13.痛いの痛いのとんでいけ
静かに涙をこぼすコーネリアスの頭を撫でながら、アメリアはそっと小さな魔法を唱える。
治癒魔法の原型ともなった、痛み払いのおまじないだ。
おまじないだけあって、効力はとても弱く軽く痛みを和らげるものだが、今のコーネリアスにはこのおまじないが一番相応しいとアメリアは思ったのだ。
「痛みよ、痛みよ、空に飛べ――」
アメリアの手の平から魔力が伝い、コーネリアスをふわりと包む。魔法の効きづらいコーネリアスには慰めくらいにしかならないと思っていたアメリアだったのだが。
「……?」
コーネリアスが不思議そうに顔を上げる。そして泣き濡れた目を拭ってぽかんとした様子でアメリアを見つめた。
「コーネリアス様?」
「その……今、魔法をかけただろうか」
「はい、古いおまじないを少しだけ」
アメリアはコーネリアスの状態がよくわからないままに答える。するとコーネリアスは不思議そうに自分の腕をさすった。
「痛みが、引いたのだが……」
コーネリアスの言葉にアメリアは目を丸くする。魔法が効きにくいコーネリアスならば、こんなおまじないなどで痛みが取れるはずがない。
だというのに、コーネリアスが自分から痛みが和らいだというのだ。
「本当、でしょうか?」
驚くアメリアに、コーネリアスはこくこくと首肯する。
「魔法が、効いた……!」
アメリアの言葉に嬉しそうにコーネリアスも笑みを浮かべた。
「そなたの親身な態度に心を打たれていたら、自然と痛みが引いていたのだ」
「きっと、コーネリアス様が心をお許しになったからですよ。治癒魔法は術者に心を許すことで本来の効能を発揮するのですから」
アメリアが言えば、コーネリアスは照れくさそうに目をそらす。それから少し困ったように視線を上に上げた。
「その、アメリア嬢」
「アメリアで結構ですよ」
自分もいつの間にかコーネリアスに心を許していたアメリアは、穏やかな声で言った。
「いや、頭……なのだが」
コーネリアスが頭を撫でるがままのアメリアの手を指す。そこでようやくアメリアはずっとコーネリアスの頭を撫でていたことに気づき、はっとして手を離そうとした。
「っ、申し訳ありません!」
「いや、いい。できれば……もう少し撫でてもらっても、いいだろうか?」
そのどこか不器用な甘え方に、アメリアはぎゅっと胸をわしづかみにされる。
(ちょ、ちょっと待って……これはいくらなんでもかわいすぎる……!)
元から世話焼きでもあったアメリアはコーネリアスが控えめに訴えてくる瞳に抗えず、またコーネリアスの頭をなで始める。
「甘えん坊、なのですね」
「それはどうかわからないが……こうして甘えるのは、初めて、なのだ……」
緊張しながらもアメリアが頭をなでていれば、コーネリアスはそんなことを口にする。
どうやら、堅物と言うよりは不器用なだけのようだ。一人でしっかりしなければと思う反面、誰かに目いっぱい甘えたことがないのだろう。
アメリアは今までになくドキドキしながらコーネリアスを見やる。
頭を撫でられ、くすぐったそうにしながらも表情は笑うように緩んでいる。時折人懐っこそうに自分から頭をすり付けてくる。まるで犬や猫がじゃれてくるようにも思えてますますアメリアはコーネリアスのことがかわいく思えてしまった。
なんだかもっと甘やかしてめちゃくちゃにかわいがったらどうなってしまうのだろう。考えただけでアメリアはちょっとゾクゾクしてしまう。
「か、かわいい……」
「アメリアにだけだ……」
思わず漏らしてしまった言葉にしまったと思う暇もなく、コーネリアスに意外な言葉を返されてしまう。
(うっ、これは、ちょっと……)
ここまでかわいらしい様を見せつけられ、甘えてくるのだ。
「癖に、なるかも……」
コーネリアスにしっかり心臓を握られ、アメリアは観念したように呟いた。