお別れすることができたはず」


「だろ? 俺たちのことや霊のことを知りたい気持ちは分かるけど、今すぐ何でも教えてもらえると思わない方がいい。蒼唯さんがあんたの働く姿勢を評価すれば、もう少し情報を与えるはず」


「……朔也からも?」


「さぁ? あんたが死魂の仕入れに同行したら変わるんじゃない?」


 危険なことに踏み込むのはできれば避けたいが――「考えておく」と返しておいた。




+ + +




 私の車はピカピカに磨かれた状態で戻ってきた。修理代は十三万だったらしい。瑞月さんは「事故の責任は結界を張っている僕にあるから」と言い、全額支払ってくれた。そんな彼のためにも気を引き締めて働かなければ。


 今日の開店は午前十時半。

 来客はなく、ギャラリーに展示されている絵画の埃取りを行っていたのだが――掛け時計が十一時を指す頃、瑞月さんに声を掛けられた。


「空気が変わった。今日は普段と違うお客様が来るよ」


「どういうことですか?」


「とても珍しいケースで、働き始めてすぐ説明するようなことでもないかなと思っていたのだけど……。重要なことだから真剣に聞くように」


 瑞月さんの表情も真剣そのものだ。

 埃取り用のハンディモップの柄を握り締め「はい」と答えた。


「これまでキミが見たお客様は〝自分が霊である〟ということに気付いていた。逆に、自分が死んだことに気付いていない霊も存在するんだ。これを〝浮遊霊(ふゆうれい)〟と呼ぶ」


「空中に浮かんでるってことですか?」


「そういう意味じゃなくて。浮遊霊は〝自分が生きている〟と勘違いした存在なんだ。たとえば――」


 とある会社員の幽霊は何ヶ月も《バスで会社へ行き、またバスに乗って家に帰る》という行為を繰り返していた。会社や自宅に未練があったわけでなく、自分が死んだことに気付いていないため、生前と同じ生活を送っていたという。


「こういうのが浮遊霊だよ」


「でも……本人は生前と同じ生活を送っているつもりでも、生きている人に無視され続けるわけですよね? 『自分は死んだんだ』という考えは浮かばなくても、すぐ『おかしい』と気付くんじゃないですか?」


「不思議なことに、彼らの中ではヒトとの会話が成立しているようなんだ。幻覚・幻聴に近いものかな」


「……正直に言わせてもらうと怖いです」


「霊を認識できる僕たちから見ればそうかもね。そしてこういう霊は自分の死を自覚した途端、凶悪化する可能性がある。そうなった場合キミも邪気に呑まれてあの世行き――」


「そんな!」


「――というのはさすがに大袈裟だけど、体調が著しく悪化する可能性を孕むんだ。もちろんそんなことにならないよう、僕が必ず守ってあげるからね」


 ふふっ、と瑞月さんは優美に微笑んだ。

 しかし何の対処法も知らない私に言わせれば、呑気に笑っている場合じゃない。凶悪化する可能性を必ず回避しなければ。


「どうすれば幽霊との関係を穏便に保てるんですか?」


「その〝幽霊〟というワードが地雷だよ。璃乃さんの眼に映るものがどんな存在でも、ここに来るのはお客様。幽霊という言葉を、本人の前で絶対に口にしない。いいね?」


 大きく頷いた。

 瑞月さんの忠告を肝に銘じよう。


「さぁ、お客様のご来店だよ」


「私はどうすれば……」


「ここで待機していて。必要があれば呼ぶよ」


「はい」と答えた直後、視界の端に人影が映り込んだ。ドアの前に女性の姿がある。ワインレッドのカットソーにデニム、赤茶色に染めたボブヘア。これまで見てきた幽霊よりも色素が濃く、より人間に近く見えた。今にも溜め息をつきそうな表情をしている。


「いらっしゃいませ」と営業スマイルを浮かべた瑞月さんは、トレイにグラスの水とおしぼりを乗せ、浮遊霊に歩み寄った。レジカウンターからもっとも近いテーブルへ案内している。


