エピソード6 —転生—
意識が浮上する感覚があった。まるで深い水の底からゆっくりと引き上げられるように、視界がぼんやりと明るくなっていく。
(……俺は……)
確かに電車の中で――刺された。あの時の痛みも、冷たい床に倒れた感覚も、鮮明に覚えている。
でも、今ここにあるのは、冷たさではなく、ただ白く霞んだ光景だった。
もやのような霧が辺りを覆い、遠くまで見渡すことができない。ゆっくりと起き上がり、辺りを見回すが、どこにも出口らしきものはない。
(……夢、なのか?)
頬を軽く引っ張ってみる。
「痛っ……」
チクリとした痛みが現実を突きつけた。 これは夢じゃない。じゃあ、ここは一体――?
ふと、霧の向こうに何かが見えた。 徐々に霧が晴れ、目の前に映し出されたのは
――鏡のような空間。
いや、それはただの鏡ではなかった。表面がゆらりと揺らめき、やがて夜空が映し出される。見上げると、そこには現実のものとは思えないほど美しく輝く星々が広がっていた。
(……どこだ、ここ……)
目の前には、一枚の扉が立っている。異質な存在感を放つその扉を前に、レイヴァンは無意識に喉を鳴らした。
(開けるしか、ないか)
ゆっくりと手を伸ばし、扉の取っ手を握る。 そして、静かに押し開いた――。
――目の前に広がったのは、見たこともない世界だった。
石畳の道、異国情緒あふれる建物、行き交う人々の衣服も、どれも見慣れた現代のものとは異なる。さらには、人混みの中に、獣耳や角を持った者たちの姿まである。
「……マジかよ……」
息を呑んだ。目の前の光景が、今まで見てきたどんな景色とも違うことを理解するまで、そう時間はかからなかった。
(まさか、とは思うが……)
記憶の奥底から、一つの出来事が蘇る。まだ『晩 零』として社会に出る前、暇を持て余していたときのこと。 蓮花の家の本棚を漁っていたら、よくわからない漫画が何冊も並んでいた。 不思議に思って彼女に聞いたことがある。
『それ、異世界転生モノだよ』
――異世界転生。ファンタジー作品の一つのジャンルとして、彼女がよく読んでいたもの。気になって読んでみたこともあったが――。
「ハハッ……マジで来ちまったよ……」
異世界に。
一人の少女が、石畳の道を歩いていた。 ゆるく波打つ髪が、太陽の光を受けて柔らかく光る。
「……っ!!」
反射的に少女の足が、ピタリと止まった。
信じられないものを見たかのように、瞳を大きく見開く。
「――レイヴァン……?」
呆然と呟いた瞬間、少女の目尻から 一筋の涙 がこぼれ落ちた。