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誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。  作者: 堂樹
【Case1】魂を紅茶に溶かして
11/36

【6】



「お客様はみんな、幽霊用の紅茶を飲めば浄化されると理解した上で注文するんですよね?」


「うん。昨日紹介した常連の渡辺さんみたいに、人間用の紅茶やスイーツを楽しみに通ってる方は別としてね」


「幽霊たちが消えることを選択するのはどうしてですか?」


「どうして、って?」


「悩みを抱える幽霊もここに通い続ければ、渡辺さんみたいに紅茶やスイーツを楽しめるじゃないですか。それなのに……この世から消える道を選ぶなんて。なんだか切ないなと思って」


「霊にとって現世は、決して居心地のいい場所ではないんだよ」


「そうなんですか?」


「キミは霊の姿を見ることができるようになったけど、大多数は認識することのできない存在だ。当然霊たちの家族や友人、恋人の目にも映らない。それがどういうことかキミにも想像できるよね?」


 どんなに叫んでも自分の声は届かない。姿を認識してもらうことすらできない。そんな自分をよそに、大切な人々は日常を過ごしている――幽霊の立場から見れば無視されているのと同義だ。寂しくて悲しくて消えてしまいたくなるかもしれない。


「渡辺さんみたいに長く現世で過ごす霊もいるけど、そうして悠々と生活してる人は少数派なんだ。霊というのは基本的に、何らかの未練があるために生まれる存在――受け入れて現世に留まるという選択は難しいんだと思う」


「なるほど……。でも幽霊を浄化するのって、少し寂しい気持ちになりますね」


「璃乃さんもそう思う?」


「はい。接客した相手が目の前でいきなり消えちゃうなんて……」


 そこでふと、午前中の会話を思い出した。瑞月さんが教えてくれた幸せホルモンのこと――ストレスを和らげる効果があると言っていた。


「未練を抱える幽霊って、言い換えれば強いストレスを抱えてるってことですよね? 幽霊とスキンシップは無理でも、瑞月さんなら名前を呼んだり目を見て会話したりできるじゃないですか。たくさん愚痴を聞いてあげることで幸せホルモンを分泌させて、ストレスを緩和しながら第二の人生を過ごすことはできないのかな……なんて」


「霊に内分泌機能はないかもしれないなぁ。彼らは確かに〝ヒト〟だけど、人体ではなく霊体だから」


「あ、そっか……。というかそんな簡単な方法があるなら、私に言われなくても瑞月さんたちがとっくに実践してますよね」


「……うん。もしかしたら、そうかもしれないね」


「どうかしました?」


「いや……何でもない。キミの優しさは伝わったよ。〝第二の人生〟って考え方、素敵だね」


 言葉に詰まるような返しだった。

 我ながら良い閃きだと思ったのだが、くだらないと思われたかもしれない。


 話に区切りがついたところでテーブルを片付け始めた。見た目には手付かずのレモンティーとリーフパイ、グラスの水とおしぼりをトレイへ移す。幽霊が食すことで味を失ったリーフパイは自家菜園の肥料へ。使用した食器は、優しく丁寧に手洗いする――ティーカップ等に細かな傷が付いてしまうため、食洗器は使用しないらしい。


 その後瑞月さんに呼ばれ、勝手口から外へ出た。庭の隅に掃除道具が置いてある。「駐車場の掃き掃除をしてほしい」と竹ぼうきを渡されたため、ひとりで建物正面へ回った。


 生い茂る木々のおかげで駐車場は日陰となっている。セミの鳴き声をバックに落ち葉や小枝を集めていると、バイクのエンジン音が聞こえてきた。小鈴さんだ。二階の自室で休むと言っていたが、いつの間にか外出していたらしい。バイクから降りてヘルメットを取った彼に「お疲れ様です」と会釈した。


「別に、ちょっとコンビニ行っただけ。あんたこそ何してんの?」


「見てのとおり掃き掃除です」


 手にしている竹ぼうきを少し持ち上げてアピールする。小鈴さんは何故か呆れ顔で深い溜め息をついた。かつかつと靴を鳴らしながらこちらへ近付き、私から竹ぼうきを奪い取る。


「さっさと帰りな」


「ちょっと、いきなり何なんですか?」


「あんたじゃなくてコレ(・・)に引っ付いてるガキに言ったんだよ」


「ガキって――きゃぁぁぁぁぁッ!」


 竹ぼうきの柄に三歳くらいの男の子が抱きついている。

 もちろん人間ではなく透き通った身体――幽霊だ。

 一体いつの間に。


 男児の幽霊は青白い顔を小鈴さんに向けたあと、竹ぼうきを解放した。音はないがドタバタと騒がしそうな足取りで走り出す。彼は車道に出たところで立ち止まり、ジャンプしながら身体ごと振り返った。その姿がぷつりと消失する。常連の渡辺さんがお店を出るときと同じ消え方だ。


「たまに出るんだよ、あのガキ。今日はあんたのことが珍しくてイタズラしたんだろうな。『ボクに気付かず間抜けな(つら)ぶら下げて掃除してる』ってさ」


「そんな……私、全然気付かなかったです……」


「霊には体重がないからな。それにあんたの身体に流れる血と、俺や蒼唯さんに流れる血は違う。あんたが自分の意識だけで霊を認識するのは難しいかもな」


 そういえば――私はこれまで、瑞月さんに「お客様がいる」と宣言されてから幽霊を認識してきた。私が自分で「あそこに幽霊がいる」と気付いたわけではない。


「俺や蒼唯さんがいない場所で霊を認識しようと気張らない方がいいぜ? 〝いつの間にか霊が隣に座ってたことに気付く〟なんてことがあるかもしれない」


 怖すぎる。

 一人きりの場所なら腰を抜かすくらいで済むかもしれないが、周囲に人がいるときだったら悲惨だ。先ほどのように突然叫び声を上げて不審に思われること必至。


「私もそのうち自然と見えるようになるんでしょうか? 会話することも」


「なるかもしれないし、ならないかもしれない。まぁ霊に接触する機会が増えれば、多少なりとも変化する可能性が高そうだけど」


「さっき〝身体に流れる血〟と言ってましたけど、小鈴さんたちは一体……」


「ホラー映画に出てくる化け物みたいに緑色の血が流れている――なんてことはないから安心しろ」


 小鈴さんは竹ぼうきを私の手に戻し、カフェへと向かってしまった。


 私が訊きたかったのは血液の色でなく、血筋や血統のようなもの。小鈴さんが質問の意図に気付かなかったとは思えない。はぐらかされてしまった気がする。


 腑に落ちない面もあるが、雇われているだけの私が口を挟むわけにもいかない。駐車場の掃除を終えてから店内へ戻った。その後は幽霊の来店を待ちつつ、瑞月さんとフロアで雑談。姿の見えない小鈴さんは二階にこもっているのだろう。


「――そういえば私、瑞月さんに相談したいことがあったんです」


「デートのお誘い?」


「全然違います。シフト表を作っていただけませんか? 一ヶ月単位でも二週間単位でも大丈夫なので」


「アルバイト(仮)じゃなく、長く働こうって気持ちになった?」


「はい。昨夜小鈴さんとお話しして、真剣に頑張ると決めてはいたんですけど。それとは別に、今日初めて幽霊の浄化を見て……もう少し幽霊のことを勉強してみたいと思いました」


「それは良かった。でも明日はお休みね」


「定休日ですか?」


「そうじゃなくて。朔也の苦手な〝会合〟があるんだ」


 瑞月さんは朝から晩まで名古屋へ出掛けるそうだ。そういった用事がない限り、基本的には無休でカフェを開けているという。私の出勤日も自由に決めてくれて構わないと言われた。明日のうちに一ヶ月分の予定を立て、明後日に提出しよう。


 瑞月さんは腰を曲げ、目線の高さを私に合わせた。色気を孕んだ瞳――彼に誘惑の意図がないことなど百も承知だが、美麗な顔が近付くと緊張してしまう。


「朔也と二人じゃ華がないからね。キミのように綺麗な子がいてくれるとカフェが(きらめ)くよ」


「……私、自分が美女でないことは自覚してるので。お世辞は効かないですよ?」


「照れているの?」


「呆れてるんです」


「ふふっ……そんな呆れ顔も可愛いよ? ずっと見つめていたくなっちゃう」


 私が返事をする前に、後方からわざとらしい咳払いが聞こえた。階段に小鈴さんの姿がある。


「蒼唯さん、眼科に行った方がいいんじゃないですか?」


 瑞月さんは「どうして?」と小首を傾げた。失礼極まりない嫌味に気付いていないのか、とぼけているだけなのか。


 小鈴さんいわく瑞月さんは〝タチの悪い天然〟らしいから、もしかしたら前者なのかもしれない。



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