「レモンティーと日替わりケーキですね。少々お待ちください」


 一礼した瑞月さんが戻ってくる。彼とともにキッチンへ入ると、冷蔵庫からケーキを取り出すよう指示された。瑞月さんはレモンティーの準備をしている。今回は浄化するわけでないため、死魂入り茶葉は使用しない。出来上がるのは人間でも美味しく飲める紅茶だ。


「今回のお客様、お疲れ気味なのかもしれないね」


「そうですね。表情が暗かったです」


「うん、何か思い詰めているようにも見えた。さりげなく話を聞いてみるよ」


 ガトーショコラとレモンティーの乗ったトレイを手に、瑞月さんがフロアへ出ていく。


 私はギャラリースペースへ移動し、ブックスタンドから画集を取ってめくりつつ、ちらちらと様子を窺った。幽霊はティーカップに手を伸ばした状態で静止し、瑞月さんはときおり相槌を打っている。


「そんなことがあったのですか。謎が残りますね」


 ……謎が残る?

 一体どんな話をしているのだろう。

 瑞月さんの声しか聞こえないことが歯がゆい。


「そのLINEの履歴、僕に見せていただくことはできますか? …………うーん……。お客様さえよろしければ、当店のアルバイトにも意見を聞いてみましょうか」


 私のことだ。

 緊張で心臓が破裂しそう。


 あれは幽霊だけど幽霊じゃない、人間のお客様。幽霊なんて言ったら私が幽霊になるかもしれない、絶対ダメ。


 心の中で必死に繰り返していると、瑞月さんに名前を呼ばれた。重い足取りで彼らのテーブルへ向かう。


「何がありましたのでござりまするか?」


 緊張しすぎて敬語が滅茶苦茶になってしまった。

 しかし瑞月さんは笑顔でスルー。

 お客様へと向き直った。


「半年ほど前、お客様の妹さんが亡くなったそうなんです。そこに不自然な点があるとのことで――」


 妹さんは大学一年生。

 岐阜市内のアパートで一人暮らしをしており、室内で首を吊ったという。警察の捜査により自殺と断定されたが、姉であるお客様は事件性を疑っているそうだ。その理由はスマホに残されていた――妹さんが亡くなる直前にやり取りしていたLINEに気になる点があるらしい。


 幽霊の所持するスマホは本人と同じく半透明だ。私に触れることはできないだろうと考え、お客様の隣にしゃがみ込み、画面を見せてもらった。最初のメッセージは深夜一時頃。


《さっきから

 ウチの前に

 変な人がいるっぽい

 怖いんだけど》


〝変な人〟という曖昧な表現が引っ掛かったのだろう、お客様は《どんな人なの?》と返信。数分後、妹さんから返事が入っている。


《何かを叩いてる感じの

 音がする

 音が近いから

 家のすぐ前だと

 思うんだけど》


 お客様は《酔っ払いかな?》と短く返していた。

 さらにLINEは続く。


《カーテンの隙間から

 覗いてみたけど

 人影っぽいものは

 ないんだよね

 でもずっと

 ドンドン叩くような

 音が続いてる

 マジで怖い

 みんな怖くないのかな?》


 瑞月さんからフォローが入り、〝みんな〟というのは同じアパートの住人・近隣住民のことだと分かった。謎の騒音はそれから三十分以上経っても止まず――。


《姉ちゃんどうしよ

 まだいる

 変な男がいる

 何か叫んでる》


 こんな文章が送られてきたのは深夜一時半過ぎ。お客様は《警察に通報した方がいいよ》と返したが、妹さんは《通報してる間にいなくなったらイタズラだと思われない?》と躊躇っている。その直後のLINEにはこう書かれていた。


《まだずっと叫んでる

 やばいよね

 怖い

 叫び声が聞こえる

 男の声が聞こえる》


 LINEはここで途切れていた。

 さすがにまずいだろうと慌てたお客様が電話に切り替えたそうだ。「今から警察に通報するように」――そんな口頭での念押しが最期の会話になったらしい。その翌日、妹さんが首を吊って亡くなったという報告を受けた。



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