第一章:蕾村の掟
「契霊の儀まで、あと七日——」
村の者たちは皆、その日を待ちわびていた。
十五歳を迎えた少年少女たちは成人の証として 霊縁の契約 を交わし、自らの精霊を得る。
それはこの村に生きる者の誇りであり、責務であり、そして 強さの証 でもあった。
烈月もまた、その儀式を迎えようとしていた。
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◇
「なあ、烈月! お前、どんな精霊を選ぶか決めたか?」
石造りの道場の前。
山肌を削って築かれたこの場所では、同年代の少年たちが陽炎の揺れる空気の中、武を競い合っていた。
土煙が舞い、響くのは棍と棍がぶつかり合う鋭い音。
烈月は額に汗をにじませながら、手にした長棍を振るい、次の一撃を狙う。
「そんなの、決まってるだろ!」
黒曜石のような瞳がきらりと光る。短く乱れた黒髪が太陽の下で輝き、満面の笑みが浮かぶ。その表情には、天真爛漫な無邪気さと、揺るぎない自信が滲んでいた。
「俺は鉄鋼の精霊を選ぶぜ。硬さこそ最強だからな!」
「オレは火の精霊がいい! 炎で敵を焼き尽くしてやる!」
少年たちは己の理想を口にし、烈月もまた、自分の中に湧き上がる期待と興奮を抑えきれなかった。
「凌岩、お前はどうするんだ?」
烈月が問いかけると、向かいに立つ少年は棍を肩に担ぎ、ふんっと鼻を鳴らした。
「決まってるだろ。石……いや、大岩の精霊だ。力こそ正義、それが村の掟だ!」
岩鬼は烈月の幼馴染であり、最大のライバルだった。
精悍な顔つきに、鍛え抜かれた体。子どものころから何度も拳を交え、互いを認め合ってきた。
烈月にとって、岩鬼は唯一無二の好敵手だったし、岩鬼もまた烈月を唯一の競争相手と見ていた。
だが——この時、烈月はまだ知らなかった。
来るべき「契霊の儀」が、自らの運命を大きく狂わせることになるなどとは。
⸻
◇
夕暮れ時。
烈月は村の外れにある祖母の庭を訪れた。
そこには、一本の桃の木があった。
祖母は生前、この桃の木を何よりも大切に育てていた。
春になると淡い花が咲き、あたりに甘やかな香りが満ちる。烈月はその香りをかぐたび、祖母がそっと語ってくれた言葉を思い出す。
「烈月、この木はな、お前のように優しくて、強いのよ」
「え? 強いってどういうこと? 桃は美味しいし、花は綺麗だけど、戦えないじゃないか!」
「それは違うよ。強さは、相手を打ち倒すことだけじゃない。支え合い、根を張り、どんなに厳しい冬を耐えても、また花を咲かせること。それもまた、強さなんだよ」
「……たとえ嵐に枝を折られても、翌年にはまた花を咲かせる。そんな強さもあるんだよ」
幼い烈月には、その言葉の意味がよく分からなかった。
ただ、祖母が亡くなった今も、この木のそばに来るとどこか心が落ち着くのを感じていた。
しかし——
今、その桃の木は、弱々しく、枝も乾きかけていた。
「……しばらく見ないうちに、なんだか元気がなくなったな」
烈月は無意識にそっと幹に手を添えた。
その瞬間——空気が凍るように静まり、まるで時間が一瞬、止まったかのようだった。
風が吹いた。葉擦れの音の中に、囁くような声が混じる。
——お前は、何を望む?
「えっ?」
烈月は思わず手を離した。
しかし、あたりには誰もいない。
その夜、烈月は不思議な夢を見た。
月光の下、桃の木の根元に立つ、一人の青年。
淡い色の長い髪をひとつに結び、静かに烈月を見つめている。
青年は、微笑んだ。
「お前が、私を選ぶのか?」
その声は、どこか懐かしい響きを持っていた。
目を覚ましたとき、烈月の鼓動は早鐘のように鳴っていた。
「……なんだ、今の夢……?」
桃の木に宿る何か。確かに、そこには“存在”があった。
烈月はまだ知らなかった。
それが、自らの運命を決定づける邂逅であることを——。
(第一章・了)
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
これからどんな出会いや旅が待っているのか、ぜひ見守っていただけたら嬉しいです。
次回もどうぞお楽しみに♪