第十三章:都の陰と陽(前編)
故郷の村を出て、旅を続ける烈月と花英。
契約した精霊の力が全てという村の風習を受け入れられずに、村の外の世界でのさまざまな精霊と人との在り方を目にすることになる。
時たま危ない目にも遭いながら、二人は旅を続け、ようやく最初の目的地である都へたどり着いた。
はじめて見る大きな街は、烈月の胸を一気に高鳴らせた。
山を抜け、丘を越えたその先に、地平の端からせり上がるように姿を現した街は、まるでひとつの“生き物”のようだった。
高い城壁。旗を掲げた門。人と荷車が絶えず行き交い、声と音と匂いと色が空気を埋め尽くしていた。
門をくぐった瞬間、烈月は思わず息を飲んだ。
「……すっげえ……!」
その声は、思わずこぼれた。
市場通りには、見たことのない衣装の人々。
布に刺繍された文様、香の煙、香辛料の強い匂い、異国の果実、金属の鳴る音。
猫のような尻尾をもつ小動物を肩に乗せた旅商人、仮面をつけた踊り子、異なる言葉で値を叫ぶ露店主。
烈月は初めて目にするものに心を奪われ、歩きながらも落ち着きなくきょろきょろも周りを見渡していた。
「見て見て花英、あれ何だ……?あの丸いの、果物? それとも道具か?!」
「烈月、ぶつかります」
「うわっ、ごめん!」
はしゃいでいる烈月を、花英はすっと袖を引いて導いた。
けれど彼の歩幅は止まらない。
まるで水のように人波に吸い込まれ、嵐の海に浮かぶ小舟のように視線をあちこちへ揺らしていた。
花英のことは、誰も特に気に留めなかった。
この街には旅人も多く、東西南北、出自も言語も違う者が混ざり合い、
ひとつの“商い”という力に包まれていた。
「何でもあるんだな……この街」
「……ええ。何もかも、そして“何でもないもの”までも」
花英は、空を見上げてそう言った。
街には空があまり見えなかった。
木の葉のように重なった屋根と、垂れ下がる布と、吊るされた看板が、
空を小さく、切り絵のようにしていた。
烈月は、あまりの物珍しさに、つい財布の紐も緩んだ。
乾いた果実に似た甘味の菓子。銀細工の細い指輪。異国の紙に描かれた“旅のお守り”。
そして、ついには香料を詰めた小瓶まで買ってしまっていた。
「……これ、絶対いらなかったな」
夕暮れの広場、腰を下ろして包みを広げながら、烈月は苦笑した。
長老から餞別としてもらった路銀の残りは、指を折って数えられる程度になっていた。
花英はその様子を見ながら、静かに言った。
「しばらく、この街に滞在しましょう」
「え?……やっぱ路銀を使いすぎたか?」
「それもありますが、この街——人が多い分、“見えていないもの”も多い。精霊に関わる何かも、きっとどこかにあるはず。今のところ当てもない旅です。ここで世間というものを見ていくのも良いでしょう」
烈月は頷いた。
そしてもう一度、目の前に広がる街を見渡した。
西へ伸びる石畳の道。斜面を登る建物の連なり。塔の鐘。子どもたちの駆け声。
ひとつの世界が、確かにここに息づいていた。
「よし、じゃあ……手始めに何か仕事でも探して働くか」
旅と見聞と、そして生きるために。
少年と精霊は、この街でしばらく身を置くことになる。
次に会うものは、果たして——人か、精霊か、それとも。
お待たせしました!
いよいよ第二部の始まりです。
一見、華やかに見える街。烈月は思いがけない街の裏事情を知る。そして、新たな出会いが、二人の旅を波乱万丈なものへと変えていく。
次回、ついに新キャラの登場します。
どうぞお楽しみ!




