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【ハイファンタジー 西洋・中世】

最も愚かな魔王

作者: 小雨川蛙

 

 人間に呼ばれ、魔界の重鎮である魔侯が主の城に訪れた。

 彼女の側近だという人間は酷く焦燥した様子で言った。

「魔族は……いえ、魔王様は不死のはずでは?」

 その問いかけに魔侯は首を振る。

「我ら魔族はお前達と比して長い寿命を持つが決して不死ではない」

「そんな……」

 絶望に満ちた顔の人間達を無視して魔侯は主の下へ向かう。


 廊下を歩く。

 階段を昇る。

 そして、中庭を抜ける。


 数万年前、ここは人間の血と無残な遺体が辺りに散乱していた。

 しかし、今は花と命に包まれている。

 辺りには人間だけでなく、魔侯の同胞である魔族もまたさめざめと泣いていた。

 本来殺し合うべき存在が同じ空間で同じ想いのもと共に生きてる。

 なんと許し難き光景だろうか。

 煮えくり返る腸をどうにか鎮めながら、魔侯は彼女の部屋の前に辿り着いた。

 そこには彼女と最も親しい人間が苦々し気な表情のまま立ち尽くしていた。

 魔侯の心に微かな喜びが浮かんだ。

「これはこれは勇者殿」

 そんな想いが声に表れていたのだろうか。

 勇者と呼ばれた人間は舌打ちをしながら魔侯を睨んだ。

「遅かったじゃないか。戦の準備でもしていたのか?」

「さて、な。もしそうだったらどうする?」

 問いを否定しなかった魔侯に対し、勇者は改めて舌打ちをしたがそれ以上のことはしなかった。

 魔侯と勇者は以前より不仲であり、それこそ顔を合わせる度に殺し合いに発展しかねない侮蔑の言葉が飛び交うほどだった。

 しかし、この瞬間にあってはそんなくだらない事より優先しなければならないことがある。

「早く行ってやれ。魔王が待っている」

「勇者殿は?」

 挑発するような問いかけに勇者は首を振る。

「もう別れの言葉は済ませた」

「さようか」

 魔侯と勇者の視線が一瞬重なる。

「では行って来る」

「あぁ」

 魔侯は堂々とした足取りで彼女の部屋へ入っていった。


「久しぶり」

 部屋の奥にある巨大なベッドから声が響く。

「お久しぶりです。魔王様」

 魔侯はそう言うと彼女が横たわる場所へゆっくりと歩いて行く。

 魔侯が主である魔王にあるのは本当に久しぶりだった。

 それこそ、百年単位の月日が流れているかもしれない。

 しかし、数万を超す魔侯の生きた月日から考えれば実に些細な時間だった。

「おいくつになりましたかな?」

 魔侯が問いかけると横たわっていた女性が。

 人間にしか見えない程に弱々しい魔王が笑った。

「700と32かな。懐かしいね、このやり取り」

 数が想像より遥かに若い。

 膨大な魔力を持つ魔王には本来であれば寿命など存在しない。

 しかし、目の前で横たわる彼女は確かに今、寿命で死のうとしていた。

「罰が当たったのです」

 魔侯の苦々し気な言葉に彼女は笑った。

「そうね。爺の言う通りになっちゃった」

 その言葉に魔侯は思わず息を飲む。

 もう二度と聞かないと思っていた自身の呼び名が重く、苦く、脳に響く。

「爺はよく言ってくれたよね。魔王としての役目を果たせって」

「ええ。それがあなたの務めですから」

「ごめんね。私には出来なかった」

 魔侯は彼女の手の平を握ると深い悲しみに満ちた息を吐く。

「出来なかったのではなく、なさらなかったのでしょう?」

 彼女が先代を次いで魔王となったのは今からおよそ300年ほど前のことだ。

 人間で言う幼児と大差ない年齢の彼女は歴代でも最も強大な力を持って世界を支配した。

 そう。

 支配したのだ。

 魔族の世界を。

 魔侯の脳裏にかつての光景が浮かぶ。

『何故、人間と手を組むのですか!?』

 半狂乱になりながら叫ぶ自分に対し、赤子の頃からよく知る幼い魔王は答えた。

『世界を幸せにするために』

 魔王が本気になれば人間を相手に優勢に戦を続けられたはずだ。

 ひょっとしたら、そのまま人間を滅ぼすことも出来たかもしれない。

 しかし、彼女は遂にその選択を成さないまま、今、こうして息絶えようとしている。

「罰が当たったのです」

 記憶を振り払うようにして魔侯が言葉を重ねると彼女は微笑む。

「そうね。私は務めを果たせなかった。いえ、果たそうとしなかった」

「愚かな。あなたは実に愚かな魔王だ」

 魔王がようやく目を開き、魔侯を見つめた。

 すると、そこには生まれた頃から爺と呼び親しんだ老魔族が静かに泣いている姿があった。

「人と魔を繋いでどうするのですか。二つが一つになるなどと本気で思っていたのですか」

「出来たじゃない」

 事実だった。

 彼女が人間と手を組み共に歩もうとした300年の間に、人と魔は少しずつだが共生の道を歩んでいたのだから。

 しかし。

「仮初です」

 子供染みた反射の言葉に魔侯は残酷に返す。

「私があるべき姿に戻します。あなたのしたことは無駄だったのです」

 泣きながら告げる魔侯の沈痛な言葉に魔王は言い返す事は出来なかった。

「そっか」

 魔王は静かに目を閉じると。

「ごめんね、爺。私、馬鹿で」

 後悔の言葉を一つ遺して、魔王は静かにこの世を去った。

 魔侯はしばらくの間、その場で冷たくなった彼女を手を握っていたが、やがて静かに立ち上がるとその場を去った。

「あるべき姿に戻そう」

 自身に言い聞かせるように呟きながら。


 人間と魔族の共存は彼女が世を去った後にあっさりと消え去った。

 彼女が築いた300年の平和は現在も続く人間と魔族の歴史から見れば決して長いものではなく、むしろ現状と顧みれば実在さえも疑われる時代とさえなっている。

 ただ一つ、最強の魔王が居ながらも人間を滅ぼしたりしなかったということだけが歴然たる事実として残っているのだ。

 歴代でも最強と称えられるほどの力を持ちながら、人間と手を結ぶという愚行を成した故に後世における彼女の評価は非難や侮蔑に満ちたものであり、時には最も愚かな魔王だとか魔王の力を得た道化などとも評される。

 しかしながら、史実を離れ物語となるとその評価は一変する。

 つまり、強く気高い王が人間と魔族を一つにするために苦心し、遂には曲がりなりにもそれを実現するところで物語は終わるのだ。

 史実は300年を無為なものであったと断言するが、物語は300年の得難い平和を実現したと穏やかに語る。

 今も続く魔族と人間の戦の中、今日もどこかで魔王の物語が語られ、そして下記のように結ばれるのだ。


『偉大なる王様は人と魔を結んで穏やかなる時代をもたらしましたとさ。めでたし、めでたし』

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