51.コーネリアスとエドモンド
一方リムネアの街ではコーネリアスとエドモンドが駐屯兵とともに住民の避難にあたっていた。まだ日も沈む前だが、空は少しずつ黄昏の匂いを醸し出している。
リムネアの住民は魔物が襲ってくることに半信半疑だったが、コーネリアスやエドモンドの態度を見て危機感を覚えるものも少なくなかったようだ。街の教会に集まっていく避難民を駐屯兵と共に誘導しつつ、コーネリアスは空を見上げる。
「アメリア……無事でいるだろうか」
だが、程なくして遠く高原の方から空を焦がすほどの炎が立ち上るのが見えた。次いで爆発音も聞こえ、アメリアが存分に魔法を使っていることが窺えた。
「あれが、十年前魔物を退けた魔女の力……」
遠くの高原から聞こえる轟音に、コーネリアスはどこか自分を縛っていた戒めも壊されていくような気がした。
「魔女め、やりおるな」
「父上」
馬に乗ったエドモンドが教会までやってくると、コーネリアスと同じように空を見上げふむ、と頷いた。
「紅の魔女は、いえ、アメリアはいつも私を助けてくれる。父上、こんな時ですが、私はあなたに伝えなければならないことがあるのです」
「……なんだ、言ってみよ」
また言葉を受け取られないという不安もコーネリアスにはよぎったが、しかしエドモンドは静かにコーネリアスの言葉を促した。
「……私は。私はあなたに、今を見てほしいのです。私を通して母上を見るのではなく、私を私として見てほしいのです。確かに私は母上に似ていると聞きます。ですが、それは似ているだけであって同じではない。母を悼むなとは言いません。ですが、私は……父上。私は私をあなたに見てほしいのです。亡き母ウィルマではなく、コーネリアスというあなたの息子として」
エドモンドは黙ってコーネリアスの言葉を聞いていた。そして、俯く。
コーネリアスが答えを待とうとしたその時、甲高い叫び声が聞こえた。
「キシャァァァァッ!!」
それはアメリアが取り逃がした魔物の残党。翼の生えた悪魔のような魔物は真っ直ぐに飛んできたかと思うと、コーネリアスめがけて鋭い爪を振り下ろしてきた。
「いかんっ!」
咄嗟にエドモンドがコーネリアスを庇おうとする。だが、コーネリアスが剣を抜く方が早かった。白刃が一閃したかと思うと、鋭い爪が生えた腕が切り落とされる。反動までは殺せなかったのかコーネリアスがエドモンドを庇った腕に魔物の爪がざっくりと傷を残す。
コーネリアスはその傷に構うことなく魔物を袈裟斬りにして斬り倒した。
一瞬のできごとだったが、周囲にいた駐屯兵や避難していた住民のいくらかはそれを目撃したようで、驚きのあまり固まる男性や、恐ろしさに悲鳴を上げる婦人、その場から逃げだそうとする住民でにわかにどよめき出す。
魔物は霧散し、コーネリアスは左腕を押さえて膝をつく。
「兵は民を鎮めよ! コーネリアスはわしが見る!」
エドモンドは即座に指示を飛ばし、自分を庇ったコーネリアスに寄り添う。
「なんと言うことを……わしなど構わず切り捨てていれば、こんな怪我など」
「お忘れですか、父上。私はこの国を守護する守護騎士、その騎士団長ですよ」
「だが、なんと馬鹿なことを……」
「罵られても構いません。私はあなたに傷ついてほしくないのです。大切な家族なのですから」
「っ!」
傷ついてほしくない。それは誰のためだったのか。ようやくエドモンドは思い出した。
「……すまなかった。コーネリアス」
「父上?」
エドモンドはコーネリアスに言う。
「お前とて、わしの子だというのに、ずっと見てやらんですまなかった」
ずっと亡くした妻のことばかり考えていた。ずっとその姿が消えてしまう妄想に取り憑かれていた。白い髪、青い瞳、ウィルマ譲りの面立ちにばかり気を取られて、肝心の本人をまるで見ていなかった。
「コーネリアス……お前はこんなにも強く、たくましくなっていたのだな。お前が振るう剣の迷いのなさを、わしはずっと見ていなかった。誰かを守ることは、誰かを傷つけることよりもずっと難しいというのに、守護騎士としても、息子としても。お前は、本当によく頑張ったな」
「父、上……」
エドモンドの心からの言葉に、コーネリアスも言葉を失ってしまう。




