36.アレクシスとルル
アレクシスは生まれつき体が弱く、寝込んでいることが多かった。健康に生まれたコーネリアスと違い、いつも自室にこもって本を読むばかりの日々。弟のように剣の稽古ができたらどれだけよかったろう。馬に乗って野原を駆け巡ることも、魔物との戦いに赴き華々しい戦果を上げることも、アレクシスにとっては本の中の出来事のようなものだった。
だから、父王エドモンドがコーネリアスの状態を見にリムネアに行くと言った時、自分も行きたいと願ったのである。
王城を出ることだって稀だというのに、さらに遠出などアレクシスにとっては本の世界を実際に旅するほどのように思ていた。初めて訪れたリムネアの地。知らない景色、知らない人々、知らない匂い、知らない風。どれもアレクシスを興奮させるには十分だった。
おかげで張り切り過ぎて夕食もまともに食べられなかった有様である。そんなアレクシスは寝室からベランダに出て、今日のことを思い返しながら夜風に当たっていた。
「父様はコーネリアスに強く当たりすぎなんだ……なにもあんなことをしなくても」
夕食のことを思い出し、アレクシスは表情を曇らせる。怪我をした時に比べたらずっとコーネリアスの表情は明るくなっていたし、傷だって魔法がなければ成り立たないくらいの早さで治癒している。
きっと弟にいいことがあったのだと思った矢先の父の行為に、アレクシスは納得できないでいた。
「僕にもっと力があったなら……」
悔しげに眉を顰めるアレクシスの視界に、ちらりと黒く光る毛並みが映った。
「? なんだろう……」
ベランダにとびこんできたその黒い毛並みは、一匹の猫だった。黒い毛並みは艶があって美しく、だが目を逸らすとすぐに闇に溶け込んでしまいそうである。
「君、この辺りの猫かい?」
アレクシスは黒猫に話しかけながらしゃがみ込み、その様子を窺う。黒猫は最初警戒するそぶりを見せていたが、アレクシスにてきいがないことを感じ取ると、前足を慎重に動かしながら歩み寄ってきた。
「よしよし、怖くないからおいで……おや?」
アレクシスは黒猫がおぼつかない足取りであることに気づく。よくよく見やれば、黒猫は前足の片方から血を流していた。
「これは……怪我してる、手当てしないと」
驚いたアレクシスは自分の服が猫の血で汚れるのも構わずに黒猫を抱き抱えると、自分の部屋に入っていく。
「にゃん」
「大丈夫だよ、すぐ手当てするからね」
まるで本の主人公になったような気持ちだ。アレクシスは黒猫をクッションの上に下ろす、自分が使っている薬入れから包帯を取り出す。
「人間のものだけど、我慢して?」
「にゃふん」
アレクシスは猫の前足に包帯を巻くと、また抱え上げて辺りをどうしようか思案する。
「これでよし。さすがに今日はもう遅いから、誰かに伝えに行くのは控えたほうがいいかな」
誰を頼るかで、真っ先に父エドモンドと弟コーネリアスが思い浮かんだが、時間も時間だ。邪魔をしてはいけないだろう。特にコーネリアスはエドモンドからきつい仕打ちを受けたのだ、訪ねるのは控えておいたほうがいいだろう。
「父様も取り合ってはくれないだろうし……どうすれば……そうだ!」
コーネリアスとともに出迎えてくれたヒーラー。確か名前をアメリアと言ったはずだ。彼女に診せるのが一番最適だろう。
「明日になるけど、ヒーラーに診てもらえるから。それまでの間、一緒にいてくれるかい?」
「にゃおん」
黒猫は特に嫌がる様子もなくアレクシスに答えてみせた。包帯の巻かれた前足を気にしながらも黒猫はアレクシスに頭をすりすりとすり寄せる。
懐いてくれたのかとアレクシスは嬉しくなって黒猫の頭を撫でた。




