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誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。  作者: 堂樹
【Case0】絶望が運命を変える――始まりのカフェ
1/36

【1】



 人間には見えないカフェが、岐阜県のとある場所に存在する。

 そして今日も、お客様(・・・)の訪れを待っている――。




+ + +




【Case0】絶望が運命を変える――始まりのカフェ




 憎らしいほど美しく澄み切った青空。

 絶好のドライブ日和だというのに、ハンドルを握る私の心は土砂降りだ。


 絶望へ堕とされたのは二週間前。

 恋人の賢吾(けんご)が浮気していると知ってしまった。


 ……いや違う。

 正確には私が浮気相手(・・・・・・)だった。

 賢吾は当然のように相手の女性を選び、私はあっさり捨てられたのだ。何の温情もなく。そんな人間と見抜くことができず交際していた自分にも腹が立つ。


 忘れなければ。

 前を向かなければ。

 何度も自分に暗示をかけ、「これからは仕事に生きよう!」と意気込んだ。


 勤め先は小さな建築会社。

 細々と事務員を続けて約四年。

 すっかりマンネリ化してしまった仕事だが、今こそ気合を入れるときだ。


 カラ元気でも何でもいい。

 賢吾のことを忘れられるのなら。

 キャリアウーマン目指してがむしゃらに頑張ってやる――はずだったのに。


 突然、会社が破産。


 嘘でしょ、ドラマじゃあるまいし。

 そんなチープな感想しか抱けなかったが、間違いなく降りかかってきた現実。何故こんなことになってしまったのだろう。


 いっそ地球が爆発しちゃえばいいのに――ピントの合わない目で破産・解雇通知の書面を見下ろしているうちに、そんな独り言が漏れた。


 あるのは絶望のみ。

 それなのに何故か、私は笑っていた。

 想定外の出来事で脳がキャパオーバーすると、涙でなく笑いが込み上げてくるのだと知った。



 踏んだり蹴ったりの事態を経て無職になった。こうしてあてのないドライブをしているのも、時間が有り余っているからだ。


 これからどうすればいいのか――いや、やるべきことは分かっている。しかし心の傷が癒えないままで就活する気力はゼロだ。陰鬱な気分を吐き出すように溜め息をつき、赤信号にブレーキを踏む。


 ――そこでハッとした。

 家を出て約三時間。

 考えたくもないことを考えながら適当に車を走らせていたため、自分がどこにいるのか分からなくなっていた。


 周囲に見えるものといえば山や田畑。

 目印となるような建物はない。

 ずいぶんな田舎町に迷い込んでしまった。


 信号が青に変わり、ブレーキからアクセルに踏みかえる。一体どこにいるのだろう。大きな通りに出ることができれば案内板があるはず――なんて考えていた矢先、ガタンと強い衝撃が全身を貫いた。


 あぁ終わった、事故だ。

 さようなら地球。

 爆発してほしいなんて思ったりしてごめんね。

 まるで走馬燈のように、くだらない考えが脳内を流れていく。


 しかし私は死んでおらず、怪我らしいものもなく無事だった。

 無事でないのは車の方だ。

 正面から鉄柵に激突している。

 周囲に人気(ひとけ)はなく、事故に気付いた人はいないようだ。


 車を降りてフロント部分を確認する。それほど凹んでいなかったものの、鉄柵はひん曲がっていた。柵を支えるためのコンクリートブロックも割れている。


 この柵は駐車場を囲むものだった。

 一列に並ぶ五台分の駐車スペース、最奥には黒いセダンが一台停まっている。その向こうに見えるのは二階建ての西洋風建築。建物の入口横には《Tea(ティー)Gallery(ギャラリー)》という旗が立っている。カフェであり、何らかの展示スペースでもある――ということだろうか。


 しかし妙な気分だ。

 つい先ほどまで田んぼ道を走っており、こんなお店など見当たらなかった気がするのだが。そもそも何故鉄柵にぶつかってしまったのか分からない。まるで、目の前に突如お店が出現したかのような違和感を拭えなかった。


 車内へ戻り、手前の駐車スペースに車を停める。ショルダーバッグを肩に掛け降車すると、重い足取りでお店の入口へ向かった。家を出たときは七月初旬と思えぬ暑さに眩暈がしたが、今は不快なほどの熱気を感じない。建物が木々に囲まれているからだろうか。周囲はどこからどう見ても山道で、私が車を走らせていたはずの田んぼ道など存在しない。


 お店のドアには《open》という札が掛かっており、その上に木製の板が打ち付けられていた。


《川のほとり -一杯の紅茶に幸せを添えて-》


 ……店名だろうか。

 まるでフランス料理の名前のようだ。


 ドアノブを引くと、カロンと小さな音が鳴った。穏やかなピアノ曲に出迎えられる。オレンジ色のライトが灯っており、アンティーク店を彷彿させるような内装だ。


 正面にはレジカウンター。

 右側には木製テーブルとソファのセットが並んでおり、カフェらしい雰囲気がある。


 一方、左側はギャラリースペースになっていた。壁を覆い隠すかの如く絵画が展示されている。その中央にはテーブルがあり、ブックスタンドが乗っていた。いくつもの本が背の順で美しく並んでいる。


 店内に人の姿はない。

 呼び掛けようとした直後、ギャラリースペースの奥にある階段から男性の姿が覗いた。私と同世代――二十代後半くらいだろうか。さらさらとしたミルクティー色の髪、透き通るような白い肌、すらっとした長身。白いシャツの下に黒い腰エプロンを巻いている。このカフェの従業員だろう。


 モデル体型の爽やかイケメンが登場したことに驚いたが、私より彼の方が戸惑った様子に見える。妙な間が空いたのち、男性は苦々しい笑みを浮かべた。


「これはこれは……ずいぶんと珍しいお客様ですね」


「いえ、その……私はお客じゃなくて。こちらの駐車場に車をぶつけてしまったんです」


「お怪我はありませんか?」


「私は平気なんですけど、お店の駐車場を囲んでいる柵が――」


「あなたが無事なら良かったです」


 悪いのは全面的にこちらなのに、私の身体を気遣ってくれるなんて。怖そうな人でなかったことに安堵した。



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