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第一章:蕾村の掟


 「契霊の儀まで、あと七日——」


 村の者たちは皆、その日を待ちわびていた。

 十五歳を迎えた少年少女たちは成人の証として 霊縁の契約 を交わし、自らの精霊を得る。

 それはこの村に生きる者の誇りであり、責務であり、そして 強さの証 でもあった。


 烈月リェユエもまた、その儀式を迎えようとしていた。




 「なあ、烈月! お前、どんな精霊を選ぶか決めたか?」


 石造りの道場の前。

 山肌を削って築かれたこの場所では、同年代の少年たちが陽炎の揺れる空気の中、武を競い合っていた。


 土煙が舞い、響くのはこんと棍がぶつかり合う鋭い音。

 烈月は額に汗をにじませながら、手にした長棍を振るい、次の一撃を狙う。


 「そんなの、決まってるだろ!」


 黒曜石のような瞳がきらりと光る。短く乱れた黒髪が太陽の下で輝き、満面の笑みが浮かぶ。その表情には、天真爛漫てんしんらんまんな無邪気さと、揺るぎない自信が滲んでいた。


 「俺は鉄鋼の精霊を選ぶぜ。硬さこそ最強だからな!」

 「オレは火の精霊がいい! 炎で敵を焼き尽くしてやる!」


 少年たちは己の理想を口にし、烈月もまた、自分の中に湧き上がる期待と興奮を抑えきれなかった。


凌岩リンイェン、お前はどうするんだ?」


 烈月が問いかけると、向かいに立つ少年は棍を肩に担ぎ、ふんっと鼻を鳴らした。


 「決まってるだろ。石……いや、大岩の精霊だ。力こそ正義、それが村の掟だ!」


 岩鬼は烈月の幼馴染であり、最大のライバルだった。

 精悍な顔つきに、鍛え抜かれた体。子どものころから何度も拳を交え、互いを認め合ってきた。

 烈月にとって、岩鬼は唯一無二の好敵手ライバルだったし、岩鬼もまた烈月を唯一の競争相手と見ていた。


 だが——この時、烈月はまだ知らなかった。

 来るべき「契霊の儀」が、自らの運命を大きく狂わせることになるなどとは。




 夕暮れ時。

 烈月は村の外れにある祖母の庭を訪れた。


 そこには、一本の桃の木があった。


 祖母は生前、この桃の木を何よりも大切に育てていた。

 春になると淡い花が咲き、あたりに甘やかな香りが満ちる。烈月はその香りをかぐたび、祖母がそっと語ってくれた言葉を思い出す。


 「烈月、この木はな、お前のように優しくて、強いのよ」

 「え? 強いってどういうこと? 桃は美味しいし、花は綺麗だけど、戦えないじゃないか!」

 「それは違うよ。強さは、相手を打ち倒すことだけじゃない。支え合い、根を張り、どんなに厳しい冬を耐えても、また花を咲かせること。それもまた、強さなんだよ」


 「……たとえ嵐に枝を折られても、翌年にはまた花を咲かせる。そんな強さもあるんだよ」


 幼い烈月には、その言葉の意味がよく分からなかった。

 ただ、祖母が亡くなった今も、この木のそばに来るとどこか心が落ち着くのを感じていた。


 しかし——


 今、その桃の木は、弱々しく、枝も乾きかけていた。


 「……しばらく見ないうちに、なんだか元気がなくなったな」


 烈月は無意識にそっと幹に手を添えた。


 その瞬間——空気が凍るように静まり、まるで時間が一瞬、止まったかのようだった。


 風が吹いた。葉擦れの音の中に、囁くような声が混じる。


 ——お前は、何を望む?


 「えっ?」


 烈月は思わず手を離した。

 しかし、あたりには誰もいない。


 その夜、烈月は不思議な夢を見た。


 月光の下、桃の木の根元に立つ、一人の青年。

 淡い色の長い髪をひとつに結び、静かに烈月を見つめている。


 青年は、微笑んだ。


 「お前が、私を選ぶのか?」


 その声は、どこか懐かしい響きを持っていた。


 目を覚ましたとき、烈月の鼓動は早鐘のように鳴っていた。


 「……なんだ、今の夢……?」


 桃の木に宿る何か。確かに、そこには“存在”があった。


 烈月はまだ知らなかった。

 それが、自らの運命を決定づける邂逅かいこうであることを——。


(第一章・了)


ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

これからどんな出会いや旅が待っているのか、ぜひ見守っていただけたら嬉しいです。

次回もどうぞお楽しみに♪

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