第十四章 精霊狩りの影(前編)
烈月と花英は、都の手頃な宿屋に腰を落ち着けると同時に、仕事を探し始めた。旅を続けるにも、まずは路銀を稼がなければならない。
翌日の昼下がり、宿屋の主人の紹介で荷運びを手伝っていた烈月は、世間話の延長で精霊のことをそばにいた男たちに尋ねてみた。
「なあ、この街じゃ、精霊ってどう扱われてんだ?」
それを聞いて、荷を降ろしていた男は汗をぬぐいながら肩をすくめる。
「そりゃ、いろいろだな。契約主に恵まれて、商いの相棒や守り神みてえに大事にされる精霊もいる。……まあ、少数だけどな」
近くにいた別の男も口を挟む。
「だが、大半は“力”を見られる。護衛に使えるとか、戦で役立つとかだ。力のない精霊はすぐに手放されるし、買い手がつかないのは……闇に流れる」
さらに、話を聞いていた宿屋の客引きもにやつきながら言う。
「見目の良い精霊なら、金持ちが屋敷に飾り立てて“宝物”みたいに囲うこともあるぜ。そりゃもう、高値でな」
烈月は思わず歯を食いしばった。
「……そんな、精霊を物みてえに」
花英は黙っていたが、横顔にはわずかな陰が差していた。
烈月の胸に、剛玉の言葉が蘇る。
——紅宝石の加護を受けた稀有な妹。
「……例の紅雀って子も、そんなやつらに狙われたら……」
烈月は声に出しかけて、唇を噛んだ。
花英も小さく息を吐く。
「あの、売り飛ばすって言うのは……あそこの市のことか?」
烈月が顎で路地の向こうを示すと、荷運びの男は渋い顔をした。
「あれは……まあ、そういうやつもいるが。檻に入れられてる精霊を見たか? あれの大半は“夜盗”みてえな連中が攫ってきたもんだ。山道や森で油断した精霊を狩ってるらしい」
烈月の拳が自然と固くなる。
「……っ」
「しかも、この街の南に“物騒な路地”があってな。夜になると決まって得体の知れねえ連中がうろついてる。最近じゃ商隊も避けて通るんだ」
「夜に荷を運べねえとなると、仕事にも差し支える。俺たちも困ってんだよ」
仲間の男もため息をつき、肩を竦めた。
烈月はそこでぐっと顔を上げる。
「じゃあ、その仕事、俺が引き受けるよ」
「はあ? お前みたいな若造が? まだほんのガキじゃねえか」
呆れたように笑う男に、烈月は胸を張った。
「腕っぷしには自信があるんだ。誰も夜に通れねえってんなら、俺が運んでやる。どうせ俺たちもしばらくこの街にいるんだ、ちょうどいい」
そのやりとりをそばで見守っていた花英は、小さく目を伏せる。しかし止めることはしなかった。
「なあ、いいよな? 花英」
「……烈月様らしいご決断です」
烈月は笑い、荷を担いでみせた。
◇
夕刻、約束通り荷を積んだ車を押しながら、烈月は石畳を進んでいた。
昼間の賑わいは消え、都の南の道はひどく静まり返っている。
「へえ、意外とやるじゃねえか」
一緒に運んでいた男が、烈月の肩を叩いた。
「若いのに力もあるし、根気もある。どこの村の出だ?」
「蕾村だよ。山奥の小さな村さ」
烈月は得意げに答えた。
「へえ……聞いたことあるような、ないような。そんな僻地から? で、そっちの白い兄ちゃんは?」
男が花英を顎で示すと、烈月は少し困ったように笑う。精霊と気づかれてないうちは、特に言わない方がいいかもしれない。
「こいつは俺の……まあ、相棒だ。頼れるやつなんだ」
花英は微笑を浮かべ、軽く会釈した。
その仕草に、男は目を丸くした。
「……なんか侍従みてえに品があるな。いや、ほんとに変わった連れだ」
「だろ?」
烈月は得意気に頷くが、花英は静かに首を振った。
◇
石畳の道に長い影が伸びていく。
やがて、荷車の車輪の軋みと、遠くの犬の鳴き声だけが響くようになった。
「……静かすぎるな」
烈月がぽつりと漏らす。
花英の表情がわずかに張りつめる。
「烈月様……気をつけてください。何者かの気配がします」
烈月は棍に手をかけ、闇の奥を睨んだ。
暗がりの向こうで、微かに笑う声がした。
「……荷運びにしては、ご苦労なことだな」
次の瞬間、路地の影が動いた。




