35.ルル、潜入
悔しい、悔しい、悔しい。
ずっとアメリアは繰り返していた。コーネリアスの手当てをしてから部屋に戻っても、ずっと頭の中を悔しいおもいがぐるぐると回っている。魔法が失敗したのは自分のせいだ。コーネリアスの緊張を解けなかった。それどころか、自分の精神だって落ち着かせることができなかった。アメリアほどの魔法の使い手が精神を乱されたのだ、よっぽど国王の言動は腹に据えかねたのだろう。
「くっそー!! あー! もうイライラする!」
「ご機嫌斜めどころか絶壁だねこりゃ」
一人ベッドでジタバタするアメリアに、ルルが珍しそうにライティングテーブルの上から声をかける。使い魔を見せることも必要ないかとアメリアはルルを部屋に控えさせていたのだが、食事を終えて戻ってくるなりこの有様なのだ。ルルだって珍しがるのは当然だろう。
「そりゃそうでしょうよ! あの王様魔法の効きをろくに見もしないくせに勝手に指を切り付けるししかも効かなかったのがコーネリアス様のせいって決めつけて! 私側の不発とか考えてないの? 一方的すぎるでしょ!」
「なんていうか、コーネリアス王子って王様に信用されてないのかな。自分の子供を大なり小なり傷つけるのも王様っていうより人としてどうかと思うなぁ、僕は」
ルルもうんうんと頷きながらアメリアに同調し、アメリアはさらにヒートアップしていく。
「だいたい何よ今まで効いてても自分の目の前で効果が見られないから無意味とか! 勝手に試験みたいにしてんじゃないわよ! あーむかつく!」
「まあまあアメリア落ち着いて。アメリアがそう言うところでカッとなりやりすいのは昔からだけど、今はどうしたいの? 王様ぶっ飛ばしにいく?」
ひとしきりジタバタと暴れたアメリアはその手足をすとんとベッドに落とし、それからごろりと勢いをつけて起き上がった。あまりに興奮したせいか隠している右目がほのかに紅くなっている。
「ふぅ。そんなことしにいくもんですか。不敬罪で牢屋行きなんてごめんよ」
「じゃ、どうするのさ」
ルルの問いかけにアメリアは冷静さを取り戻すように深呼吸を繰り返した。
「なんとかして王様の鼻を明かしたいのは事実ね。それには王様のことをもっと知る必要があるんだけど」
「僕に密偵みたいなことさせるの好きだよね」
ジト目でルルが文句を言うも、アメリアの意思は固いようだ。
「使い魔なんだからそのくらいの下働きくらいしなさい? 王様がどんな風に一日を過ごしてるか、まずは探りを入れるわよ。ほら、行った行った」
「ちぇ、使い魔使いが荒いんだから」
ルルはぶつくさ言いながらもライティングテーブルからおり、また窓の外に消えていく。
その姿を見送りながらアメリアは拳を握りしめた。
「待ってなさいよ、王様だからといって容赦はしないんだから。徹底的にあちこち詰めてぎゅうぎゅうにしてやるんだから……!」
そんなアメリアの元から駆け出すルルは、闇に溶けるように素早く庭園を駆けて王の居室がある方角へ向かっていく。
「ええと、こっちだよね。いかにも警備が厳重そうなところ」
見回りの兵士が増えていく中、ルルはどうにか居室の窓際まで来ることができた、中では静養しに来るとのことだったのに連れてきた侍従から何やら報告を聞くエドモンドの姿が見えた。
「……でありまして、リムネアでは薬草の卸しがかなり増えている模様です」
「そうか、アレクシスの滋養に効きそうなものはあるか?」
「残念ながら傷を癒す類のものが多く、そもそも……」
リムネアの薬草事情など聞いてどうするのだろう、ルルが疑問に思っているとちらりとエドモンドが窓を見やった。
(わっ! まずいっ)
気づかれた。急いでルルは逃げ出そうとするが、逆にそれが仇となってしまった。
「何奴?!」
ちょうど衛兵が見回りにきて、持っていた槍を突き立てようとしてきた。
ルルは咄嗟にかわしたが、槍の穂先は前足を掠める。
苦し紛れに大きく吠えたあと、ルルは一目散に庭に逃げ出していく。
「……なんだ?」
エドモンドが窓を見やると、ルルを追い払った衛兵がエドモンドに敬礼をするところだった。見回りの兵士だと思ったエドモンドは引き続き侍従からの報告を聞くのに戻る。
暗い夜に、小さな血痕が点々と続いていた。




