表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

申し上げにくいのですが

 リリアーヌの子を引き取るか否か。結論を出す前に、新たな問題が勃発した。


「修道院に閉じ込められるなんて、まっぴらよ!」


 リリアーヌが修道院行きについて、断固拒否の姿勢を貫いてきたからだ。


 こちらとしては、ミシェルの子だと吹聴されても困るし、お腹に子がいる状態で自由を謳歌する生活態度を改めない場合、母子ともに危険な状態になりかねないのも困る。


 なんせ産まれてくる子は、アンドリューと私が子宝に恵まれなかった場合、いずれ公爵家の跡取りになる可能性がある子だから。


 とにかく、自由奔放すぎる彼女を野放しにすることは出来ない状況だ。


 その件についてアンドリューとさんざん頭を悩ませた結果、出産まで彼女には屋敷の離れを利用してもらうことになった。


 早速彼女を屋敷に呼び出し、伝えたところ。


「それって、監禁するってことじゃない!!」


 リリアーヌは嫌がった。


「でも、出産時の死亡率のグラフを見て。ほら、出産は命がけの行為でしょ?」


 手にした『ビートン夫人の家政書』の該当ページを見せつける。


「あいにく私は若くて健康だから、サクッと子どもを出産する予定だわ」


「双子だったら?三つ子だったら?この本によると五つ子を生んだ人もいるって」


「やめてよ、猫じゃないんだから。一人で充分」


「でも、お腹が大きくて身動きが取れなくなったら困るでしょう?」


「そんなヘマはしないわよ。それにお腹が大きくなっても、あなたたちみたいに、コルセットで締めてもらえばいいじゃない」


「コルセットはお腹を締め付けるから、妊婦の健康に良くないと本に書いてあるから駄目よ」


「とにかく!私は絶対に修道院には行かないわ!」


 そんな押し問答を繰り返し。


「でも死んじゃったら、二度と男性と楽しめないのよ?」


 口にするのも憚られる言葉で、彼女の意思を揺さぶる作戦に出た。


「それは、困るけど……」


「出産を終えたら、以前通り自由を謳歌したいんでしょう?」


「……自由は欲しいけど、あれこれ指図されるのは嫌」


「だったら、この屋敷にいるしかないわ。少なくともあなたの健康に最大限配慮するし、修道院に比べてだいぶマシだと思うけど?」


「あーもう。わかったわよ!」


 何とか言いくるめ、リリアーヌを軟禁し監視することに成功した。



 *



 自由でありたいと主張する彼女の意見を尊重し、定期的に侍女が離れを訪問して健康状態を確認し、何かあったら医師を呼ぶようになっている。


「アンドリュー様に色目を使われたくなかったら、私の生活には口出ししないことが身のためよ」


 初っ端からリリアーヌが脅すような主張をしてきたので、私は極力彼女に語りかけないことにした。


 ところが。


「奥様、申し上げにくいのですが……」


 メアリーが困惑した表情で私の前に立っている。独身時代から長年私に仕えてくれた彼女が、ここまで言いよどむのは珍しいことだ。


「どうしたの?」


 本にしおりを挟んで視線を彼女に向ける。すると、メアリーは苦々しく口を開いた。


「離れのことです。フォンテーヌ様について、使用人たちから苦情が相次いでおりまして……」


 ああ。


 それだけで、私は大方の事情を察することができた。


「具体的には?」


 メアリーは気まずそうに眉を寄せると、一つひとつ、指を折っていく。


「まず、朝から廊下で歌を歌うので、掃除中のメイドたちが困惑しています」


「歌?」


「ええ。とても陽気な調子で……『恋人たちの夜』とかいう、酒場で流行っている曲らしいのですが……内容がわりと男女のその……赤裸々な感じらしくて」


 リリアーヌが、朝の爽やかさを壊すような歌を陽気に口ずさむ姿が脳裏に浮かび、ため息が漏れた。


「それから、湯浴みの頻度が……」


「頻度?」


「……一日に三回は入られます」


「妊婦だから、清潔でありたいという理由かしら?」


「入浴回数自体は問題ではないのですが、浴槽に香油やバラの花びらを散らされるので、片付けるメイドたちが困惑しております」


「……なるほど」


「さらに、昨夜は屋敷の庭を裸足で歩かれたと」


「裸足で?」


「はい。それも夜半に。庭師の男たちが偶然見かけたのですが、『このまま飛び立てそうだわ!』と仰りながら走り回られていたそうです」


「……」


 さすがに、頭が痛くなってきた。


 リリアーヌの奔放さは最初から分かっていたことだけれど、まさかここまでとは。


「さらに、厨房にもよくいらっしゃるそうです」


「厨房に?」


「夜中にお腹が空いたと仰って、料理係に甘いものを作らせたり、卵を勝手に割ってみたり……」


「勝手に?」


「ええ……おそらくご本人は楽しんでおられるのですが、厨房は混乱しております」


「……」


「そして、メイドの髪型に口を出されたり、使用人たちに『あなたたちももっと自由に生きたら?』と仰ったり……」


「……」


 私は再びため息をついた。


「分かったわ。話してみる」


 メアリーは、心底安堵した表情で頭を下げる。


「どうか、よろしくお願いいたします」


 私は席を立ち、覚悟を決めて離れへと足を向けた。


 リリアーヌはおそらく、何も悪気はないのだろう。


 彼女は本能のままに生きる人だ。


 けれど、ここはアンドリューを長とする由緒正しき公爵家。


「……さて、どう話したものかしらね」


 腕組みし、計画を練るのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