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産んでくれて、ありがとう

 ひんやりとした朝の空気の中、かすかに甘い香りを含んだ風が吹き抜けた。


 墓前にそっと膝をつき、カスミソウで整えた花束を捧げる。


「リリアーヌ、二人を産んでくれてありがとう」


 白く小さな花々が、墓石のそばで静かに揺れる。そのすぐ隣に、双子の小さな手が、それぞれ一輪ずつ真っ赤なバラを供えた。


 赤いバラが加わり、より一層カスミソウが美しく目に映る。


「リリアーヌ母さま、産んでくれてありがとう」


 リリアが小さな手を合わせながら告げる。


「ありがとう、リリアーヌ母様」


 オリバーも続く。


 彼らは私を見上げて、少し誇らしげに微笑んだ。


「よくできました」


 私は二人の頭を優しく撫でた。


 五年前、この子たちが生まれた日。


 彼女の亡骸を前に誓ったことを、今も昨日のことのように思い出せる。


『この子たちを、ちゃんと私が育てて、愛します』


 あの日の私は、正しかったのだろうか。


 リリアーヌが命を落としたあの瞬間、彼女の最期の言葉を受け取った私は、何も考える暇もなく、ただこの子たちを「育てなければ」と思った。


 人は言うかもしれない。「自分の子どもではないのに」と。


 でも、そんなことを考える余裕もなかった。


 目の前に、小さな命があって、守るべき対象だった。


 それだけだ。


 そして、気づけば五年が経っている。


 振り返ってみると、もしかしてリリアーヌのお腹の中で育まれた命を、ほんの僅かでも自分のものにしたいと願ったせいで、彼女が亡くなったのかも知れないと罪悪感を感じたりもする。


 だって本当に私は、お腹の中で子が育つにつれ母性を開花させる彼女を心から羨ましいと、妬ましいと感じていたから。


(私はあなたから、子どもを奪った悪い女ですか?)


 答えはわからない。けれど、たとえ悪い女だと、誰かに弾劾されても構わない。


 だって私を求め、伸ばしてくれる小さな手がそばにある、それが現実だから。


「セシル母さま?」


 リリアの声に、私はふっと我に返る。


「どうしたの?」


「ううん、なんでもないの。ただね、母さま、今日は少し寂しそうに見える」


「そうかしら?」


「うん。でも大丈夫。だって、リリアーヌ母さまも、私たちが仲良くしてるの、きっとお空から見てるから!」


「そうだよ、見てる!」


 オリバーも元気よく頷く。


「二人とも、ありがとう」


 笑いながら、そっと彼らの小さな手を握った。


 血のつながりなんて、どうでもいい。


 私を母と認めてくれるこの子たちは、正真正銘、私の子どもだ。


「あ、ミシェルおじさんに、お父様だわ!!」


 リリアが指をさし、オリバーが弾けるような笑顔を見せた。二人はまるで風のように駆け出し、墓地の入り口に立つ二人の元へ向かっていく。


「おじさまー!!」


「お父様!!」


 ミシェルとアンドリューは、同時に小さな体を受け止めた。


 リリアに抱きつかれたミシェルはわざと大げさにのけぞりながら、「カエルも驚く瞬発力だな」と笑う。


 甘えん坊のオリバーは、アンドリューに抱かれてご満悦だ。


「ミシェルおじさま、今日も一緒に遊んでくれる?」


「もちろんだとも、リリア。今日はね、君たち二人にぴったりのプレゼントを持ってきたんだ」


「なになに?!」


「それは、後でのお楽しみ」


 ミシェルはいたずらっぽくウィンクし、アンドリューと目を合わせた。アンドリューは静かに微笑みながら、私のそばに歩み寄ってくる。


「騒がしい日々を送っていると、一年なんてあっという間だね」


「ええ」


 彼の腕にそっと寄り添う。


「わんぱくだけど、素直で可愛い二人を見たら、きっと彼女も君に託して良かったと思っているはずだ」


 アンドリューの声は静かだったけれど、確かな温もりがそこにあった。


「リリアーヌ母さま、おじさまとお父様が来てくれたよ」


 アンドリューに抱かれたオリバーが墓石に向かって話しかける。


 ちゃっかりミシェルに抱かれたリリアも「ねえ、リリアーヌ母さま、私ね、昨日お料理のお手伝いしたの! すごいでしょう?」と胸を張った。


 ふっと微笑みながら、その様子を見守る。


(リリアーヌ、あなたが産んでくれた子どもたちは、今日も元気よ)


 きっと、彼女もどこかで微笑んでくれているだろう。


「さあ、そろそろ帰りましょう。今日は特別な日だから、お庭でみんなでお茶にしましょうか」


「わーい!」


 双子が手を合わせる。


「行こうか」


 アンドリューが、私の肩をそっと抱く。


「ええ」


 ミシェルが肩をすくめ、「まったく、幸せな家族ってのは見てるだけでむずがゆいな」と笑う。


「おじさまも結婚すればいいのに」


「ぼくもそう思うよ、ミシェルおじさま」


 リリアとオリバーが無邪気に告げると、ミシェルはげんなりとした表情で「君たちはなかなか厳しいことを言うね」と苦笑する。


「でもね、ミシェルおじさまが来ると、すごく楽しいから好き!」


「うん! おじさま、大好き!」


 ミシェルはふっと目を細めると、「可愛い双子に言われたら、おじさんはますます結婚しないでいいやと思ってしまうけどな」と髪をくしゃっと撫でた。


 双子を中心に笑顔で溢れながら、私たちはゆっくりと帰路についた。


 風がそっと吹いて、カスミソウの香りを運んでくる。


 リリアーヌ。


 私は今、とても幸せです。


 あなたが残してくれたこの子たちと。


 私の愛する家族とともに。


 これからもずっと、この幸せを守っていくことを約束します。


 私はもう一度、墓石に目を向けた。


「リリアーヌ、ありがとう。またね」


 穏やかな風が吹き抜け、双子が置いた赤いバラが、そっと優しく揺れた気がした。



 *完*

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