10.コーネリアスの苦悩
どうしてうまく言えないのだろう。自分の思っていることが上手く言葉にできないのだろう。コーネリアスは湯に浸かりながら息を吐く。
昼を回り、湯治の時間がやってきた。御用邸には掛け流しの温泉を引いており、露天風呂が設えられている。開放的な場所であり、人避けもあり一人になるにはもってこいの場所だった。
オリバーが呼びに来るまでは一人でいられる。時限付きではあるが一人で考えるにはもってこいの時間だ。
思い悩むのは先ほどアメリアと話したことだ。自分の休みの時に何をしているかなど他人に話したのは初めてである。オリバーにだって用があると言うだけだったのに。
(自分の事を話すだけだというのに……どうしてうまく話せないのか)
何をしているか話しただけでも大きな一歩だというのに、コーネリアスはどうしてかそれよりもうまく話せないことの方を気に病んでいた。
治そうと決めたというのに、親しく話すことすらできないというのか。コーネリアスは自分を責める。
そこへ、ちょろりと露天風呂の柵の上に黒猫が現れた。
「っ、誰だ」
コーネリアスは身構えるが、黒猫は動じることなく柵の上からするりと降りてきた。
「黒猫……? 迷い込んだのか?」
にゃあ、と黒猫は鳴き声を上げると、湯を器用に避けながら石畳の上をコーネリアスの元まで歩いてくる。
コーネリアスは不思議に思っていたが、黒猫が怯えていないことやくりくりとした黄色い目で見つめてくるのが気になって腕を上げて猫を撫でてやる。
「お前は……人を怖がらないのだな」
「にゃお」
撫でている内にコーネリアスは視線を下げ、俯きがちになる。
「お前はきっと言葉がわからないだろうし、だからといってもなんだが……話相手の練習になってくれまいか?」
「にゃ?」
「わからないか。だがそれで構わない。実を言うと私も自分のことだというのにわからないのだから」
黒猫は撫でられるままだ。そんな猫にコーネリアスはぽつぽつと話していく。
「私の治療をしてくれるヒーラーと話したのだが、話したいことが上手く言葉にできなくてな。本当は兄上と一緒にいるときは……楽しいと。そう、言いたかったのだ。年甲斐もなく楽しいなど、王子とも騎士とも似合わない感情だろうさ」
黒猫はゴロゴロと喉を鳴らしながら毛繕いを始める。コーネリアスは腕を引っ込めて今度は空を見上げた。
「私は兄上を支えるべきであり、守護騎士としても完璧にあらねばならない。だから、そのような浮ついた気持ちを口にすることなど、しない方がいいのだ」
そうして、表も裏もきっちりとしていることで、もっと信頼が得られるとコーネリアスは思っている。
「そうすれば父上もきっと……はは、そううまくは言えないな。どうにも不器用なようだ、私も」
遠く空よりも遠い場所を眺めるようにコーネリアスは目を細めたが、すぐにかぶりを振って猫に話しかける。
「ともかく、アメリア嬢の治療には期待しているのだ。それに、久方ぶりに誰かの話を聞くのは、楽しかった」
それに相づちを打つかのように黒猫が鳴く。愛らしい様にコーネリアスはもう一度黒猫の頭を撫でてやった。
「殿下。そろそろお時間です」
オリバーの声が露天風呂の入り口から聞こえてくる。黒猫はオリバーの声に驚いたのかするりとコーネリアスの手からすり抜け柵の向こう側にジャンプして逃げていってしまった。
「わかった。すぐ戻る」
コーネリアスはオリバーに返事をすると、先ほどの緩んだ表情を引き締め、湯から上がっていく。
一方、露天風呂から逃げた黒猫ことルルは、アメリアにテレパスの魔法で応答する。ルルは散歩ついでにコーネリアスの様子を見ようと露天風呂を訪れたのだが、思わぬ収獲があったようだ。
要はコーネリアスの話はアメリアに筒抜けということである。
「王子はあんなこと言ってるけど、何かヒントは掴めた?」
『まあね。にしたって完璧主義が過ぎるわよあの堅物王子。今にやわやわに揉みほぐしてやるから覚悟しなさい』
「なんか言い方がいやらしいよアメリア」
『うるさいわね』
盗み聞きになるのはあまり感心しないが、これもコーネリアスの傷を治療するためである。だが。
『私と話して楽しかった、か……』
屈託のない言葉でそう言われたことが、アメリアは嬉しくて医務室で口角を上げる。
ルルはもう少し散歩する、といってテレパスを切ってしまい、アメリアも一人になる。
「あんまり嫌な人でも、ないかもしれないわね……」
ほんのりと心が温まる感覚に、アメリアはしかたなさそうに眉を下げた。




