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第十五章 精霊狩りの影(後編)

 石畳の道に長い影が伸びていく。

 夜の静けさは、息をするたびに濃くなるようだった。

 やがて、軋む車輪と遠くの犬の声だけが夜を引き延ばしていた。


「……静かすぎるな」

 烈月がぽつりと呟く。


 花英の表情がわずかに張りつめた。

「烈月様……気をつけてください。何者かの気配がします」


 烈月は棍に手をかけ、闇の奥を睨む。

 暗がりの向こうで、笑う声がした。


「……こんな夜更けにガキが荷運びたぁ、ご苦労なこったな」


 次の瞬間、路地の影が動いた。

 闇に沈んだ道の奥から、三つ、四つの影がじわりと浮かび上がる。

 革鎧に粗末な刃物、獲物を狙う獣のような目。


「今夜は特別運がいいようだ。荷車に加えて……精霊持ちのガキとはな」

 先頭の男がにやりと笑う。


 烈月は棍を握り直し、一歩前に出た。

「……お前らがこの辺りを荒らしてる“精霊狩り”だな」


「精霊狩り? そんな呼び名は知らねえが、金になるもんを狙ってるだけだ」


 花英が眉をひそめる。

「彼らのような者が、あの檻の精霊たちを……」


 烈月の声が荒ぶった。

「ふざけんな! 精霊はモノじゃねぇ!」


 男たちは腹を抱えて笑う。

「世間知らずだな。ここじゃ精霊は“強い奴の道具”だ」


 烈月の背を汗が伝う。

 数では劣るが、退く気はなかった。

 その時だった。


 ——ゴッ、と空気を叩く音。


 狩人たちの背後で石畳が弾け、赤い光が散った。

 瓦礫の中から、ひとりの少女が現れる。


 燃えるような赤髪を高く結い、深紅の瞳が闇を射抜いた。

 淡く光を返す肌、空気を震わせるほどの気配。

 烈月は息を呑む。


 彼女は顎を上げ、冷ややかに告げた。

「ずいぶん騒がしい夜ね。……でも、おかげでようやく見つけたわ」


「な、なんだお前は!」

 男たちの声が一斉に強張る。


 紅雀は一歩ずつ近づいた。

 足音が石畳に響くたび、夜気が熱を帯びていく。


「剛玉って名の精霊。あんたたち、どこへやった?」


 沈黙。

 紅雀は指先を軽く払う。

 風が弾け、ひとりの男が壁に叩きつけられた。


「黙っててもいいけど——代わりに、二度と口が開かなくなるわよ」


 その声には冷たさと、灼熱の意志が同居していた。


 烈月は、ただ見惚れていた。

 強い。美しい。そして、どこか孤独だ。


 花英が静かに烈月の耳元で囁いた。


「……烈月様。契約主を持たずに、あれほどの力を感じる精霊は珍しいです。まるで——己の意志そのものが炎になっているようです」


 ——剛玉が妹のことを案じていた理由がわかった気がする。

 強いが、危うい。燃えすぎれば、いずれ自分自身を焼いてしまう。


 紅雀の指先が再び赤く光る。

 残る男たちは腰を抜かし、互いに顔を見合わせた。


「ちっ……やるしかねえ! 囲めっ!」


 狩人たちが一斉に刃を抜き、紅雀へと襲いかかる。

 だが紅雀は微動だにしなかった。


「あたしを甘く見ないことね」


 彼女が片手を振り上げると、空気が爆ぜるように弾けた。

 赤い光が閃き、狩人たちの武器が次々と叩き落とされる。

 その動きは流麗で、炎ではなく“熱”そのものを操っているようだった。


 烈月は堪えきれずに声を上げた。


「——すげぇ……! だけど、やっぱひとりじゃ危ねぇだろ!」


 彼は棍を構え、花英の制止を振り切って走り出した。


「烈月様っ!」


 紅雀が振り向きざまに怒鳴る。


「下がりなさい! 人間の手なんか借りなくても——」


「悪ぃな、そういうわけにはいかねぇ!」


 烈月は跳ね上がるように地を蹴り、狩人のひとりの懐に飛び込んだ。

 棍がうなりを上げ、男の腹に直撃する。


「俺にも守るもんがあるんだよ!」


 紅雀の目がわずかに見開かれた。


 花英がその背に手をかざす。桃の花の光が散り、烈月の動きを柔らかく包む。

「烈月様、お気をつけて」


 紅雀は一瞬だけ花英の手元を見て、鼻で笑った。

「ふん……勝手にすれば!」


 そう言い捨てると、再び前へ踏み込む。

 赤い髪が炎のように舞い、烈月の棍の軌跡と交錯する。


 二人の動きがぶつかり、やがて呼吸が噛み合った。

 紅雀の眉がわずかに揺れる。

(……悪くない)


 やがて狩人たちは地に伏した。

 夜風が熱をさらい、静寂が戻る。


 紅雀は息を整え、烈月に視線を向けた。

「……やるじゃない」

「そっちこそ。助けるつもりが、助けられたみたいだ」


 紅雀はふっと目を細め、視線を逸らす。

「勘違いしないで。私は自分の目的のために動いただけ」

「それでも、ありがとな」


 烈月のまっすぐな言葉に、紅雀は口を閉ざした。


 花英が静かに歩み寄る。

「あなたが紅雀ですね。剛玉が、あなたを探しておられました」


 紅雀の目がかすかに揺れる。

「……兄が?」

「ええ。あなたの身を案じて」


 紅雀は小さく息を吐き、夜空を仰ぐ。

「……そう。だったら、それでいいわ」


 風が吹き抜け、赤い髪が夜に揺れる。

 烈月はその横顔を見つめ、胸の奥で呟いた。

 ——強い。けれど、誰にも寄りかからない強さだ。


 夜は静まり返り、三人の影だけが石畳に残っていた。

 その瞬間、確かに彼らの運命は交わり始めていた。

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