申し上げにくいのですが
リリアーヌの子を引き取るか否か。結論を出す前に、新たな問題が勃発した。
「修道院に閉じ込められるなんて、まっぴらよ!」
リリアーヌが修道院行きについて、断固拒否の姿勢を貫いてきたからだ。
こちらとしては、ミシェルの子だと吹聴されても困るし、お腹に子がいる状態で自由を謳歌する生活態度を改めない場合、母子ともに危険な状態になりかねないのも困る。
なんせ産まれてくる子は、アンドリューと私が子宝に恵まれなかった場合、いずれ公爵家の跡取りになる可能性がある子だから。
とにかく、自由奔放すぎる彼女を野放しにすることは出来ない状況だ。
その件についてアンドリューとさんざん頭を悩ませた結果、出産まで彼女には屋敷の離れを利用してもらうことになった。
早速彼女を屋敷に呼び出し、伝えたところ。
「それって、監禁するってことじゃない!!」
リリアーヌは嫌がった。
「でも、出産時の死亡率のグラフを見て。ほら、出産は命がけの行為でしょ?」
手にした『ビートン夫人の家政書』の該当ページを見せつける。
「あいにく私は若くて健康だから、サクッと子どもを出産する予定だわ」
「双子だったら?三つ子だったら?この本によると五つ子を生んだ人もいるって」
「やめてよ、猫じゃないんだから。一人で充分」
「でも、お腹が大きくて身動きが取れなくなったら困るでしょう?」
「そんなヘマはしないわよ。それにお腹が大きくなっても、あなたたちみたいに、コルセットで締めてもらえばいいじゃない」
「コルセットはお腹を締め付けるから、妊婦の健康に良くないと本に書いてあるから駄目よ」
「とにかく!私は絶対に修道院には行かないわ!」
そんな押し問答を繰り返し。
「でも死んじゃったら、二度と男性と楽しめないのよ?」
口にするのも憚られる言葉で、彼女の意思を揺さぶる作戦に出た。
「それは、困るけど……」
「出産を終えたら、以前通り自由を謳歌したいんでしょう?」
「……自由は欲しいけど、あれこれ指図されるのは嫌」
「だったら、この屋敷にいるしかないわ。少なくともあなたの健康に最大限配慮するし、修道院に比べてだいぶマシだと思うけど?」
「あーもう。わかったわよ!」
何とか言いくるめ、リリアーヌを軟禁し監視することに成功した。
*
自由でありたいと主張する彼女の意見を尊重し、定期的に侍女が離れを訪問して健康状態を確認し、何かあったら医師を呼ぶようになっている。
「アンドリュー様に色目を使われたくなかったら、私の生活には口出ししないことが身のためよ」
初っ端からリリアーヌが脅すような主張をしてきたので、私は極力彼女に語りかけないことにした。
ところが。
「奥様、申し上げにくいのですが……」
メアリーが困惑した表情で私の前に立っている。独身時代から長年私に仕えてくれた彼女が、ここまで言いよどむのは珍しいことだ。
「どうしたの?」
本にしおりを挟んで視線を彼女に向ける。すると、メアリーは苦々しく口を開いた。
「離れのことです。フォンテーヌ様について、使用人たちから苦情が相次いでおりまして……」
ああ。
それだけで、私は大方の事情を察することができた。
「具体的には?」
メアリーは気まずそうに眉を寄せると、一つひとつ、指を折っていく。
「まず、朝から廊下で歌を歌うので、掃除中のメイドたちが困惑しています」
「歌?」
「ええ。とても陽気な調子で……『恋人たちの夜』とかいう、酒場で流行っている曲らしいのですが……内容がわりと男女のその……赤裸々な感じらしくて」
リリアーヌが、朝の爽やかさを壊すような歌を陽気に口ずさむ姿が脳裏に浮かび、ため息が漏れた。
「それから、湯浴みの頻度が……」
「頻度?」
「……一日に三回は入られます」
「妊婦だから、清潔でありたいという理由かしら?」
「入浴回数自体は問題ではないのですが、浴槽に香油やバラの花びらを散らされるので、片付けるメイドたちが困惑しております」
「……なるほど」
「さらに、昨夜は屋敷の庭を裸足で歩かれたと」
「裸足で?」
「はい。それも夜半に。庭師の男たちが偶然見かけたのですが、『このまま飛び立てそうだわ!』と仰りながら走り回られていたそうです」
「……」
さすがに、頭が痛くなってきた。
リリアーヌの奔放さは最初から分かっていたことだけれど、まさかここまでとは。
「さらに、厨房にもよくいらっしゃるそうです」
「厨房に?」
「夜中にお腹が空いたと仰って、料理係に甘いものを作らせたり、卵を勝手に割ってみたり……」
「勝手に?」
「ええ……おそらくご本人は楽しんでおられるのですが、厨房は混乱しております」
「……」
「そして、メイドの髪型に口を出されたり、使用人たちに『あなたたちももっと自由に生きたら?』と仰ったり……」
「……」
私は再びため息をついた。
「分かったわ。話してみる」
メアリーは、心底安堵した表情で頭を下げる。
「どうか、よろしくお願いいたします」
私は席を立ち、覚悟を決めて離れへと足を向けた。
リリアーヌはおそらく、何も悪気はないのだろう。
彼女は本能のままに生きる人だ。
けれど、ここはアンドリューを長とする由緒正しき公爵家。
「……さて、どう話したものかしらね」
腕組みし、計画を練るのだった。